31・おっさん、頼られる
朝起きたら。
家の前に、うじゃうじゃ人が集まっていた。
「ど、どうしてこうなってる?」
なんか騒がしいな、と思っていたらこういうことだったのか……。
俺は目覚めを邪魔されるのが、一番腹が立つのだ。
だから玄関の扉を開け、
「うるさぁぁぁあああい!」
と怒号を上げた。
だが、集まった人々はそれに一切怯むことがなく、
「え、英雄おっさんだ! 頼む! オレ達にも、武器を作ってくれ!」
……。
はい?
どうして、そういうことになる。
「とにかく落ち着いてくれ……」
今にも家の中に雪崩れ込んできそうだったので、まずは落ち着かせようと手で制す。
しかし人々の狂騒は止むことはなかった。
「一体、どういうことですか?」
「そのままの意味だ! あの凄腕冒険者アーロンさんを一発で葬った伝説の武器——それを作ったのはおっさんだと言うではないか!」
目を血張らせた一人がそう声を張り上げる。
ああ……。
そういや、模擬戦の際バカみたいに人が集まってたな。
だから目撃者も多いため、アーロンさん一人を口止めしても仕方がなく——。
「さらに、スライムを大量の惨殺したらしいじゃないか! それ程までの武器! 是非、オレにも作って欲しい!」
——森でのスライムの件は、俺とマリーちゃんとアーロンさんしか知らないはずだよな?
アーロンさん。
口が固いことで有名じゃなかったのかよっ!
まあ、あまりそういうタイプには見えなかったが……。
繊細っていうより、豪快っていう文字が似合いそうな人だったし。
「いやいや、あれは護身用なので……玩具みたいなものですので……」
「嘘を吐くな! あれが護身用なら、オレの武器はただのゴミじゃないか!」
「だったら、そうだったんじゃないですかね?」
「な、なに? オ、オレの武器を——いや、おっさんから見てオレの持つ剣はその程度に見えるんだろうな」
その後、後ろに連なる人達が、
「私にも! 私にも作ってください! これでゴブリンの影に怯えなくても済みます!」
「おっさんの作る武器があれば、おいらはSランク冒険者にすらなれる。そうすれば美女を侍らせて、優雅に生活するんだ!」
……どうやら、ここに集まった人達は俺の作る武器を求めているらしい。
《どうするのよ》
女神の声が響く。
「(断るに決まっているだろ。これだだけの数作っていたら、スローライフどころじゃない)」
それに、武器に不具合が起こって損害賠償とか求められても、困るわけだし。
いくら【スローライフ】があるにせよ、俺は武器作りに関してド素人なのである。
いくら報酬を貰っても、わざわざみんなのために武器を作る理由がない。
「おっさんの武器を持って、ゴブリン退治に行くんだ!」
「アシュリー女騎士団長なんか待ってられない!」
「私の子どももゴブリンにさらわれたら……」
ん?
「どうやら、自分本位の理由だけじゃないみたいですね」
人々の話に耳を傾ける。
「当たり前だ!」
最前線にいた男が少しむっとしたような表情をして、
「もちろん、冒険者として名を上げたい——という輩もいる。しかしそれよりも、親友を彼女を妻を子どもを——みんな、大切な者を守りたいという気持ちを持っているんだ!」
「だからこそ、ゴブリンを討伐するためにおっさんの武器を! おっさんの武器があれば、ゴブリンなんか一掃してやる!」
「私も……ゴブリンがもし街までやって来たら、それを使って子どもを守りたいんです!」
そう。
マリーちゃんに作ってあげた武器も、元々は『マリーちゃんを守ってあげたい』という気持ちから生まれたものだ。
それに、みんなのゴブリンを怖がる気持ちは分かる。
勇者パーティーにいた頃。
モンスターにまみれたような生活をしていたので、すっかりそんな気持ちを忘れていた。
「——はあ」
溜息を吐く。
「分かりました。時間はかかるかもしれませんが、なんとか頑張ってみます」
そう言った瞬間、人々から歓声。
……まあ今回だけにしよう。
ゴブリンを放置していたせいで、誰かが死んじゃったとかなったら嫌だしな。
「だから、今日はひとまず帰ってください! ……ああ、そうそう冒険者の方々は武器を作るための素材を集めてくれませんか?」
「素材? 一体、どんな素材が使われるんだ?」
「そこらへんの石とか草です」
そう言うと、人々は首を傾げて去っていった。
「……ふう。我ながら、厄介事を抱えてしまったかな?」
俺のスローライフもなかなか上手くいかない。
それもこれも、洞窟で大量繁殖したゴブリンのせいだ。
《それでどうするの? ざっと百人はあんたの家の前に集まっていたでしょ。いくらあんたでもあれだけの数を作るのは、骨が折れるんじゃない》
「そうだな」
人々がいなくなったのを見てから、俺は扉を閉める。
「とりあえず、素材が集まるのを待つか」
椅子に座りながら、二度寝をしていると、その間に冒険者共が『そこらへんの石』とか『そこらへんの草』とかを大量に集めてくれていた。
「こんなので本当に武器が作れるのか?」
心配そうな冒険者の顔。
「大丈夫。これだけあれば、十分だ。あっ、そうそう。武器を作っている間は、集中しているから決して中に入るんじゃないぞ」
そう念を押して、冒険者達を帰らせる。
家の床に石とか草を並べる。
これだけあったら、なかなか壮観なものだ。
「さて……早速やるか」
腕まくりをする。
そして、ゆっくりと横になり——。
「おやすみなさい」
三時間後。
起きたら、百本もの焔剣レーヴァテインが出来ていました。
◆ ◆
みんなにレーヴァテインを配って、二週間くらいが経過したくらいだろうか。
「すまない——待たせたな!」
そう言って、颯爽とイノイックに現れたのは——アシュリー率いる第一騎士団のメンバーであった。
前と同じようにして、イノイックの入り口に野次馬共が集まってくる。
俺はいちいち見に行きたくなかったが、マリーちゃんに「行きたい!」と駄々をこねられたので、野次馬に混じってアシュリーを見ることにした。
「おぉ……アシュリー様。わざわざこんな辺境の地に、何度も足を運んでいただいてありがとうございます」
イノイックの市長……っぽい人が、そう言ってアシュリーに頭を下げた。
「ゴブリンの集団を放っておくわけにはいかぬ! この二週間、市民には怖い思いをさせてしまった」
アシュリーは勇ましく言う。
前回はアシュリー含め三人だけで、イノイックに来ていたが、今回は違う。
総勢十五人くらいいるだろうか。
さらに一人一人、見るからに豪華な装備を携えており、これだったらゴブリンも一溜まりもないはずだ。
ってかオーバーキルな気がするけど。
そこは前回の反省もあって、万全の体制できたんだろう。
「では……早速、洞窟に向かわせてもらおう!」
「あ、あのー……すいません」
背を向けるアシュリーに対し、イノイックの市長が申し訳なさそうに口を開き、
「……ゴブリンなら、もう全滅してしまいました」
「ん? 今、変なことが聞こえたような気がするな。一体、なんと……?」
耳を疑うアシュリー。
「えーっと、ゴブリンならイノイックの冒険者達が全滅させてくれました……」
もう一度、繰り返す市長。
「……すまない。私は冗談で冗談を返せる程、面白い女でもないんだがな?」
「い、いえいえ! 冗談ではありません! 本当にゴブリンは全滅してしまったんです!」
……。
アシュリーはそれを聞いて、しばし沈黙。
そして。
「……失礼な言い方になるかもしれないが、ゴブリン百体はこんな辺境の地の冒険者で殲滅させられる数ではないのだ。ヤツ等は一体一体はさほどの強さでなくても、徒党を組んだ瞬間——それこそ、キングベヒモスにも匹敵する力を持つ」
「さようです」
「だからこそ——私は前回の反省を踏まえ、人員も装備も完璧にして、ここに来たつもりなのだがな?」
「それはありがとうございます。でも事実なのです」
意見を覆そうとしない市長に対し、だんだんアシュリーの顔が曇っていく。
「……冒険者が? ホントに?」
「はい。というより冒険者以外にも、ただの主婦や子どもとかも洞窟に行って……」
「どうしてただの主婦や子どもが、ゴブリンを倒せるのだ」
「優れた護身用の武器が流通していまして……」
言わずもがな、焔剣レーヴァテインである。
「護身用で、ゴブリン百体を全滅させられるわけないだろう」
その後。
しばらく、アシュリーと市長はやり取りを続けていたようだが、
「えぇい! じれったい! これでは話が進まぬ! 私が直接行って、本当にゴブリンを全滅しているか見ればいいだけじゃないか! 皆の者——行くぞ!」
と痺れをきらして、アシュリー率いる第一騎士団のメンバーは、洞窟のある方へと向かっていった。
——それから程なくして。
アシュリーが一体のゴブリンを見つけることもなく、とぼとぼと帰ってきたのは言うまでもない。




