29・おっさん、再びギルドに行く
「すいませーん——」
ギルドの扉を開けると、一気に中にいる人達の視線がこちらに集まった。
「あ、あれは……英雄おっさんっ?」
「一体こんなちっぽけなギルドになんの用だ」
「噂では、魔王退治の旅に出掛けたと聞いていたが……」
辺りでそんな囁き声がちらほら聞こえる。
「なんで旅に出たことになってるんだ……」
溜息が出る。
魔王退治の旅から、追放された身なんだが。
「こ、ここここれはどうもおっさん様。きょ、きょきょきょ今日はなんのご用で?」
受付の方から、白髪で偉そうなおじさんがこちらに駆け寄ってきた。
そもそも俺『おっさん』って名前じゃないんだが。
まあ別に呼び方はなんでもいいから、いちいちツッコミを入れないが。
「今日は頼み事があって来たんですが……」
「た、たたた頼み事ですと! そ、そそそれはなんでしょうか?」
恐る恐るといった感じで、その白髪のおじさんが尋ねてきた。
「実は……新しい武器を試してみたくて。それで模擬戦をしてくれる人を探しに来たんですが……」
「な、なんとっ! おっさん様と模擬戦くらいの実力ある人は、ここにはいませんよ!」
「いや違うんだ。模擬戦をするのは、こっちの子なんだ」
そう言ったら、俺の後ろからひょこっとマリーちゃんが顔を出す。
「え、その子ですか……?」
白髪のおじさんがマジマジとマリーちゃんを見る。
「……もしや、こういう外見ですけど、超強いとか?」
「いや、正真正銘超弱いただの子どもだ。護身用の武器を作ったんだ。それが役に立つかな、って」
「失礼ですけど、おっさん様が模擬戦の相手をしてあげれば……」
あっ。
そういや、そういう手もあったな。
まあ良いだろう。
俺も少し離れたところから、レーヴァテインの性能を見てみたいしな。
……あんま大したことないと思うが。
「いやいや、俺にはそんなの出来ないよ」
「そ、そうでございますか! そうですよね!(手加減を誤って、殺してしまう可能性があるということなのか!)」
なんか心の声が聞こえたような気がするが、そんな訳ないだろう。
「で、では早速集ってみますね。みなさーん、この女の子と模擬戦をしてくれる人はいませんかー」
白髪のおじさんが早速呼びかけてくれる。
模擬戦とはいえ、マリーちゃんと剣を交えるのは嫌がっているのか、当初なかなか手が上がる様子はなかった。
しかし。
「ガハハ! 面白ぇじゃねえか! 我が相手してやんよ!」
豪快な笑い声を上げて、一人の冒険者が名乗りを上げた。
「ア、アーロンさん? アーロンさん、本当に良いんですか?」
「良いってことよ。最近退屈していたしな」
アーロンと呼ばれた冒険者は、太い腕をグルグルと回しながら、俺達に近付いてきた。
でかい!
マリーちゃんの三倍……いや、それ以上の体格じゃないだろうか。
「よろしくな! 我はアーロンと言う」
そう言いながら、アーロンさんはマリーちゃんに握手を求めた。
「うん! よろしくなの!」
マリーちゃんも背伸びをして、両手で手を握る。
「おいおい、Bランク冒険者のアーロンさんが、小さな女の子の相手かよ」
「模擬戦とはいえ、全く相手にならないんじゃないか?」
どうやら、アーロンさんはまあまあ強い冒険者らしい。
「それにしてもBランクか……」
ランクはそのギルドごとの区別であって、全体でちゃんとした決まりがある訳ではない。
だが、それでもそんなにギルドによって違いがあるわけじゃない。
とくると、Bランクはギルドで真ん中くらいの強さだろうか。
勇者ジェイクはSSランクだったしな。
他のパーティー二人もSランクだった。
「アーロンさん、ありがとうございます」
わざわざこんな子どものお遊びみたいなものに、付き合ってくれるんだ。
頭を下げて、アーロンさんにお礼を言う。
「良いってことよ! イノイックの英雄にそんなことを言われたら、逆にこっちが申し訳ない気分になってくる!」
へへへ、と鼻の下を擦るアーロンさん。
うん。
この人となら、安心してマリーちゃんと模擬戦をさせてあげれるだろう。
「じゃあ早速やろうじゃねえか!」
——模擬戦の場所はギルド建物のすぐ前になった。
なんでも、模擬戦以外にも決闘をしたがる冒険者も多いらしく、ギルド前を少し広めに取っているのだとか。
「ふふふ、どこからでもかかってくるがいい!」
アーロンさんが剣を構え、マリーちゃんにそう告げる。
マリーちゃんは両手でレーヴァテインを構え、アーロンさんを見据えた。
「たかが模擬戦なのに、どうしてこんなに集まってるんだ……」
そんな二人を、みんなが囲むようにして観覧している。
「どうやら、あのお嬢ちゃんはおっさんの隠し子らしいぞ!」
「な、なぬっ? やはり英雄色を好むといったところなのか……」
「英雄の隠し子のお手並み拝見だな」
なんか変な風に勘違いされていた。
「マリー頑張るんだぞ! 絶対に勝てよ−!」
「ファイトですー!」
もちろん、リネアとディックの二人もマリーちゃんを応援していた。
「それにしても、アーロンさん……普通に剣を使うんですね」
かなり刀身が大きい剣である。
いわゆる、大剣と呼ばれるものに部類されるだろうか。
アーロンさんは大剣を肩に乗せるようにして、
「ハッハハ! すまねえな! 我はこの相棒しか持ちたくないものでな。だが、安心して欲しい。こちらから攻撃は一切しないから」
当たり前だ。
「むむむ……? それにしても、そのお嬢ちゃんの武器は見慣れないものだな」
対して、マリーちゃんの武器は細く、頼りないものに思えた。
アーロンさんの持つ大剣なんかとぶつかったら、すぐに折れてしまいそうである。
「ええ、護身用ですから……」
「レア度的にはどれくらいなのだ?」
「A——じゃなくてEです」
「成る程。護身用にしては、なかなか良い武器を使っているではないか」
アーロンさんが自分の顎を撫でながら、そう声に出す。
「最初に謝っておく。なるべく気をつけるが、もし戦いの最中に剣を折ってしまうようなことがあれば……」
「ええ、気にしないでください」
もし折れたとしても、何度でも同じものを作ってやればいいだけだ。
「ガハハ! 助かる! 我にとったら、お嬢ちゃんの剣は木の枝みたいなものに見えてな」
「こちらこそ助かります」
忙しいはずなのに、マリーちゃんの遊戯に付き合ってくれるのだ。
一瞬で決着は付くと思うが、アーロンさんには時間を取っていただいて感謝しなければならない。
「い、行くの!」
とてとて。
マリーちゃんが隙だらけの歩き方で、アーロンさんに近付く。
懐に入られても、アーロンさんは逃げる素振りすら見せない。
「えぃやー!」
そのままマリーちゃんは剣を振るった。
「む」
なにかを感じ取ったのか、アーロンさんが慌てて大剣で焔剣レーヴァテインを受け止めようとした。
——確かに一瞬で決着は付いた。
マリーちゃんの一振りによって、体中を焼かれながら、アーロンさんは後方に吹っ飛んだのだから。




