42・おっさん、力持ちになる
いきなり生えてきたリンゴ(黄金)の木に、みんなが戸惑っている中。
『力の実』
『魔力の実』
『賢さの実』
『幸運の実』
『成長の実』
実っている黄金のリンゴの上部に、文字がぽわーと浮かび上がってきた。
「(おい、女神。これってどういうことだ?)」
《そのままの意味よ。成長の実は対象者を五分間だけ十歳分成長させる。力の実だったら、食べた人の力を上げる効果があるのよ》
「な、なにっ? そんな便利なリンゴが……」
あっ。
思わず声を上げてしまった。
突然、声を発するものだから、ディックとかリネアが訝しげな目で俺を見てくる。
「コ、コホン! そ、その木に実っているリンゴを食べればどうやら力持ちになったりするらしい。自由に食べてみてみてくれ!」
誤魔化すように咳払いをして、そうみんなにすすめる。
「はあ? そんなリンゴがあるわけないだろ」
「ブルーノさん……そんなのあったら、努力とか意味がなくなりますよ」
ディックとリネアも、どうやら信じていないみたいだ。
「いやいや、本当だって」
多分だけど。
俺は試しに『力の実』と文字が浮かび上がっているリンゴを手に取って、ガブッと口にする。
「うーん、なかなか甘くて美味しいな」
育て方が良かったのだろうか。
愛情をたっぷり注いだし。
……いや、俺はなんもしてないし一瞬で生えてきたが。
「でもなにか変わった気がしないな……」
リンゴは美味しかったが、特に筋肉モリモリになったりといった変化が現れない。
おかしいな……。
女神が嘘を吐いた?
いや。
「ディック。ちょっと俺に体当たりをしてくれないか」
「なに言ってんだおっさん……まあそう言うなら、体当たりくらいいくらでもしてやるけどよ」
そう言いながらも、ディックは腕をクルクルと回しながら構えた。
「いくぞ!」
「うむ」
ディックが地面を蹴り上げ、こちらに体当たりをかましてくる。
小柄な体格ながらも、スピードに乗っているためなにもせずに当たると痛いかもしれない。
だから俺はそっと片手を前に出す。
ディック渾身の体当たりを止めてみれば、自分が本当に力持ちになったか分かるかな−、と安直に考えたのだ。
向かってくるディックの額に俺の手が当たった瞬間——。
ディックがもの凄い勢いで後ろへ吹っ飛んだ。
「ぬぁぁああああああ!」
ディックが声を上げ、宙を飛び——そのままリンゴの木へと体をぶつけた。
「ディ、ディックっ? 大丈夫か!」
慌てて、ディックに駆け寄る。
「痛〜。っておっさん! そんなに力があったのかよ!」
ディックが頭を痛そうにさすりながらも、なんとか大事には至ってないらしい。
「ブルーノさん! 相手は子どもなんですよ……もう少し手加減しなくっちゃ!」
リネアも心配そうに近付いてきた。
「い、いや……俺はそんなに力を入れてなんかいないんだ……」
震えた自分の右手を見る。
止めるつもりだっただけで、決して吹き飛ばす気なんてなかった。
それなにどうして……。
《『力の実』の効果よ。【スローライフ】を舐めてもらっちゃ困るわ》
何故か女神の声は誇らしげである。
「(……それにしては、効果現れすぎないか?)」
《そんなもんよ。本気出したら、キングベヒモスくらいなら片手で持ち上げることも出来るんだからね》
キングベヒモス——最初、リネアを襲っていたあの巨大なモンスターか。
そりゃ、結構なことだ。
『力の実』を食べる以前の俺は——勇者パーティーでもお荷物だったように——貧弱な筋力しか持っていなかった。
武闘家のライオネルが大岩をひょいっと持ち上げて、モンスターに投げつける光景を見て、唖然としていた程だ。
ならば……。
《もっとも、力の実の効果時間は成長の実と同じで……》
「リネア! ちょっと来てくれ!」
——力の加減を誤らなければ、片手でリネアを持ち上げることが出来るかもしれない。
「なんですか——キャッ!」
リネアの足裏に手を置いて、そのまま持ち上げようとする。
だが……。
「お、重い……!」
さっきの力が嘘だったかのように、リネアの体は全く持ち上がらなかった。
「おかしいな……」
「おかしいのはブルーノさんの方です! 私をデブだなんて言うなんて!」
バチン!
リネアの平手が俺の頬に炸裂。
それは『力の実』を食べていないというのに、もの凄い力で俺の体はクルクルと回りながら地面へと倒れた。
「ち、違うんだっリネア! 誤解だ」
「ふんっ! ブルーノさんなんて嫌いです!」
すっかりおかんむりのリネアは、腕を組んでそっぽを向いた。
《——力の実の効果時間は五分なんだけどね》
「(それを早く言えよ!)」
《言う前に暴走したのはあんたの方でしょう》
黄金のリンゴが宿る木を見上げる。
なんていう果実だ……。
ディックを吹き飛ばし、さらにリネアを激怒させるなんて……。
《どっちもあんたの自業自得でしょうが!》
禁断の果実。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
「……このリンゴは人類には早かったんだ。こんなリンゴなんて、なくなってしまえばいいのに……」
ぼそっと呟く。
すると……。
シュルシュルシュルシュル〜。
そんな感じで実っている黄金のリンゴが、瞬く間にくすんだ茶色へと変色していった。
やがて黄金……いや腐ったリンゴは地面へぽとりと落ち、木自体も原型を留めないくらいしぼんでしまった。
「リ、リンゴが枯れちゃったの!」
「人類にはまだ早かったんだよ……マリーちゃん」
こんなものは俺のスローライフでは不要だ。
大人バージョンのマリーちゃんは少し名残惜しいが、十年経てばいくらでも見ることが出来る。
「育て方が悪かったのか? いくらなんでも成長するのが早すぎだと思っていたが……」
ディックが今更のことを口にした。
ただ黄金のリンゴの種はまだ手元にいくつか残っている。
これを植えれば、またすぐに生やすことが出来るだろう。
だが、これはいざという時のために置いておこう。
ギュッと握りしめ、ポケットの中にしまい込んだ。
「リネア……変なこと言って、ごめんな」
「…………」
リンゴ(黄金)の木がなくなり元通りになっても、リネアの機嫌は元通りにはならなかった。




