50・おっさん、昔の女と再会する
「ほ、本当ですかっ?」
「ああ、本当だ」
これはマジだ。
ってかベラミとラブロマンスを展開している様子なんて想像出来ない。
「だからリネアには安心して欲し——」
そう言いかけた時であった。
「た、大変だ! リーフワームが街の近くに出たぞー!」
家の外からそんな剣呑な声が聞こえてきた。
「お、おっさん! モンスターだ! 早くここから逃げないと!」
ディックがすかさず立ち上がって、マリーちゃんと手を繋ぐ。
「リーフワームか……」
ドラゴンやキングベヒモスには劣ったと思うが、なかなか強力なモンスターだったはずだ。
Bランク冒険者くらいじゃないと、倒すことが困難。
まあこの街にはアーロンさんっていう人もいるし、大丈夫だろう。
「よし、リネアも逃げるぞ……!」
「はいっ!」
俺もリネアと手を繋いで、外に出る。
すると……。
「シャァァアアアアアア!」
——「お邪魔します」と言わんばかりに、家の前にリーフワームがいた。
「もっと早く言ってくれよ!」
こんなんだったら家の中にいた方が、少しだけマシだったかもしれない。
リーフワームは巨大な芋虫のようなモンスターで、見ているだけで吐き気を催すくらい気持ち悪い。
「マリー! こっちだ!」
ディックがマリーちゃんの手を取って、リーフワームから逃げようとする。
だが、リーフワームが体をグニッと動かして、二人の方を見て——、
「シャァァアアアアア!」
とその巨大な体で襲いかかってきた。
「ディック! マリーちゃん——!」
なんの戦闘力も持たない二人では、リーフワームにのし掛かられるだけでも大怪我を負ってしまう。
俺は急いで二人を助け出そうとすると——。
「——ホーリネス・レイ」
淡々と。
その魔法名を告げる声が聞こえた。
次の瞬間。
光がリーフワームを貫き、その巨体を地面に沈めたのだ。
「大丈夫か、二人とも!」
二人のもとへ駆け寄る。
「あ、ああ……もうそのモンスターは大丈夫なのか?」
どうやら怪我はないらしい。
俺は地面に倒れているリーフワームに近付き、ツンツンと指で突いてみる。
動かない、どうやらただの屍のようだ。
「大丈夫……もう死んでみたいだから」
そう言って、二人を安心させる。
「おっちゃん! さっきの魔法なの? おっちゃん、魔法を使えたの?」
「えっ——いや、俺は魔法なんか使えないよ」
まさかこれも【スローライフ】の効果か?
いや、スキルが発動したような感覚はなかった。
それに、リーフワームを貫いた光は俺の後方から現れたように見え——、
「やっと見つけたわ」
——というようなことを考えていた時。
聞き覚えのある声が聞こえ、思わず振り向く。
「……!」
その姿を見て、俺は言葉に詰まってしまう。
金髪ツインテールの女性。歳の割には幼く見え、肌は白くもちもちとしている。
服装は全体的に黒く、スカートはヒラヒラと風通しが良さそうだ。
「まさかこんなところにいるなんてね。さあ——早くパーティーに戻るわよ。もうあんな不味い飯なんて食いたくないんだもん」
そんなことを言いながら、そいつは一歩ずつ近付いてきた。
「ブルーノさん? 知り合いですか?」
隣でリネアが質問してきた。
——ああ、知り合いさ。
しかも会いたくなかった類の、な。
突然現れディックとマリーちゃんを救ってくれた女性。
俺は震える声でそいつの名を告げた。
「ベラミ……!」
「一体、お前……なにしにきたんだ!」
俺はベラミに駆け寄って、そう問い詰める。
「決まってるじゃない。パーティーに戻ってもらおうと思ってね」
「誰が?」
「あなたよ」
とベラミは俺に指差した。
ああ——昔のままのベラミそのものだ。
とはいっても、まだそんなに経ってないが。
強引で、唯我独尊的で、自分が決めたことは誰になんと言われようとも真っ直ぐ貫く。
「ブルーノさん……その女の子は誰ですか?」
そう言いながら、リネアもこっちに近寄ってきた。
「えっ、えーっと、その……」
答えに窮していると。
「アタシは昔の女よ。ブルーノの、ね」
「え」
「ちょ、ちょっとベラミ!」
なにとんでもないことを言ってくれてるんだ!
「リ、リネア! 勘違いするな! 昔、冒険者だったと言ってただろ? その時一緒にいた女だ!」
折角、リネアと仲直りしたのにまた元通りになるのは困る。
慌てて、ベラミの言ったことを否定する。
「ほっ……それは良かったです」
リネアが安堵の息を吐く。
「まあ……そんな幼い女の子ですから、ブルーノさんと恋人関係なんて有り得ないと思っていましたが。一瞬驚きました」
「なによ。あなた、アタシを『女の子』扱い? まあ若いように見られるのは嬉しいけどね」
そうベラミは髪を触りながら返した。
「へ?」
「リネア……こいつ、そんなに若くないぞ?」
そうなのだ。
俺は勇者ジェイクと共に、ベラミとも幼馴染みなのだ。
そして俺は現在三十路のおっさん。
ということは——必然的にベラミも同じような歳、ということになる。
「ブルーノ? アタシをおばさん扱いにしたらどうなるか分かっているわよね?」
「っ!」
ベラミに耳たぶを触られる。
そう、引っ張られるのではない。産毛を撫でるくらいの絶妙な触り方をしているのである。
背筋がぞくぞくとしてくる。
「まあそれについては後ということで……それにしても冒険者パーティー? ああ、まあ一応勇者として旅していたから冒険者とも言えなくないけど——」
「勇者ですか?」
ま、不味い!
ベラミが変なことを口走らないうちに、口元を押さえてリネアから離れる。
「ベラミ……事情は後で話すから、取りあえず俺が元勇者パーティーにいたことは内緒にしてくれないか?」
リネア達に背中を向けて、こそこそ声でそう頼む。
「なんでよ」
「元勇者パーティーにいたことは隠しているんだ」
「また変なことをしているのね。どちらにせよ、荷物番だったくせに」
「うるさい。それで良いのか悪いのか?」
「別にいいわよ。アタシもどこにでもいる冒険者ってことで自己紹介すればいいのかしら」
頷く。
「貸し一つね」
最後に背筋が凍るようなことを言われたような気がするが、今はとにかくこの場を切り抜ける他ない。
話がまとまったところで、リネアのもとへ戻り、
「とにかく、こんなところじゃあれだから、家の中で喋らないか? ディックとマリーちゃんも良いだろう?」
ディックが首を縦に動かす。
リーフワームを放置したままで、俺達は家の中へ戻ることにした。




