43・おっさん、ワインを作る
最近——リネアはよく俺の家に泊まっている。
しかしあれからリネアの機嫌は悪くなったままで「今日はディック君の家に泊まりますからね!」と言って、俺ん家に泊まりに来てくれなかった。
なので久しぶりに一人で夜を過ごすことになってしまったのだ。
「これじゃ、いけない」
しかもあんま眠れなかったし。
瞼を擦りながら、家の外に出る。
「リネアの機嫌を直さないと……」
リネア成分が足りない。
やっぱ俺にはリネアが必要だ!
女性の機嫌を直す、って一体なにをすればいいだろうか?
なにかプレゼントを贈るか?
うん、それが良い。
ならばリネアの好きなものを贈ってあげよう。
「早速買いに行くか」
——市街へと出て、リネアにプレゼントを贈るため、あるものを買ってくる。
手の平の上にいくつかの種。
そうなのだ。市街で買ってきたのは、何種類かの果物の種なのである。
とはいっても、これをそのまま贈ったりはもちろんしない。
これを育てて——リネアにプレゼントするのだ!
「よし、早速やっていこうか」
まずはじゃがいも収穫の際、地面が荒れてしまっていたが、今は色々あって元通りになっている。
ってかいつの間にか元に戻っていた。
【スローライフ】の効果だろう。
地面が荒れていたら農業でスローライフが出来ないからかな。
有り難いことだ。
早速、果物の種を植えていく。
「——生えてこい!」
そう念じると……案の定、地面からニョキニョキと木が生えてきて、立派な果物が実った。
リンゴ、バナナ、桃、イチゴ、メロン、なし、ぶどう——。
色取り取りの果物が一カ所に集まっているのは、見ていて圧巻であった。
「ってか地面の栄養とかなくなったりしないかな……」
果物や野菜、花を栽培する際には植えている地面の栄養を使っている、と聞いたことがある。
あまり調子に乗って栽培すると、地面の栄養がなくなってしまい、カラカラになってしまうだとか。
《ああ、それは大丈夫よ》
「やっぱりそうなのか? 【スローライフ】の効果なのか」
《そうよ》
姿は見えないが、女神がドヤ顔で頷いている光景が想像出来た。
《良い? あんたが種とか植えたりする大地は色々な栄養が濃縮されているわ。栄養がありすぎて、いわば地面界の『デブ』といっても過言ではないわ》
「地面界のデブってなんなんだよ」
そうツッコミを入れるが、『デブ』という単語が出てきてドキッとしてしまう。
リネアを怒らせた原因でもあるからだ。
もしかして、女神は一連の流れを知って、あえて言ったのだろうか。
そんなくだらないことを?
……いやこの女神ならあり得るな。
「じゃあ地面の栄養だとか、枯渇するだとかは考えなくてもいいってことなのか」
《気にせずジャンジャン種を植えて、育てていけばいいのよ!》
それは良かった。
今は【スローライフ】のおかげで立派に農業が出来ているが、地面の栄養だとか計算しなければならないなら知識が追いついてこないからだ。
「それにしても……我ながら美味しそうな果物が出来たな」
試しにイチゴを一つ手に取ってみて、口に入れてみる。
「……! 甘い!」
こんな甘いイチゴ、初めて食べたかもしれない。
噛んだ瞬間、イチゴの果汁が飛びできてあっという間に口の中に広がってしまったぞ。
「これならリネアも喜んでくれるはずだ!」
家の前に出来た小さな果樹園を眺める。
「……おっと、これで終わりじゃなかったな」
とはいってもこれで満足してはいけない。
ここからとある果実を取って、リネアが喜んでくれるものに今から加工しなければならないのだ。
俺はミニ果樹園からとある果実を収穫し、家の中へと戻った。
小さなテーブルの上に、作業道具を並べる。
「さて……やるか」
そう言って、腕まくりをした。
——とある果実とは『ぶどう』のことである。
みずみずしいぶどうの実は、紫色の宝石のようにも見えた。
《一体、なにをしでかすつもりなのよ》
女神のわくわくしたような弾んだ声。
「ワインを作ろうと思うんだ」
《ワイン? そんなの作ってどうするつもりなのよ》
「どうするって……リネアにプレゼントするに決まっているじゃないか」
お酒好きのリネアなら、きっと喜んでくれるに違いない。
今からリネアの笑みを想像すると、思わず頬が緩んでしまう。
《ニヤニヤして気持ち悪いわね。ワインなんて作るより、それで飲んだ者を洗脳状態にするドリンクを——》
「なんでそんな物騒なもの作らないといけないんだ」
《それを街の人達に配って、従順な兵士を作るのよ。そして王都に進撃! いずれは世界を掌握する王となるのよ!》
「相変わらず考えがずれてやがる」
喫茶店を作った時のことを思い出す。
女神の言うことはメチャクチャではあるが、気をつけなければならないところもある。
状態異常の『洗脳』にしてはいけないのだ。
何度でも飲みたくなるような……と念じながらワインを作ってしまえば、先の悲劇をもう一度繰り返すことになってしまう。
「とりあえず、ぶどうを潰せばいいのかな?」
本で読んだ知識を元に、ボウルにぶどうを突っ込む。
そして手で実を潰していった。
あっという間にぶどうは潰れ、ボウルの中には紫色の果汁でいっぱいになった。
とはいっても、皮や種も混じっており、決してワインには見えない液体ではあったが。
「これを腐らせればいい、って聞いたことがあるな」
《腐らせたら飲めないじゃない》
「ん? 女神はワインの作り方をしらないのか?」
《わたしはスキルの女神だからね。なんでも知ってるわけじゃないわよ——あっ、もしや! その腐らせたぶどうの果汁を飲ませて、内部から相手を破壊しようと……》
「だから、そんなことしないって」
その腐らせる行程のことを『発酵』と呼ぶらしい。
俺は瓶の中にボウルの中の果汁を流し込んだ。
後はこの果汁が発酵するのを待つだけだ。
「うーん、本当にこんなことでワインが作れるんだろうか?」
テーブルの上に瓶を置き、それを眺めながら首をひねった。
いや、疑問に思っちゃいけないよな。
必要なのは『ワインを作りたい』という思いだ。
「おっ!」
すると……。
瓶の中の果汁がぶくぶくと泡立ち始めた。
「多分、発酵していってるということなのか」
ならばこれ以上心配はいらないだろう。
一日だけ寝かせておくことにしよう。
「ふわぁ……俺の方も眠くなってきた」
欠伸をする。
ここから、俺の出来ることはないだろう。
おやすみ!
完成したワインを想像しながら、俺は横になった。




