53・おっさん、ベラミに張り合う
「どういう意味だ?」
作業をする手を止めて、ベラミの方へ顔を向ける。
「そんな風にやってちゃ、日が暮れるって言ってるのよ」
そう言って、ベラミは前に手を掲げた。
そして。
「……ファースト・ムーヴ」
とぽつりと呟いた。
すると——箱に入っていた種芋が浮き上がり、そのまま地面へと等間隔に突き刺さっていった。
「ほら、こうすれば早い」
パンパンと得意気に手を払うベラミ。
ファースト・ムーヴ。
対象に触らなくても、魔法の力によって自由自在に動かすことの出来るものである。
そこまで難しい魔法ではないが、これだけの精度と速度でやってのける魔法使いは、世界広しと言えどもベラミくらいかもしれない。
しかし。
「なにやってんだ! そんなのじゃスローライフにならないだろ!」
「は、はあ?」
ベラミが前のつんのめる。
「一体なに言ってんのよ」
「効率ばかりを求めるな。自分の速度でやっていけばいいんだ。それがスローライフなんだから——」
「そうですよ! それに、ブルーノさんもそれくらい出来るんですからね!」
「なっ……!」
変なこと言わないで欲しいな、リネア!
ベラミの性格上……。
「ぷっ。そのブルーノが? 役立たずのブルーノが? 魔法の一つも使えないブルーノが? アタシと同じことを出来るわけないじゃない!」
とゲラゲラ笑い出した。
「なんですか−! あなたはブルーノさんのなんなんですか!」
「あら、あなたよりブルーノといる時間長いと思うけど? ブルーノのことはアタシの方がよく分かっているわ」
「嘘を吐かないでください! 私の方がブルーノさんのことよく知ってるんですからねー!」
「いんや、アタシよ!」
顔を近付けて、喧嘩を始める二人。
まあ同じ村で生まれ、小さな頃からベラミとは遊んでいたしな。
単純な年月だけでいくと、ベラミの方がリネアよりも圧倒的に長い。
それにしても。
「おいおい、喧嘩は止めろよ」
「「ブルーノ(さん)は、放っておいて(ください)!」」
二人が同時に俺を見て、そう言い放った。
全く。ますますヒートアップしていってるじゃないか。
「んー、あー……ベラミ。悪いけど——リネアの言ってることは本当だ。やろうと思えば、お前のやっていたことと同じことが出来る」
「出来るわけないじゃないの。田舎に住んで頭が腐ったのかしら?」
ベラミが人差し指をくるくると回す。
《——! この女むかつくわ! ブルーノ、さっさとあんたの——そしてわたしのスキルをこの女に見せつけてやるのよ!》
女神の声も心なしか語気が強くなっている。
俺は残っている種芋の方を見て「早く植えたいなー」と念じた。
すると種芋が浮き上がり、ベラミの魔法と同じようにして地面に埋まっていった。
「え……?」
ベラミがその光景を見て、唖然と口を開く。
「ほら! どんなもんですか! そんな魔法で良い気になってもらっちゃ、困るんですからね!」
リネアが勝ち誇ったようにして腰に両手を当てた。
「ど、どういうこと? あんた、魔法使えるようになったの?」
「いや、これは魔法じゃない。今まで気付いていなかったスキルの効果なんだ」
「スキル? あんたのスキルって【スローライフ】だったわよね。最後までそのスキルの使い方分からなかったみたいだけど……」
その後、ベラミに【スローライフ】について一通り説明した。
スローライフに関することが過度に実現する。
このスキルによって薬草を一万束摘むことも出来るし、万病を癒す秘薬を作れるし、聖剣なんかも作れたりする。
「意味が分からないわ」
一言、そう斬り捨てられた。
「そもそもスローライフの意味がよく分かっていないし。そんなスキル聞いたことがないし。やっぱり魔法なんじゃない?」
「いや、魔法とは似て非なるものだ」
そんなスローライフらしかぬものと【スローライフ】が同じなわけがない。
……何度もスローライフスローライフ言ってたら、わけが分からなくなってくるな。
「ア、アタシは認めないわよ。そんな魔法以上に便利そうなスキルがあってたまるものですか」
ベラミは未だ納得しきれていないようだった。
さて……ベラミの魔法と【スローライフ】のおかげで、種芋を植えきったところだし。
「後は収穫出来るのを待つだけだな」
額の汗を腕で拭って、そう口にする。
だが、ここでもベラミは、
「ただ待つだけなんて効率が悪いわよ。それに収穫出来るまでに、どれくらいかかるの?」
「うーん、百日くらいかな」
普通ならな。
「百日! そんなの待ってられない!」
ベラミは口に手を当て、目を大きく見開く。
「アタシに任せてちょうだい」
そう言って、ベラミは再度手を地面に向けて、
「ゴスペル・レイン」
唱えると、たちまち空が灰色になっていき、そのまま上空から雨を降らした。
「ちょ、ちょっと!」
このままじゃ濡れるものだから、リネアと一緒に大雨が止むまで家の中で待機する。
やがて「ザーッ」という音が止んだ後、恐る恐る外へ出た。
「どう? こうすれば、水をやるのも簡単でしょう」
湿った地面を見て、ベラミは得意顔。
確かに、魔法を使えば水やりもスムーズに済むだろう。
だが。
「なあなあ、リネア。じゃがいもって水をやりすぎるとダメなんだよな?」
「そうですね」
その言葉に、ベラミの肩がピクッと震えた。
「えっ……」
「だからベラミ。それは逆効果。ってか普通に食物を育てるにしても、水の量が多すぎなんだよ」
水やりというものが奥が深いのだ。
素人が簡単に手が出せるもんでもない。
……いや、俺は農業をするにあたって水やりなんてろくにしたことないが。
「な、なによ!」
俺とリネアがジーッとベラミを見ていたせいか、
「そんなに心配しなくても! アタシの魔法を使えばどうにかなるんだからね!」
慌てるようにして、両手に魔力を込め出した。
「ネイチャー・グロウ」
そう呟くと、今度は湿った地面が緑色に光り出したではないか。
「ベラミ。また変なことしたんじゃないんだろうな?」
「あなた、アタシを舐めてるわね? 安心して。ネイチャー・グロウは大地に栄養を与える魔法だわ。この魔法によって、食物は美味しく育つでしょうし、さらに成長促進の効果を持たせることも可能。百日かかるってところを、三十日くらいで収穫出来るようになるでしょうね」
偉そうに口にするベラミ。
ふむ。
見た目からはほとんど変わりないが、ベラミがそう言っていることは本当のことなんだろう。
「……ブルーノさん。さっきから思っていたんですが、ベラミさんって本当にただの魔法使いなんですか?」
リネアが俺の背中をちょんちょんと突いて、声を潜めて尋ねてきた。
「どういうことだ?」
「だって……これだけの多種多様な魔法を使える実力。さらに魔力切れも起こしていなさそうなスタミナ。これを兼ね備える魔法使いなんて、なかなかいないと思うんですが……」
「リネアは魔法使いについて詳しいのか?」
「ええ。というより、私エルフですから。嫌でも詳しくなりますよ」
「げっ」
忘れてた。
エルフというのは、元々人間と比べて魔力の保有量が多い。
そのため、世界の有力な魔法使いはほとんどエルフの名で占められていたりする。
だが——ベラミは人でありながら、間違いなく世界でも五本の指に……いや、下手したら最強の魔法使い。
昔、ベラミが授かったスキルの名。
【魔導の達人】
ベラミが魔法使いとして優れている理由は、それにある。
様々な魔法を使いこなすことが出来、無尽蔵の魔力を保有することが出来、かつ魔法の知識もあり応用力に長けている(魔法に関しては)万能スキルである。
「い、いや……ベラミはそんな大したことないよ。だって俺が所属していた冒険者パーティーの魔法使いだぜ?」
誤魔化さないと、俺——そしてベラミが勇者パーティーの人間だとバレてしまうかもしれない。
「ブルーノさん、どれだけ強いパーティーにいたんですか」
「ん、いや? 大したことないぜ? だってゴブリンを倒すのにも必死だったし……」
「嘘を吐かないでください。あれだけの魔法を使える魔法使いがいて、とてもそうとは思えません」
「そ、そんなことないさ。な、なあ? ベラミ。そんな大したことないよな?」
「パーティーは大したことないけど、アタシは世界最強の魔法使いよ」
「ベラミぃぃぃいいいいいい!」
やっぱ嘘を吐けないか!
こいつの性格上、自分を卑下することは絶対言わないと思っていたが。
リネアはそれを聞き「うーん」と考え込む素振りを見せ、
「……やっぱりブルーノさんって結構強い冒険者パーティーにいた?」
「そんなことないって! それにベラミは弱い弱い魔法使いだ! ベラミと同じことを俺だって出来る。今からそれを証明してやるから!」




