44・おっさん、ワインパーティーを楽しむ
翌朝起きると——瓶の中の液体が澄んだ紫色をしていた。
「やっと出来たか!」
俺はコップにワイン(らしきもの)を注ぎ、鼻を近付けてみる。
「匂いは完全にワインなんだがな……」
ただ腐っていて、飲んだらお腹を壊すっていう風にはならないよな?
……とはいっても、口にしてみなければ成功か失敗かも分からない。
「えぇい! ままよ!」
意を決して、俺はワインを口に流し込んだ。
「……!」
ワインが喉を通過した瞬間。
思わず言葉を失ってしまった。
「リネア!」
ディックの家に行って、リネアを呼び出す。
「はあい?」
瞼を擦りながら、リネアが寝室のある二階から降りてきた。
「リネア……前はごめん」
「えっ……いきなりなにを言ってるんですか?」
「それでお詫びといったらなんだが、プレゼントを渡そうと思って……」
そう言って、俺はリネアにワインが入った瓶を差し出した。
「これは……?」
瓶を受け取り、リネアがきょとんとした顔で言う。
「ワインだ。家の前の果樹園で良いぶどうが取れてな」
「ぶどうなんて育ててましたっけ? それに、ワインなんて作れるんですね」
「なんか見よう見まねでやってみたら、なんとかなったんだ」
「そんな簡単にワインって作れるものだったんですね……」
少しリネアの顔が緩んだように思える。
それにこれだけリネアと普通に会話を交わすのは、随分久しぶりのように感じる。
今が好機。
俺は畳みかけるようにして、
「前はリネアが重い……なんて言ってごめん。あっ、ワインのつまみにするため他の果物もいくつか持ってきている」
色取り取りの果物が入ったバスケットも、リネアの前に出す。
「だからリネア……また前と同じように俺と——」
「ぷっ」
俺がその先の言葉を続けようとしたら。
リネアがおかしそうに吹き出した。
「ハハハ! 別に私、そんなに怒ってないですよ。そりゃあ、あの時は頭に血が上りましたが……」
「そ、そうなのか?」
「それに私の方こそごめんなさい。こんな気を遣わせてしまって」
ぺこり、とリネアが頭を下げた。
……一件落着ということなのか?
「んー? おっさん、朝っぱらからなにいちゃいちゃしてるんだ?」
「マリー! ぐっすり寝てたのに起こされたの!」
ディックとマリーちゃんも起きてきたみたいだ。
「うわぁ! フルーツ!」
眠そうにしていたマリーちゃんであったが、バスケットに入った果物を見て一転。
目を輝かせて、近寄ってきた。
「丁度良い……今日の朝ご飯はフルーツにしようか」
たまにはそういう日があっても良いだろう。
「おっ、それはいいな」
「マリー、甘いもの大好き!」
どうやら二人も賛成してくれているみたいだ。
「…………」
「あっ、リネア。リネアは俺と一緒に果物を肴に、ワインを飲もうな」
ワインをじーっと見つめているリネアに気付いて、そう声をかける。
するとリネアは一瞬ぱっと顔を明るくさせ、すぐにブンブンと首を振りこう続けた。
「あ、朝からお酒を飲むなんて……そんなぐーたらな!」
「ぐーたらでも良いじゃないか」
朝とか昼とか夜とか。
そういうの気にしなくていいじゃないか。
好きな時に好きなようにやる。
これもスローライフの醍醐味だろう。
「それとも夜まで我慢するか?」
「……! せ、折角ブルーノさんが作ってくれたワインなんですから! 早く飲まないと失礼ですよねー!」
口ではそう言い訳がましいことを言っているが、瓶を持つリネアの顔は見るからにうきうきしていた。
「乾杯!」
フルーツパーティーの開催だ。
コップに入れられたワインを見てリネアがうっとりとしている。
「キレイ……透き通っているみたいですね」
そう言って、鼻を近付け香りを楽しみ、ゆっくりとコップを口へと傾けた。
「——っ!」
リネアの目が見開く。
やがて。
「お、美味しいっ!」
と少し頬をピンク色にして、褒めてくれた。
「気に入ってくれたようでなによりだよ」
俺もリネアに続いて、ワインを飲む。
——ここに来るまでに一度ワインを試飲してみたが、今まで飲んだことないような濃厚な味わいが口に広がった。
「口に入れただけなのに、ワインが舌の上で踊って……! それで、それで! 喉を通った時に広大なぶどう畑の光景が頭に浮かんで!」
若干、興奮気味のリネア。
口元をほころばせたまま、くいっとワインを再度口にする。
「フルーツも美味しいの!」
「本当だな! 市街でこんな美味しいもの、買えないぜ!」
ディックとマリーちゃんも、テーブルに置かれた果物を次から次へと口へと放り込んでいく。
果物の香りが部屋に広がり、それだけでも幸せを感じた。
「ブルーノさん……これ、作るのにどれだけかかったんですか?」
長年寝かせておいたワインはとても高級なイメージがある。
俺は安酒しか飲んだことがないので分からないが、中には十年以上も寝かせているワインもあるのだとか。
まあ全てのワインが長年寝かせておいたら良い、ってわけじゃないと思うが。
しかし。
「一晩だ」
「えっ?」
「まあ一晩ものって言ったところか」
そんな単語があるのか不明だが。
そう言うと、リネアは「ほえぇ〜」と空気の抜けたような声を出して、
「それだけでも、こんな美味しいワインを作ることが出来るんですか。さすがブルーノさんです!」
「大したことないさ」
うん、収穫した果物もよくワインに合う。
そのおかげで、あっという間にワインが入った瓶を一本空けてしまった。
「もうなくなっちゃいましたね……」
リネアが名残惜しそうに空になった瓶に目をやった。
「ん? ああ、まあ今回作ってきたのはこれだけだが、何本でも作ることが出来るぞ」
「本当ですかっ!」
「ああ。ちょっと待ってろよ」
——バスケットの中からぶどうを取り、道具を借りて前回と同じように果汁を瓶の中に入れる。
「よし……発酵しろ!」
ぶくぶく!
あっという間に泡だって、先ほどと同じようなワインを作成することが出来た。
「す、すごい!」
リネアが嬉しそうに手を叩く。
「おっちゃん、おっちゃん! それって腐ったんじゃないの?」
「腐ったんじゃないよ。発酵したんだ。美味しくなったんだ」
「マリーも飲みたい!」
マリーちゃんがワインが入った瓶を取って、コップに入れようとすると、
「こら! マリーにはまだ早い!」
とディックがその手を叩いて止めていた。
「まあ一晩もの……ってか十五分くらいで作れたから、十五分もののワインといったところか」
もう一度、リネアと一緒になってそのワインを飲んでみたが、味もさっきのものと寸分の狂いもない。
「うーん……それにしても困ったな」
「どうしたんだ、おっさん」
イチゴを食べながら、ディックが尋ねてくる。
「いやさ。まだ家の前にはたくさん果物が実っているんだが……」
この調子だったら、すぐになくなってしまうかもしれない。
しかし——ディックの家の前にあるリンゴの果樹園もそのままだし、じゃがいももまだ残っている。
とてもみんなだけで食べきれる気もしない。
だからといって、ご近所さんにお裾分けするのも限界があるだろう。
折角作った果物なんだから、腐らせずにどうにかしたいものだ。
「そうだな……じゃあ市街に行って、野菜屋とか果物屋に売ってみたらどうだ?」
「おっ、それは良い考えだな」
野菜屋や果物屋に売ったら、さらに俺のものが広く流通することになるだろう。
別に儲けたいとかいう気持ちはない。
ただ——それで余った野菜とか果物をさばけ、みんなに喜んでもらえるなら一石二鳥じゃないか。
「よし……じゃあ余ったものは店に卸すとするか」
どうせなら、ぶどうはワインにして持って行こう。
こうして今後の方針が決まった。




