49・おっさん、昔を思い出す
いつも通り、ディックの家に行ってご飯を作って食卓に皿を並べて、みんなで楽しく食事をしていた時。
「そういえば、おっさんって——ここに来る前はなにをしていたんだ?」
と唐突にディックが問いかけてきた。
「え……?」
その質問に窮してしまって、思わずスプーンを持つ手を止めてしまう。
「どういうことだ?」
「いや……かなり今更なんだが、おっさんていきなりこの街——イノイックに来たじゃないか」
「ああ」
空腹で倒れていたところを、ディックに助けられたのだ。
「辺境の地を探していた——ってあんたは言っていたし、マリーを助けられたこともあって、なあなあになっていたが——いや、その前はなにをしていたんだろうなー、って思ってな」
「私も興味あります!」
リネアもテーブルから身を乗り出して、興味津々に耳を傾けている。
困ったな……。
そういや、今までその辺りの細かい事情をディック達に話していなかったけ。
俺はここ辺境の地でスローライフを送りたい。
そのために、元勇者パーティーの一員なんて知れたら、理想のスローライフが崩れ去ってしまうかもしれない。
だけどディック達やリネアには、なるべく隠し事をしたくない……と考える俺もいる。
そう葛藤した先に生まれた返しが、
「うーん……実はな、冒険者をしていたんだ」
というものであった。
「ぼ、冒険者! おっさん、冒険者だったのか!」
ディックが目を丸くして驚く。
「あ……でも、そんな大した冒険者じゃないぜ。ってかうだつが上がらない冒険者パーティーだったんだ。その中でもさらにうだつが上がらないのが俺で……それで冒険者稼業が嫌になって、この街に来たんだ」
「成る程な。冒険者ってのもなかなか辛いと聞いたことがあるからな」
ディックが神妙な面持ちで頷く。
確かに——冒険者というものは腕があれば、一攫千金を狙える職業である。
貴族生まれじゃなくても、己の腕だけで成り上がり、お金持ちになれる可能性も秘めている。
しかし一方、実力がなければクエストをこなすだけではなかなか生活出来ず、極貧生活を強いられることになる。
いわば、競争率が高い冒険者業界の中でもトップ中の勝ち組パーティー。
——それが俺が所属していた、ジェイクの勇者パーティーだったのだ。
「ブルーノさん、モンスターと戦っていたんですか……だから、私をモンスターから助け出すことも出来たんですね」
「いやいや、俺はほとんど後衛で支援していた方だから……」
主に応援で、だ。
「おっちゃん、カッコ良いの! またマリーにも剣を教えて欲しいの!」
「マリーちゃんがもっと大きくなったらね」
色々と話を突っ込まれて、ついたじたじになってしまう。
うっかりボロを出さないようにしなければ……。
「ん? そういや、おっさん。さっき冒険者パーティーって言ってたよな」
あっ。
「ということは、一人で活動していたわけじゃないんだよな。後衛で支援とか言ってたし。他の冒険者と一緒にモンスターを退治してたんだよな?」
「!」
ディックの言葉に。
リネアが反応し、素早く俺に顔を近付けてきた。
「そこに女性はいましたか? その女性となんか良い関係とかになってないですよね? ねえねえ! その女性とは今はどういう関係に——」
「ちょ、ちょっと! 質問は一つずつにしてくれよ!」
リネアの両肩を持って、落ち着かせる。
すーっ、はーっ。
深呼吸だ。
別にまだ致命的なボロを出したわけじゃない。
「ああ、そうだ……まあ一人でダンジョンとか攻略するのは、なかなか辛い業界でね」
「それが一般的だしな」
「だから俺を含め四人のパーティーを組んでいたんだ。へっぽこパーティーだけどな!」
そこは強調する。
嘘の中にも、真実を混ぜておく。
うん。これこそが三十余年の人生で習得した『嘘がバレにくい方法』である。
「ブルーノさん! そんなことよりも、女性は! 女性はいたんですか!」
「リネア、やけにこだわるな」
「だって! そこで女性とのラブロマンスが生まれちゃったりなんかしていたら……いや、後腐れなかったらいいんですよ? いや、もしかして継続なんかしちゃったりしてないですよね? ねえ? ねえ! ——わーっ! って私、なに言っちゃってるんでしょう!」
それはこっちの台詞だ。
リネアは興奮しているのか、顔を真っ赤にしている。
「ふむ……」
勇者パーティーにいた頃を思い出す——。
★ ★
「ブルーノ、なにしているの?」
みんなが寝静まった頃、俺は一人で作業をしていたらむくっとベラミが起き上がってきて、そう話しかけてきた。
「ああ、服がちょっと破れてな。それで補修しようと思って……」
「どうしてそんな無駄なことをするのよ」
「え? だって勿体ないじゃないか。このまま捨てたら」
「破れたりなんかしたら、また別の同じ服を買えばいい。それをするお金はアタシ達には一杯あるんだからね」
ベラミが不思議そうに問いかけてくる。
彼女の琥珀色の瞳は、ミステリアスな輝きを秘めていてずっと見ていたら、吸い込まれてしまいそうになる。
——まあ、こいつはそういう感覚なんだろうな。
俺だって、そうした方が有意義だと思う。
だが。
「そういう問題じゃないんだ。一つの物を大切にする……そういうのも人間にとって大切だろう?」
「分からないわね」
そう言って——興味がなくなったのか、ベラミはテントの中に帰っていった。
勇者パーティーの連中は、元々幼馴染みながら、冒険を続けていくごとにだんだん距離が開いていった。
それは俺一人だけ【スローライフ】なんていう役立たずスキルを引いてしまったから、にも由来するだろう。
その中でも、ベラミは(比較的)昔と同じように喋りかけてくる女性であった。
「……まあいい。分かってくれなくても。さて、もう少しで終わりだからこれをやって寝ようか」
呟いて、裁縫に戻る。
周りが見えなくなるくらい集中する。
縫い終わった後——何故か『闇属性耐性』が付いた服が完成したが、なんでそんなものが付与されたのかよく分からない。
★ ★
「……そうだな。まあ女性は一人いた」
と言うと、リネアが肩をびくっとさせて「えっ……」と愕然とした。
「いや、でもリネアが思っているようなことはないぞ。あくまでパーティーの一員だからな。ラブロマンスなんて一つもない」




