41・おっさん、ボインボインに心惹かれる
「え……どなたさまですか?」
恐る恐る、いきなり現れた美女に話しかける。
「そんな顔してどうしたの、おっちゃん? マリーはマリーなの」
「マリー……ちゃん?」
ブンブンと首を振る。
——そんなわけないだろ!
マリーちゃんは可愛らしい幼女なのだ。
こんな大きく、少し動くだけで胸も揺れる大人の女性なんかじゃ——。
「あれ? マリーのお胸大きくなってるの」
謎の美女が気付き、両手で自分の胸を持った。
ボイン、ボイン。
自分の胸を上下左右へと自由自在に動かす。
「これ、面白いの!」
そう言いながら、謎の女性は無邪気にも胸を操作する。
そんな光景に俺は目を奪われていた。
いや、仕方ないだろ!
俺よりも身長が高く、セクシーな女性が自分の胸を玩具のように扱っているのだ。
男なら誰でも見入ってしまい——。
《こら! わたしという存在がありながら、なに考えてんのよ!》
女神からお叱りを受けた。
「(チッ。良いところで邪魔を)」
《あっ! 今、舌打ちしたでしょ! 女神に舌打ちしたでしょ!》
「(いちいち俺を監視してるなんてマナー違反じゃないか)」
《なに、言ってんのよ。あんたのことはいつも見てるわよ……早いとこ【スローライフ】で冒険して欲しいし。良くも悪くも、あんた見てると退屈しないからね》
なっ……いつもだとっ?
じゃあリネアとの夜の出来事も見られているということなのか——。
《ああ。安心しなさい。そういう雰囲気になったら、監視モードを切ってるから》
「(そこんとこは優しいんだな)」
《そりゃそうよ。あんたがそんなことをしている光景を見たら、嫉妬に駆られて——》
「(へ?)」
《な、なんでもないわよ!》
女神が慌てたように否定する。
そしてすぐに話を切り替えるようにして、
《あっ、そうそう! 目の前の美女は正真正銘、あんたがいつも仲良くしているコードネーム『マリー』なんだからね!》
「(マリーちゃんの名前をコードネームとか言うなよ!)」
《わたしにとったら、人間の名前なんて大した意味を持たないからね。個別に認識するための記号でしかないわ》
「(……まあそれはともかく。お前の言葉を信じるなら、どうしてマリーちゃんはこんな姿に?)」
女神と交信している間にも、謎の美女あらためマリーちゃんは楽しそうに自分の胸で遊んでいた。
《さっき、その幼女が食べた果実は『成長の実』と呼ばれるものね》
「(成長の実?)」
長い間、勇者パーティーとして冒険者生活を送っていたが、そんなアイテム聞いたことがない。
《まあ、あんたらの基準でいうとレア度SSに相当するからね。そう簡単にお目にかかれるもんじゃないわ》
「(それじゃあなにか? マリーちゃんは成長の実を食べたから、大人になってしまった、と)」
《そういうことよ》
なんてことだ。
今の大人なマリーちゃんもそれはそれで良いけど、純真無垢な彼女の姿は戻ってこないというのか。
《あ、安心しなさい。成長の実の効果は時間制限があって、もう少ししたら……》
と女神が言いかけた時。
またもやマリーちゃんの体が光に包まれた。
そのままだんだんと体が縮尺していき、やがて元の姿へと戻った。
「よ、良かったぁ……」
「あれ? おっちゃん、どうしたの。そんなところでへたり込んで」
マリーちゃんが不思議そうな顔で覗き込んでくる。
その姿はあの元気一杯幼女のマリーちゃんであった。
《成長の実の効果は五分。実年齢から十歳成長させる効果を持つわ》
と女神が補足を入れる。
えっ、十歳だって?
じゃあマリーちゃんも後十年したら、今のような大人のナイスボディな女性になるというのか。
「?」
俺が凝視していると、マリーちゃんがそう首を傾げる。
……ダメだ、やっぱ想像出来ない。
後十年——マリーちゃんが二十歳になったら、あんな風に成長するなんて。
胸はどうなんだ! 胸は!
今は僅かな膨らみさえも観測出来ないのに、一体どこがどうなったらあれだけ成長するんだ!
全く——人体というものは不思議なものである。
「おっさん、ここにいたのか」
ディックが向こうの方から、そうやって駆け寄ってきた。
「あっ、お兄ちゃんお兄ちゃん! 見て見て! ボインボイン!」
マリーちゃんが両手で自分の胸を持ち上げる動作をする。
しかし——そこにさっきの豊かな胸は存在しないのだ。
結果、まな板の胸に手を当てるだけのような格好になった。
「あれ? あれ?」
「……マリーなにしてんだ?」
「おかしいの! マリーの胸が大きくなって、ナイスバディなセクシーな大人の女性になったはずで……」
「マリー……疲れてるんだ。休もう」
「ほ、本当なのっ!」
マリーちゃんがそう叫ぶが、時既に遅し。大きな胸は戻ってこないのだ。
だが、安心しろマリーちゃんよ。
君も十年後には、兄を見返すような美女に成長しているのだから。
「ん? ブルーノさん。なんだか顔がにやついているようですけど……」
リネアが顔を覗き込んでくる。
「な、なんでもない!」
「嘘です。なにがあったんですか? さあさあ、教えてください。なんかブルーノさんが嫌らしい目でマリーちゃんを見ていたような予感が……」
「そ、そんなわけないだろ!」
「だったら早く白状してください。さあ、さあ!」
キスするくらいの勢いで、顔を近付けてくるリネア。
普段なら天然なのに、こういう時だけ鋭いのでたじたじになってしまう。
「——そうだ! さっきの金色のリンゴ!」
マリーちゃんの歯形がついた金色のリンゴ——もとい成長の実は地面に転がっていた。
「それはなんですか?」
「こ、これは禁断の果実だ! 食べられないんだ!」
「んーっ。怪しいですね」
リネアがジト目を向けてくる。
成長の実ってことがバレたら、またマリーちゃんが食べようとするかもしれない。
そうなったら、またリネアに追及されるので秘密にする。
「あっ、そうだ……この金色のリンゴの種を植えたらどうなるのかな?」
ぼそっと呟いたら、
《もちろん。金色のリンゴが実っている木が生えるわよ》
と女神から答えが返ってくる。
「(さっきの成長の実が、か?)」
《うーん、それもあるけど……他に効果が出るリンゴも実るわ》
「(どういうことだ?)」
《植えてみたら、分かるわよ》
女神の言うことを聞くと、好奇心が湧いてくる。
まあ聞くよりも見る方が早い。
俺は成長の実から種を何個か取って、地面へと植えた。
「一日待たないといけないのでダルいな……」
本来、一日で生えてくるとなったら素晴らしいことだが、いつの間にか心が贅沢になっていた。
一瞬で生えてきたら、待たなくて済むんだけどな——。
そう考えた矢先。
「うおっ!」
地面からにょっきと顔を出す葉っぱ。
そしてそれは目まぐるしい速度で伸びていき、とうとう……、
「えっ、木が生えてきたぞ!」
「一体なんなんですか? なにが起こったんですか?」
金色のリンゴを実らせた、立派な木へと成長した。
さすがの俺でもちょっとドン引きするスピードであった。
その一本の木はリンゴのせいで黄金に輝き、眩い程であった。




