30・おっさん、スライムを出現させる
「ぬぉぉぉおおおおお!」
そのままアーロンさんの体が、観客に突っ込む。
「え、え、え?」
一瞬すぎて、なにが起こったか分からないが、とにかく大変なことになっている。
俺は【スローライフ】を発動させ、ハイポーションを湧かし、それをアーロンさんにぶっかけた。
「アーロンさん、大丈夫ですかっ?」
「ぜえっ、ぜえっ。なにが起こったのだ……お嬢ちゃんの剣が当たったと思ったら、我の大剣が真っ二つに折れ、そのまま体を焼かれてしまった……」
ハイポーションによって、全快しているものの。
未だ混乱したまま、アーロンさんがそう口にした。
見ると、近くの地面にアーロンさんが持っていた大剣が真っ二つに折れて、転がっていた。
「マリー勝ったの! 大勝利なの!」
剣を持って、その場で飛び跳ねるマリーちゃん。
《まあそれくらい簡単にやるわよ》
女神の退屈そうな声が頭に響いた。
《言ったでしょ? 炎属性が付与されているって。その武器を一振りするだけで、同時に炎をぶつけることにもなるわ》
「そういや、そう言ってたな……」
アーロンさんに説明を怠ってしまっていた。
レア度Aごときの武器が、これ程の威力を持つとは。
うーん、【スローライフ】の生産恐るべし。
「な、なんだ……あの武器は?」
「Eとか言ってたが、絶対嘘だろう。Bくらいはあるんじゃないか?」
残念。
Aでした!
「はあっ、はあっ……末恐ろしい少女だ……我の負けだ」
アーロンさんが肩を落とす。
——いや、なんか申し訳ない。
不意打ちみたいなやり方で、良い人そうなアーロンさんをこんな気持ちにさせてしまうなんて。
「アーロンさん、すいませんでした……」
「なにを謝っているのだ? ——そうだ。その少女と武器の性能をもっと見てみたい。良かったら、我と一緒に近くの森まで付き合ってくれないか?」
「森ですかっ?」
「なあに、安心して欲しい。そのお嬢ちゃんがモンスターと戦っている姿が見たくてな。我もいるから安心して欲しい」
そう言われたら、断りにくい。
それにアーロンさんには迷惑をかけているしな。
「はい……では分かりました。マリーちゃん。ちょっと森まで良いかな?」
「良いの! マリー、自分の力を試したいの!」
マリーちゃんは、鼻息を強くしてそう答えた。
◆ ◆
というわけで。
俺達——マリーちゃん、アーロンさんの三人はイノイックの森に訪れていた。
しかし……。
「なかなかモンスターに遭遇せぬな」
「ですね」
まあ、この森自体がモンスター少ないので、仕方のないことであろう。
だからこそ、安心して薬草を摘みに来ている、ってところもある。
「んー! マリー、早くモンスターを倒したいの!」
「それ、護身用の武器ってこと忘れてないかっ?」
ブンブン元気よく剣を振り回すマリーちゃん。
冒険者にでもなった気分なんだろうか。
「……さっきから護身用、護身用と言ってるが……その剣が護身用なら我の相棒はなんなのだ」
やり取りを見て、アーロンさんは落ち込んじゃってるし。
ちなみにアーロンさん。折れた剣じゃなくて、どっからかまた新しい似たような剣を携帯している。
相棒というわりには、代えがあるんだね……。
まあ冒険者として、ある意味正しい姿かもしれないが。
「洞窟に出掛けるのは、ちぃっと危険だしな……」
アーロンさんが考え込むようにして呟く。
確かに。
いくら、俺の作った護身用の武器がまあまあ使えるものとしても、やはり慢心は危険。
油断していれば、女騎士アシュリーのように足下をすくわれかれない。
「手頃なスライムとか出てきたらいいんだけどな……」
スライムというのは、最弱と呼ばれるモンスターである。
それくらいなら、俺でもなんとか倒せる。
マリーちゃんの安全を保障出来るんだが……。
《あら、モンスター出てきて欲しかったの? 大丈夫よ。【スローライフ】さえあったら、それすらも可能だから》
「(な、なに? 一体どういう仕組みでだ?)」
《弱いモンスターを地道に狩っていって、素材を集める。そういうのもまたスローライフじゃない》
「(なんでもありだな。出てこなくさせることも出来れば、その反対も可能だと)」
《今更、気付いたの? まあ強いモンスターは呼べないんだけど……》
だが、女神の言うことにも一理あるかもしれない。
決して強いモンスターが出てくる必要はない。
血塗れになって戦う。
知恵を振り絞って、敵を打倒する。
なにもそういう話じゃないのだ。
自分の手で収まるようなモンスター。
うん。それくらいなら出てきてもいいかもしれない。
絶対にピンチに陥らないくらいの、モンスターの強さと数……。
なんてことを思っていたら、
「おっ」
突然、目の前にスライムが出現した。
ぷにぷにとした外見。
そいつは、地面を這ってこちらに向かってきた。
「行くんだ! マリーちゃん」
「は、はいなのっ!」
相変わらず、構えもなにもあったもんじゃない。
とてとて。
「えぃやー」
焔剣を振る。
ズバッ!
ゴォォオオオオオ!
斬った瞬間、スライムの体が燃え、消滅した。
「やったの! マリーでもスライムを倒せたの!」
マリーちゃんが飛び跳ねる。
「ほほう……スライムとはいえ、一発で葬るか」
アーロンさんがそれを見て、感心したように呟く。
「(本当にスローライフをするにあたって、便利なスキルだな)」
《そりゃそうよ。でもこれって、あんま必要ないと思うけどね……》
「(ん? どうしてだ?)」
《だって、弱いモンスターしかホップしないんだもん。【スローライフ】がなくても倒せるじゃない》
「(なにを言ってるんだ……?)」
《わたし的にはもっと強敵とガンガン戦って欲しい、ってことよ!》
「(未来永劫ないな)」
さて。
決してピンチに陥らない——安全圏でモンスターを狩っていこう。
とてとて。
「えぃやー」
スライムを倒した!
とてとて。
「えぃやー」
スライムを三体まとめて倒した。
とてとて。
「えぃやー」
スライムを十体まとめて倒した。
「そろそろ疲れてきたの」
マリーちゃんが肩を上下させる。
「うん——マリーちゃん、よく頑張ったよ。なでなでしてあげよう」
なでなで。
「はぅわ〜」
惚けているマリーちゃんの顔を見ると、癒される。
「……恐ろしい武器だ。初めて剣を握るような幼女でも、スライムを二十体以上倒してしまうとはな……」
何故かアーロンさんがちょっと引いている。
「アーロンさん。もう満足しましたか?」
「満足もなにも……冒険者としての自信を失ってきているよ……」
「不安にならないでください。これも護身用の武器がちょっと良かっただけですから」
「まだ護身用と言い張るのか……」
あっ、戻る前に。
「アーロンさん、この武器のことは内緒にしておいてくださいませんか?」
「はて? なにを言い出すんだ。それにどちらにせよ、模擬戦はみんなに見られてるじゃないか」
「……いや、なんか言ったら面倒臭いことになりそうなんで」
前回の喫茶店事件のようになっても困る。
模擬戦のことは、演技だったとか偶然だった、みたいな適当な理由を付けておいたらなんとかなるだろう。
そう言うと、アーロンさんは胸をポンと叩いて、
「かしこまった。どうして隠すのか分からないが、このアーロン——口が堅いことで有名であるからな」
「ありがとうございます」
これで不安は全て取り除かれたな。
マリーちゃん用の護身用武器も期待以上だったし。
ゴブリンの影に怯える必要もない。
これぞまさにスローライフ!
「じゃあマリーちゃん帰ろうか」
「うん!」
とマリーちゃんは笑顔になるのであった。




