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47・おっさん、悪徳商人との交渉に勝つ

「確かに……それはその通りだ」

「じゃあ——!」

「折角交渉の場を設けていただいたのに、なにも買うことが出来ないのは僕にもあなた達にとっても時間の無駄だったでしょう。なのでここは……そうですね。一本50万ベリスで買い取ってあげましょう」


 50万ベリスかー。

 どうやら300万ベリスで売ることも出来るらしいが、まあお金にはこだわっていないので、さっさと売りさばく方が先決か。

 ってか最初、カリンに100ベリスで売り払おうと思っていたし。

 クライドの態度はなんかむかつくが、これ以上交渉するのはそれはそれでダルい。


「はい——それで」


 と口を開きかけた時、


「ふ、ふざけないでください! 50万ベリスなんていう端金はしたがねで売れるもんですか!」


 イーリスがテーブルを両手で持って、そのまま引っ繰り返した。


「うわわわっと!」

「イーリス! なにをするんだい!」


 ワインが床に落ちてしまいそうだったので、寸前のところでキャッチする。


 カリンに怒られても、イーリスは怒りが収まっていないのか、


「これが怒らないでいられますか! だって300万ベリスのワインを50万ベリスで買い取ろうとしているんですよ! いくらなんでも、私達をバカにしすぎです!」


 と鼻息を荒くして言った。


「だからといって、クライドさんも辛いんだ。買い手が見つからなかったら、いくら良いワインを仕入れてもさばくことが出来ない」

「そんなのどうにでもなります! ただこのクソボケクライドはワインを安く仕入れようとしているだけですよ!」

「クソボケってなんだい! クライドさんに失礼だろう!」


 あらら。

 カリンとイーリスが唇を引っ付き合わせるくらい顔を近付けて、口喧嘩を始めた。


「……ふん。これだから田舎育ちは」


 少し離れたところで、ハンカチで顔を拭いているクライド。

 笑みは崩れ、二人を心底軽蔑しているような眼差しを向けている。


「嫌だったらいいんですよ? 別に強制しているわけじゃあ、ありません。ククク……ですが、僕以外にこのワインを買い取ることが出来る人がいるんですかね? 安くても50万ベリスで売り払った方が、あなた達にとっても得なんじゃ?」

「ぐぬぬ……」


 イーリスが悔しそうに歯軋りをする。


 クライドの言うことも一理ある。

 ここイノイックは辺境の地であって、そんな頻繁ひんぱんに商人が訪れるわけでもない。


 商売する相手を選べないのだ。

 結果的に、どんだけ不当な内容であっても目の前の商人——つまりクライドを頼るしかなくなる。


 ()()ならな。



「ん? だったら、このワイン。あんたに売らなくてもいいや」



 そう言ってワインをリュックにしまう。


「へ?」


 クライドの間の抜けたような声。


 ——そうなのである。

 例えワインをさばくことが出来なくても、それはそれでリネアと仲良く飲み干せばいいだけなのだ。

 まあこれが、長年かけて作った秘蔵のワイン……とかだったら、ここまでの手間とか考えたら、売りさばけないのは大損害だろう。


 でも俺の場合そうじゃない。

 だって、十五分で作ったんだから。


「今……なんと、おっしゃいましたか?」


 ここでクライドの声が初めて震えた。


「え? いや、そんなごちゃごちゃ言うようだったら、売らなくてもいいかなって思って」


 それに、こいつはなんか気に入らない。

 俺はどっちかというと、可愛いカリンとかイーリスの味方だ。


「ど、どどどういうことですかっ! もしここで僕にワインを売ることが出来なかったら……そのワインは一生眠ったまま!」

「別に無理してあんたに売らなくてもいいですし。まあなかなか商人が来ないと言っても、いずれは来るでしょう。気長に待ちますよ」

「バ、バカな! こんな辺境の地に、僕以外の商人なんて訪れない……! 僕だって、本当はこんなとこに来たくないんだ。でも……獣耳の田舎育ちの世間知らずが、タダみたいな値段で食材を売ってくれるから……」

「ちょっとー! 一体、なにを言ってるんだいっ? クライドさん!」


 うっかり口を滑らせてしまったみたいだな。

 詰め寄るカリンにあわあわしているクライド。


「クッ……! このワインは確実に300万ベリス以上で売れる代物だ。となると、こいつはこんなことを言って値段を引き上げようとしているのか! 僕相手に交渉だとぉっ?」


 心の声が駄々漏れである。


 そして、クライドは「ふっ」と息を吐いて、


「良いでしょう——僕の負けです。そのワイン一本300万ベリスで買い取らせてもらいましょ——」

「うーん、別にいいや」

「はあ?」


 クライドが前につんのめる。


 いや、だから無理して売らなくてもいいんだって。

 やっぱりカリンに100ベリスで売ろう。

 獣人族のことを『獣耳』とか『世間知らず』とかいうのは、聞いてて気分が悪い。


 そんなことをぼーっと考えていると、


「そうです! 300万ベリス? どうせあなたの力だったら500万ベリスで売りさばくことも可能でしょうっ?」


 隣でイーリスが身を乗り出す形で、加勢してくる。


「ご、500万ベリス……? 確かに僕の力だったら、それは可能だが……でも少し厳しい……」

「嫌だったら、あなたのところに売らないだけです! ですよね、ブルーノさん?」

「ん、ああ、そう……かな?」


 なんか話が勝手に進んでいるー!


 ああ、もう後は野となれ山となれだ。

 俺の方は腕を組み待機して、後はイーリスにでも任せておこう。


「で、では! 400万ベリスで買い取りましょう!」

「安い! まだまだ!」

「よ、450万!」

「もっといける! 男前!」

「えぇい! 500万!」

「もう一声!」

「僕も男だ……600万ベリス!」


 どうやらワインの落札額が決まったらしい。


 ほっくり笑顔のイーリスに、肩を落とすクライド。


「やりましたよ、ブルーノさん。こいつに一泡吹かせました」

「お、おぅ……ありがとう……」


 ポーズだけだと思ったが、クライドの様子を見るに完全に計画が外れたらしい。


 それにしても、十五分で作ったワイン一本が600万ベリスか……。

 五本持ってきているので、3000万ベリスにはなるか。

 まあまたディックにでもプレゼントしておこうか。

 ()()ではあるが。



 ——ただお金の持ち合わせがそんなになかったみたいで、一度王都に帰ってお金を用意してから、クライドはこちらに戻ってくるらしい。

 とぼとぼとした足取りで王都へと戻っていった。



「なんだかよく分からないけど、やったね!」

「一体あなたは何者なんですかっ? まさかあの悪徳商人相手との交渉に勝つとは……」


 クライドが去った後。

 カリンとイーリスが俺を囲んで賞賛してくれる。


「いやいや……俺はなにもしてないから」


 実際、なにもしてない。


「でも……ドサクサに紛れて、これから適正な価格でうちの商品を買ってくれる……という協定を結んでもらいましたから。ブルーノ様様です」


 ああ、なんかそういう話もしていたな。


「ホント! まさにあんたは英雄だよ! あたいもクライドさんがあんな悪い人だなんて思ってもいなかった!」

「カリン様。あなたはもう少し思慮深くなってください」


 なんか話がどんどん大きくなっている。


「じゃ、じゃあ用事も済んだし……俺は帰ります。クライドが戻ってきたら、また場所借りるかもしれませんけど……」

「お安いご用さ!」


 背を向け、ディックの家がある方へと帰ろうとした。


「これからも! カリンフードをよろしくね! また新鮮な野菜や果物をおろしてねー!」


 最後に振り返ると。

 そう大きな声を張りながら、こちらに手を振るカリンの姿が見えた。

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