52・おっさん、ベラミとじゃがいもを植える
「あら、事実よ。ブルーノはアタシ達のパーティーにとって、いわば召使いみたいなものだったしね」
「な、なんでっ! そんな酷いことを……」
「リネア、良いんだ。俺は冒険者には向いてなかったから」
リネアを止める。
実際、その時は【スローライフ】の使い方が分かっていないこともあり、足を引っ張ってばっかりだった。
「そんな自分に嫌気がさして、冒険者を辞めてこの街に来たんだ。今となったら、その選択は間違ってないと胸を張って言える。だってリネアやディック、マリーちゃんと出会えたんだからな——」
「ブルーノさん……」
これは心からの本音だ。
落ち着かせたリネアを座らせて、話を再開させる。
「それで……また元に戻そうと思って、俺を勧誘しに来たってわけか」
「そうよ。なかなか見つけるの大変だったから。だってこんな辺鄙な地にいるんだからね」
ふむ。
まあ分かりきっていたことだが、ベラミの場合——別に俺がいなくなって寂しくなって、といった感じで誘いに来たわけじゃない。
奴隷がいなくなって、面倒臭いことが増えたから。
そう思って、俺を訪ねに来たんだろう。
まあどちらにせよ、最初から答えは決まっている。
俺は腕を組んで、出来るだけ冷静にこう声を出した。
「悪いけど……俺はパーティーに戻る気はない。この地での生活が気に入ってるんだ。帰ってくれ」
やれやれ。
そもそも俺を追放したのはそちらからだと言うのに。勝手なヤツだ。
「どうして……? こんななんもない土地のなにが気に入ったの?」
「なにもない訳じゃない。豊かな自然がある。親切な人々がいる。俺はこの街——イノイックが気に入ったんだ」
「…………」
ん?
ベラミが考え込むような素振りを見せた。
しかしすぐに視線を上げ、
「……イノイックでも冒険者をやってるのかしら。いくらあなたでも、こんな辺鄙な地だったら、まあまあの冒険者になれるでしょう。レベルの低いところで安心したい。だから——」
「おいおい、なに言ってるんだ。俺はここでは冒険者なんかやってない」
「じゃあなにやってるのよ」
「スローライフだ」
「……はあ?」
ベラミがそれを聞いて、顔を歪める。
「なによ、それ。聞いたことないわ」
「まあスローライフとは程遠いしな。ベラミは」
ベラミはどちらかというと、王都みたいな都会で夜遅くまで遊び歩いていたタイプなので、俺の言っていることは理解出来ないだろう。
俺はスローライフとは、せかせかと動かずただ時の流れに身を任せるような生活……というような説明をした。
「意味が分からないわ。それのなにが面白いのよ。ねえ、ブルーノ。王都にいた頃の方が物が一杯あって楽しかったじゃない」
都会の方が便利なことは間違いない。
ただ都会特有の、みんなが気を張って生活しているようなあの感じ。
誰かを蹴落とそうとしているような鋭い視線。
反対に、次は自分が堕ちるかもしれないという恐怖。
そういうのが入り交じった雰囲気、それが俺は苦手であった。
「なんだったら、ベラミもスローライフを体験してみるか」
「アタシが? そんな退屈そうな生活を?」
「そうだ。一度経験してみたら、俺の言ってることが理解出来るかもしれん」
そう提案すると、ベラミは顎に手を置いてひとしきり考え出した。
我が強いベラミ相手には、ただ「戻らない」と断っても無駄だろう。
最悪、魔法で強制送還になるかもしれん。
色々と考えた場合、ベラミにもスローライフの良さを分かってもらうことが最善だった。
やがて——ベラミは視線を上げ、
「分かったわ。少しだけなら経験してみてもいいかもしれないわね」
「よし! みんなも良いよな?」
ディックとマリーちゃんは歓迎してくれてるみたいだが、一方リネアは。
「……本当にですか? その女狐を? 私は——反対したい……」
「ん?」
「——ま、まあブルーノさんがそれで良いっていうなら、良いんですが……」
もじもじとしていて、なんだかどっちつかずな態度をしていた。
まあだからといって、真っ向から反対しているわけじゃないから良いだろう。
——そんな感じでベラミのスローライフ体験。
はじめます……いや、はじまります。
◆ ◆
ディックの家を後にして、ベラミと一緒に俺の家へ帰ることにした。
あっ、ベラミだけではない。
「ブルーノさんとベラミさんを一緒にさせたら不安です! 私も付いていきますからねっ」
リネアも付いてくることになった。
彼女としては、俺とベラミの間でなにか……そう、恋愛関係のようなものに発展しないか心配なのだろう。
一応、男と女なんだしな。
だが、安心して欲しいリネアよ。
こいつと恋愛関係になることなど、絶っっっっっっっっ対に有り得ない!
いや、客観的に見てベラミは美女ではあるが、俺のことなど眼中に入っていないだろう。
そのことを説明しても……。
「それでも! ブルーノさんは魅力的な男性ですからね。なにか間違いが起こってからでは遅いのです」
「お、おぅ……」
まあ好きにすればいい。
ってな感じでマイハウスへと到着。
「……この馬小屋はなに?」
家の前で立ち止まり、ベラミが顔をしかめる。
「いや、馬小屋にしては小さすぎる……分かったわ。これは犯罪者を閉じ込めるための牢屋的な役割を果たしてるのね」
「牢屋にするな! これは俺の家だ!」
「家? えっ……家? 一体なにを言ってるの。こんなところに人なんか住めないに決まっているわ」
散々な言われようである。
「そこまで言うなら中に入ってみろよ」
そう言って、扉を開ける。
恐る恐るといった感じで足を踏み入れたベラミは、
「……成る程。牢屋にしては、中はまあまあキレイにしているのね」
「だから俺の家だって」
都会っ子のベラミに言い聞かせても、理解し難いのかもしれない。
旅の途中に宿屋に立ち寄るところも、高級なところじゃないと泊まりたがらなかったしな。
「それで……そのスローライフというものはいつ体験させてもらえるのかしら」
「じゃあ——今からやるか」
家の中から、じゃがいもの種芋が入った箱を持って、もう一度外に出る。
「まず、スローライフの基本といったら農業だ。これを地面に植えて、じゃがいもを育てよう」
まずはそう宣言して、俺は種芋を持って地面に植えていく。
「ふふん。あなたには無理かもしれませんけどね」
リネアも得意気になり、頬に黒土を付けながら種芋を植えていく。
その様子をじーっと眺めていたベラミであったが、唐突に口を開いて、
「……地味な作業ね。そんな一個一個埋めていったら、効率が悪くないかしら」
次回、おっさんとベラミの農業対決




