26・おっさん、英雄になってしまう
「は?」
……いや、勢いでハイポーションと言ったが、そうと限ったわけじゃないよな。
しゃがみ、俺は湧いてきた水らしきものをすくってみる。
「……色合いといい、匂いといい、ハイポーションっぽいんだよな……」
勇者パーティーとして冒険していた頃、何度もお世話になった薬だ。
「なっ、お前はなにを言っている!」
「ああ、その足の傷ならハイポーションで治ると思う。ちょっと付けてみな」
「ハイポーションだとっ? こんなところに都合良くポーションが湧いてくるわけないだろう!」
俺もそう思う。
だが。
「湧いてきたもんは仕方ないだろう?」
それにしても、どうしてハイポーションなんて湧いてきたんだろう?
《スキル【スローライフ】のおかげよ》
女神の声が聞こえてくる。
「(スキルのおかげ? ポーションが湧いてくることの、どこがスローライフなんだ?)」
《だって、薬屋を作ってポーションとか売るのはスローライフの醍醐味じゃない》
なんと!
女神に言われて、初めて気付く。
確かに——今後、薬屋を営むということも良いかもしれない。
冒険者とかがやって来たりして、俺はその人達に合う薬を処方するのである。
薬の心配はいらない。
俺は薬を調合することも出来るし、なんなら【スローライフ】のおかげでポーションが無尽蔵に湧いてくるのだから。
「うーん、これぞまさにスローライフ!」
「なにを一人でぶつぶつ呟いているのだ?」
「とにかくそれはハイポーションで間違いないだろうから、付けてみな。それそれ」
「む、無理矢理かけようとしてくるな! それが毒水だったらどうする……」
ハイポーションがアシュリーにかかった瞬間。
彼女の右足が青白く発光する。
そしてアシュリーの右足は無事に完治したのである。
「…………」
「ほらな、言っただろ?」
アシュリーは呆気に取られた様子で無言。
「……どうして、どうして……都合良くポーションが湧くのだ」
「湧いてしまったものは仕方ない」
「その言葉で説明出来ると思うなよ? お前は何者なのだ」
鋭い眼光を向けられる。
——ここでスキルのことをバラせば、面倒臭いことになるかな。
スキルの有用性を認められて、やっぱり王都に連れて行かれるかもしれない。
確かにスローライフを営む点については、このスキルは超有用である。
だが、それだけであり、戦いなんて俺はもうやりたくない(必要に応じれば、するしかないだろうが)。
だからどう説明すればいいかと悩んでいると、
「……ふう。命の恩人を詰めるとは、私の方が間違っているようだな」
とアシュリーは息を吐いて、優しそうな表情を見せる。
そんな表情は、年相応のものに見えた。
「じゃあ子どもも救出したし……脱出するか」
「待て」
元来た道を戻ろうとすると、
「……聞いていると思うが、この洞窟にはゴブリンが大量繁殖しているのだ。いくら足が治った私といえども、ゴブリンが徒党を組んでやってこられたら苦戦を強いられる——」
「ああ、だから大丈夫だって」
うんしょっ。
アシュリーから子どもを受け取り、おんぶしてやる。
「——ゴブリンなんかに出会わないから」
その後。
案の定、洞窟を出るまでゴブリンなんか一体も現れることはなかった。
◆ ◆
洞窟から出て、救出した子どもと一緒に市街へと向かった。
「——お前のおかげで助かった」
そして今。
イノイック中の人が集まっているんじゃないか、っていうくらいの大人数に囲まれ。
俺はアシュリーと対面している。
「いえいえ、俺はしがないスローライフ民ですから」
「その『すろーらいふ』というものがなんだか分からないが、強者に与えられる称号に違いない」
変に勘違いしている。
「何故か洞窟を出る際には、一体もゴブリンに出会うことはなかったが」
不思議じゃない。
【スローライフ】のおかげだ。
「それで物事が解決したわけではない。私はすぐに王都まで戻り、ゴブリンを殲滅するメンバーと装備を集めてこよう」
そう告げると、周囲から歓声。
「それから——」
アシュリーは俺の肩に手を置く。
……ん? 俺?
「この者は今回の冒険で私を救ってくれた英雄だ! 皆の衆、この者を『英雄』として崇めるがいいだろう!」
——こいつ、とんでもないことを告げてくれたな!
「え、英雄! まさかこんな辺境の街に、それだけの逸材が現れるとはな」
「オレっちは、湖の主を倒した時からヤツの実力と人柄を見抜いていたぜ」
「よく見ると、渋い顔をしているわね……抱いて!」
地面が震える程の大歓声。
「ちょっと待て! 俺は——英雄でも——ないから!」
必死に否定するが、歓声にかき消されて声が届かない。
どうしてこうなった!
「そういえば、まだ名を聞いていなかったな。そなたの名はなんと言う?」
俺は少し考えてから、
「いえいえ、俺はただのおっさんです。だから英雄なんて言葉は取り消して——」
「うむ。少し変な名前だが、『おっさん』か。英雄おっさんよ! そなたの武勲をたたえる!」
余計に歓声が酷くなったんですが!
「助けるんじゃなかったかもしれない……」
前の湖の主事件においては、上手く誤魔化すことによって、こういう事態を回避した。
だが、今回のはそういう訳にはいかないだろう。
……まあいっか。
人の噂も三ヶ月、という言葉がこの世界には存在している。
人々の関心ってのは意外に移ろいやすい。
俺みたいな冴えない容姿をしたおっさんの顔なんて、三ヶ月もすれば自然と忘れてくれるはずだ。
《そんな訳ないでしょ!》
女神がツッコミを入れてくるが、こいつは見当違いなことも多々言うので、無視して問題ない。
それに今回で収穫もあった。
【スローライフ】を使えば、モンスターと戦うこともない。
それにポーションも湧かせることが出来る。
これぞまさにスローライフ。
そう思ったら、なんだかワクワクしてきた。
「……そういえば、犯罪者うんぬんは?」
アシュリーと二人の騎士が背を向け、イノイックを去ろうとした時。
少し迷ってから、そう尋ねた。
「……さあて。なんのことかな。おそらく報告が間違っていたのだろう。なんせ犯罪者じゃなく、英雄がいたのだからな」
そう言い残して、アシュリー達は颯爽と去っていった。
「うーん、よくよく思えばこういう終わり方もスローライフぽいな」
顎の無精髭を撫でながら、俺はそう思うのであった。
夜にもう一回更新予定です。




