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3・おっさん、調合する

 そのまますぐにディックのもとへと帰った。


「おかえり。どうだった?」


 ディックが顔をこちらに向ける。

 その顔は疲れきってるように見えた。

 妹への心労だろう。


「大丈夫。薬草なら一杯ゲットした」


 そう言って、袋を手渡す。


「あ、ありがとう! おお、三束もあるじゃないか! これだけあれば、マリーも少しは楽に——」

「あ、ああー。そのことなんだが」

「なんだ?」


 ディックが首を捻る。



「まだ外に一杯あるんだ」



 そう言って、玄関の扉を開けた。

 すると——そこには俺の身長程ある袋が置かれている。


「え……まさかその袋の中身、全部薬草なのか?」

「ああ。一応、千束くらいは入っているはずだ」

「せ、千束——!」


 ディックが目を丸くする。

 本当は一万束摘んだわけだが、持ち帰ることが困難だったので諦めたのだ。

 

 ディックは袋のもとへと駆け寄り、その中にある薬草を両手一杯になるくらいまで掴んだ。


「す、すげえ! 一体、あの森のどこにそんなに薬草が生えてたんだ?」

「ああ。なんか『薬草生えて欲しいな』と思ってたら、一杯薬草が生えてきて」

「……な、なにを言ってるんだ? ——いや、今はそんなことより!」


 慌てて、家の中へと戻ったディックの後を追いかける。


「マリー!」


 家の中にある一つの扉。

 そこを開くと——奥の窓の前でベッドに横になっている女の子の姿があった。


「お兄ちゃん……」


 俺はディックと一緒に女の子のもとへ近付く。


 ——可愛い。

 俺が十歳くらいの頃は家の前を駆け回る元気なガキであったが、この女の子——マリーちゃんからは、とてもそんな元気を感じられなかった。

 肌が青白くなっている。

 渇血症かっけつしょうのせいだろう。


「マリー……これを……薬草を食べろ。少しは体が楽になるはずだ」

「薬草なんてまだ生えてたの……? ありがとう……」


 むしゃむしゃとマリーは薬草をそのまま食べる。


「どうだ?」

「うん……少しは楽に……ありがとう。でも……ケホッケホッ!」


 マリーちゃんが苦しそうにせきをする。

 そのせきと一緒に血が飛び出し、シーツに付着した。


「ダ、ダメだ……やっぱり薬草を直接食べさせるだけじゃ……」


 そう。

 薬草はそのまま食べても効力がある。

 だが、薬草をもとに『薬』を作って、それを食べたり飲んだり貼ったりするのが一般的な使い方である。

 さらにもっと言うと、薬草だけでは渇血症を治す根本的な治療は出来やしない。


 マリーちゃんは何度か咳を繰り返して、そのまま瞼を閉じてしまった。


「マリー!」


 ディックがシーツを掴む。

 マリーちゃんは息をしているものの、見ているこっちが苦しくなってしまいそうで、今にも止まってしまいそうにも見えた。


「この街——イノイックに調合師はいないのかっ?」


 調合師というのはその名の通り、薬草等の素材を使って『薬』等のアイテムを作る人である。

 その人がいれば——渇血症を治すことが出来なくても——痛み止めくらいは作ってくれるかもしれない。


 俺の問いかけに、ディックは声を荒げて、


「いない! いたとしても、調合師に依頼出来るだけのお金が……」


 確かに。

 二階建ての家は広いが、所々ボロくて壊れている箇所もあった。

 これを見れば、決してディック達が裕福なようには見えない。


「じゃあ——俺がやってみるよ」

「え? おっさん、調合師だったのか?」

「いや、調合なんてやったことない。だけど、俺は君達の何年も長く生きている。少しは調合についての知識があってね」


 このままマリーちゃんを見捨てるのも心苦しかった。


「一晩——俺にくれ」

「オ、オレに手伝えることはあるか?」

「いや、ディックはマリーちゃんの看病をしてあげてくれ」


 だから——出来るかどうか分からないが、出来るだけのことをやってみよう。


 ◆ ◆


 それから、ディックに二階の個室を与えられ、俺は小さなテーブルに薬草と考えられるだけの道具を広げた。


「さて……まずはなにをすればいいんだ?」


 安請負してしまったものの、俺に調合師としての経験は皆無だ。


「とはいっても、諦めるわけにもいかないよな。とりあえず、こねくり回してみるか……」


 このままじゃ、マリーちゃんが苦しみもしかしたら今夜息を引き取ってしまうかもしれない。

 俺はマリーちゃんの青白い顔を思い出しながら、腕をまくり薬草を手に取った——。



 二時間後。



「やっぱダメか……」


 俺は薬草をテーブルに置いて、天を仰いだ。


 やはり……本で読んだだけでは、なんとも完成しないか。

 本来、調合師というのは莫大な知識量と、程遠くなるような努力が必要になってくる。

 頭の片隅にあった知識をかき集めて、薬草を潰してみたり、炙ってみたり、干してみたりしたが、『薬』に変化する様子はなかった。


「俺じゃなんともならないのか?」


 下ではディックが看病を頑張っているだろう。



《それじゃあダメよ。もっとスキル【スローライフ】に身を委ねなさい。そうすれば、スキルが過度に実現してくれるわ》



 頭を抱えていると、あの時——パーティーから追放されてから——聞いたのと同じ声が響いた。


「スキルの女神……なのか?」


 問いかけてはみるものの、答えは返ってこなかった。


「スキルに身を委ねる? 一体なにを言ってい……る……だぁ」


 その時であった。

 強烈な眠気が襲いかかってきたのは。


 仕方ないだろう。

 パーティーから追放され気を張っており、薬草を一万束摘んだりもしていたのだ。


「ふわぁ……ダメ……だ。こんなところで寝ちゃ——」


 眠気に抗おうとしたが、欠伸をした瞬間に耐えきれなくらい酷くなってきた。

 そのまま頭が真っ白になっていき、眠りに落ちた。


 ★ ★


「あいつ……本当に大丈夫なのかよ」


 妹のマリーが眠りに入ったのを見て、ディックは部屋から抜け出し、おっさんが作業している部屋の前まで来た。


「調合なんてしたことない、って言ってたけど……」


 作業中は『集中力が乱れるから、入らないでくれ』と言われている。

 だが、彼の作業うんぬんでマリーの運命が変わるかもしれないのだ。

 不安になるのも仕方ない。


「おおい、おっさん……入るぜ」


 トントン、とノックしてみるが、返事がくる様子がない。

 おかしいな、と思いながらディックはそのまま扉を開いた。


「なっ……!」


 そこでディックの目に飛び込んできた光景は驚くべきものであった。



 ——なんとおっさんが目にも止まらぬ速さで手を動かしているではないか。



 見事だ。

 まるで薬草がテーブルの上で舞踏しているかのように、飛び回り、そして新たな色に変わっていく。

 しかもディックが入っても、気付かないくらいほどの集中力。


「……どうやら心配はご無用のようだな」


 それを見て、安心しディックはゆっくりと扉を閉めるのであった。


 ★ ★


 チュンチュン。


「——! しまった寝ちまった!」


 鳥の鳴き声が聞こえて、すぐに目を覚ます。


 なんてこった。

 どうやら、あのまま眠ってしまっていたらしい。


「は、早く調合を再開させないと——っ!」


 急いで薬草を手に取ろうと、テーブルに目線を落とす。


 すると——。


「え? 出来てる?」



 そこには紫色の液体が入ったガラス瓶が置かれていたのだ。



「スキルに身を委ねる、と女神は言っていたな。一体どういうことだっ?」


 完成した『薬』の前で腕を組み、一頻ひとしきり考える。


 ……いや、今はそうしている場合じゃない!


「早いとこ、マリーちゃんにこれを渡さないと!」


 俺はガラス瓶を手にとって、マリーちゃんがいる一階へと駆け出した。



 ——この時、おっさんブルーノは知らない。


 ブルーノが寝ている間に完成していた『薬』。

 それこそ、どんな病でも治す『神の秘薬』と呼ばれるものであったのだから。

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