4・おっさん、寝る
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マリーちゃんに秘薬を飲ませてから、三時間祈るような気持ちで、目覚めるのを待った。
そして……。
「お兄ちゃん! 凄いよ! マリーこんなに元気だよ!」
ぴょんぴょんと庭を飛び回るマリーの姿があった。
「こ、これは一体……どういう……!」
ディックが愕然としている。
それも仕方ない。
だって俺が一番驚いているんだから。
「どうやら上手くいったみたいだな」
「お、おっさん! 渇血症を治す薬を作っちまうなんて……やっぱり、調合師なのか!」
「いやいや、俺はただのしがない——空腹で倒れたただのおっさんだ」
元勇者パーティーの一員だ、と言う必要はないだろう。
それにしても、どうして『薬』を作ることが出来たんだろうか。
しかも本来作れなかったはずの、薬草だけで渇血症を治してしまうような『薬』が。
「おっさん、一体何者なんだ……」
「だから大した人じゃないって。俺はただの【スローライフ】というスキルを持った三十路のおっさんだ」
「す、すろーらいふ?」
ディックが首を傾げる。
なんだかよく分からないが、『薬』を作れた理由はスキル【スローライフ】にあるんだろう。
アイテムを調合して、上位アイテムを作り出すなんて。
それでアイテム職人なんかなっちゃったりして。
その上、店なんか開いたりして。
スローライフに関することが過度に実現する。
きっと、スキル【スローライフ】のおかげで、ちょっとしたアイテムを作ることも出来たんだ。
「おっさん——いや、マリーの恩人にこんな口の利き方しちゃいけませんね。お名前を聞かせて——」
急にかしこまるディック。
「おいおい、止めてくれよ。むず痒くなっちゃうから」
「でも……」
「俺の名前はブルーノって言うんだけど、まあ『おっさん』のままでいいよ。今まで通り接してくれ」
なんの特技も持たない『おっさん』。
今の俺ではそんなもんが上等だ。
「——へへへ。でもおっさん、感謝しているのは本当だぜ。いつかこの恩を返して」
「じゃあ、いつかとは言わず今返してくれよ」
「い、今?」
ディックの顔が強ばる。
「ああ、大丈夫大丈夫。お金なんて要求しないから」
「な、なんだ……で、でも今から一杯オレが働くから、いつかおっさんに今回の報酬を——」
「ああ、そういうの良い良い。俺が欲しいのはな——」
俺がそれを告げると、ディックはニカッと少年らしい笑みを浮かべるのであった。
◆ ◆
『これからイノイックにいたいから、住むところになにか心当たりがあるなら教えてくれないか』
俺がディックに頼んだのはそれだけである。
ディックはすぐに心当たりがあったのか、
「おう、任せとけ!」
鼻の下をすすり、俺に素敵なことを教えてくれた。
——イノイックの外れ。
イノイックは辺境の地であるが、またさらに人気が少ない場所でもある。
湖の畔。
そこに一軒の小屋が建っていた。
「湖の畔の小屋なら、誰も使っていないからいいと思うぜ。ただ中は汚れていて狭いから、マリーの恩人に紹介するのは、少し心苦しいが……」
ということである。
俺は小屋の前に立ち、ゆっくりとドアノブを捻る。
——ギィィイイ。
立て付けが悪いのか、そんな音が聞こえた。
中に入ると——確かにディックの言った通り狭い。
「うおっ! ……埃か」
しかも一歩踏み出すごとに、埃が舞って驚いた気持ちになる。
中には簡易的な敷き布団と、小さな机と棚のみ。
机と棚もボロボロで今にも壊れてしまいそうだ。
とても上等なものとは言えない。
だが——。
「そうそう! こういう生活を求めていたんだよ!」
——生活に最低限なものだけを得て、生きていく。
決して贅沢しなくていいんだ。
それに小屋の窓から見える湖の景色はとてもキレイで、心が洗われていくようだ。
これぞ、ザ・スローライフ。
俺は腰に手を当てて、すうーっと息を吸ってからこう言う。
「最高だぁぁあああああああ!」
《最高じゃないわよ!》
「うおっ!」
いきなり大声が頭に響いてきて、つい驚いてしまう。
《あ、あんた一体なにやってんよ!》
「なんだ……スキルの女神か」
《ふんっ! わたしが出てきてやったのよ。もうちょっと喜びなさいよ》
なんか引っ込んだり出てきたりする慌ただしい女神だな。
《仕方ないじゃない。本来、わたしみたいな女神が人間に交信することなんてないんだから。交信出来る時間が決められているのよ》
「そうなのか」
《今回はちょっとだけ長めに話が出来そうだから、あんたに文句を言いに来たわ》
女神の息を吸い込む音が聞こえて、
《あんた! もうちょっと贅沢しなさいよ! 【スローライフ】の効果が分かったでしょ?
生えてきて欲しいなと思ったら薬草が一万束も生えてくるし! 寝ながらでも勝手に手が動いて、神の秘薬『アルマエル』なんか作っちゃうし!》
「アルマエル?」
《本来は神だけが持ち得る秘薬よ。あの秘薬タダで渡しちゃって、なんのつもり?》
「タダなんかじゃない。この小屋を貰ったじゃないか」
《あの秘薬があれば、王都のど真ん中に豪邸が建てられるんだからね!》
なんと!
そんなに貴重なものだったのか。
でも……。
「俺はそんなの必要ない。そういうのもう疲れたんだ」
《なにを言ってんのよ。広いとこに住む方が良いに決まってるじゃない》
「分かってないな。最低限ものだけを得て生活する——こっちの方がスローライフじゃないか」
《そうそう、あんたのスローライフって最早スローライフじゃないからねっ? 薬草一万束摘んだり秘薬作ったりするところの、どこがスローライフなのよ》
「なにを言う」
薬草を摘んだり、アイテムを調合する。
スローライフに関することが過度に実現する。
スキル【スローライフ】のおかげで、ちょっと楽は出来ているものの、立派なスローライフじゃないか。
「ってか、お前……どうしてこんなスキルなんて作ったんだ?」
《一見弱そうに見えるスキルが、実は使い方次第で最強になる——そういうスキルってロマンじゃない!》
「分からん」
弱そうに見せなくても、強いなら強そうに見せたらいいじゃないか。
そっちの方が分かりやすい。
《それなのに……使い方も分かったはずなのに……あんたは……あんたはスキルの無駄遣いをして》
「俺は無駄遣いをしているとは思ってない——ふわぁ」
欠伸が出る。
住むところも得て、安心して眠くなってきた。
「とりあえず……俺は寝るぞ」
《ちょ、ちょっと! まだ言い足りな——くっ、スキル【スローライフ】のおかげでやけに寝付きが良い——》
昔から寝付きだけはいいんだ。
寝たい時に寝る。
これぞスローライフ。
今までの疲れもあったのか、翌朝まで爆睡した。