24・おっさん、助けを求められる
釣りにはマリーちゃんと、ついでにリネアも付いてくることになり、三人して釣り竿を持って湖に向かうことにした。
「やったの! マリーもお魚釣れたの!」
「ブルーノさん、私もです! これはなんという魚でしょうか?」
湖に到着してから、二人がキャッキャッしながら、釣りを楽しんでいる。
俺の方も、釣り糸を垂らしながら魚がかかるのを待つ。
自然に囲まれた中。
ゆっくりと釣りを楽しむ。
両隣には美人なリネアと、可愛らしいマリーちゃんもいる。
「むっ……かかった。これぞまさしくスローライフ!」
そんなかけ声をして、ふんっと一気に竿を引く。
「五十六、五十七……なんと。今日は新記録だ!」
もちろん、一気で釣り上げることの出来た魚の数である。
ってかたった一つの餌に、これだけ魚が群がっているのは冷静に見てみると気持ち悪い。
「おっちゃん、凄いなの!」
「さすがブルーノさんですね! 私のような素人とは格が違いますっ」
二人も手を上げて、絶賛してくれる。
「おいおい、俺も素人だぞ。別に釣りを究めて、どうこうしようというわけじゃない」
これだけ魚が釣れれば、今日も豪勢な魚料理を振る舞えそうだ。
——その後、しばらく釣りを続行し、三人で千匹の魚を釣り上げた。
内訳としては俺(九百九十二匹)、リネア(五匹)、マリーちゃん(三匹)だ。
その矢先。
「た、助けてくれ!」
——と。
静かな湖に突如そんな剣呑な声が聞こえた。
「ん? お前は確か……アシュリーと一緒に来ていた騎士団の一人……」
名前も知らぬ騎士は、血相を変えて俺のところまで走ってきた。
「はあっ、はあっ……助けてくれ!」
その騎士は鎧の上からでも分かるくらい汗だくで、息を荒くしていた。
しかもよく見ると、所々怪我をしているように見える。
別れてから、それ程時間が経っていないように思うが。
一体、なにがあったというのか。
「ア、アシュリー様が……洞窟の中で、モンスターの大群に襲われて! それで……今も洞窟に一人取り残されているんだ」
「え?」
あのアシュリーが、か。
いや、アシュリーの実力は知らないが、あの歳で第一騎士団団長まで上り詰めた女傑である。
そんな簡単に——こんな辺境に出現するようなモンスターなんかにやられないと思うが。
「もしかして……アシュリーってメッチャ弱いのか?」
「むっ、失礼なことを言うな! アシュリー様強い!」
「それじゃあ、そんなアシュリーがどうして?」
「そ、それは——」
口をモゴモゴとさせる騎士。
そして、声を湿っぽくさせて、
「本来のアシュリー様なら、あんなモンスターなんかにやられないはずなんだ。だが、今回は緊急時のためろくに準備もしていなかった」
「ほうほう、それで?」
「しかも運悪く、百体をも超えるゴブリンが大量出現した。アシュリー様は……アシュリー様はそれで自分を犠牲にして、我々を逃がしてくれたのだ! おぉぉぉおおおお!」
そこまで言って、急に号泣を始める騎士。
……アシュリーってなかなか慕われていたんだな。
「あれ? アシュリー以外に騎士って二人いなかったか?」
「もう一人はギルドの方に行って、アシュリー様救出のために協力を要請している」
「じゃあそれで良いじゃないか。あんたらは最善の手を打ってるよ」
「し、しかし! それでは間に合わぬかもしれないのだ! そこでお前の実力を見込んで、お願いしたい! アシュリー様を——あの洞窟から助け出してくれ!」
「はあ? 俺が?」
自分を指差す。
「なんで俺なんだ。俺なんてただの一介のスローライフを営む一般住民だぞ」
「なにを言っている。聞いているぞ。湖のモンスターを倒し、キングベヒモスを倒したのはお前だと。」
「ハハハ、俺がそんなこと出来るわけが……」
いや、出来たな。
湖の主に関しては釣りをしてただけだし、キングベヒモスも薬草が勝手に急生長しただけではあるが。
「頼む! お前しか頼れそうな人はいないんだ。アシュリー様を、おぉぉおおおおお!」
「ちょっと泣き止めよ!」
騎士は俺の服の裾を掴んで、また号泣を始めた。
どんだけアシュリーのことが好きなんだ。
「さて……どうしようかな……」
——正直、戦いなんてもうしたくない。
スローライフにおいて、戦闘なんてものは邪魔なように思えるからだ。
それに今回の件はアシュリー達が悪いだろう。
たかが辺境のダンジョンだと侮り、ろくな準備もせずに挑んだこと。
そう思ったら、俺がここで助けに行く義理はないかもしれない。
「リネア、マリーちゃんはどう思う?」
二人に意見を募る。
「……私はアシュリーさんもですが、洞窟に一人で行った子どもさんのことも気になります」
「助けに行ってあげた方がいいと思うの!」
「でも、騎士団の方が逃げて帰ってくるような場所なんでしょう? ブルーノさんにもしものことがあったら……私、心配です」
行った方が良いと思うが、俺が怪我をしないか(最悪死んでしまうかもしれない)心配だ、ということか。
うむ。
せめて俺が勇者ジェイクのように、戦いでも活躍することが出来れば——。
《あら、そのことなら心配ないと思うわよ》
おっ。
久しぶりに女神登場か。
「(どういうことだ?)」
《あんたの【スローライフ】だったら、そんな低級モンスターがいくら出てきても楽勝だと思うし》
「(例えそうだとしても、俺は戦いたくないんだ。怪我をしたくないんだ)」
《なかなか贅沢ね……まあそれも大丈夫だと思うわ》
「(え?)」
《スキル【スローライフ】が発動すれば、ダンジョン内のモンスター寄ってこないと思うから》
なんと。
そんな便利な機能が付いていたのか。
「(それじゃあ、モンスターに遭遇せずアシュリーと子どもを救出出来ると?)」
《そうよ。『モンスターに出会いたくない』と強く願いなさい。その願いが強ければ強い程、スキルが発動するから》
いまいち、まだ【スローライフ】の使い方は分かっていないが、今までの経験的に女神が嘘を言っていないことが分かる。
こいつ——前のコーヒー事件のことものだが——たまに暴走するが、根は良いヤツなんだよな。
そうと決まれば、
「よし——アシュリーと子どもを助け出しに行くか」
「あ、ありがとぉぉおおおおう!」
「だから泣くなって!」
汚いな! 服に鼻水が付いてしまったじゃないか!
「リネアとマリーちゃんは留守番しておいてくれよ」
「分かりました……ブルーノさんを信じて送り出しますが、無事に帰ってきてくださいね!」
「おっちゃん、気をつけるの!」
「大丈夫大丈夫。擦り傷一つしないで帰ってくるから」
リネアは両手を握り心配そうな顔。マリーちゃんは快活な笑顔で手を振っている。
「それで、洞窟はどこにあるんだ?」
「心配しなくともよい! ギルドに行ったもう一人の騎士と、案内しよう。洞窟内でも我々が先導するので心配しないで欲しい!」
しゃきーん、と背筋を伸ばして騎士が言う。
あまり気乗りはしないが、あの時のお嬢ちゃんが大ピンチに陥っているとなれば、そわそわして落ち着かない。
「じゃあ行ってきます」
俺は二人にそう言って、イノイック近くの洞窟へと向かった。




