23・おっさん、捕らえられる
「ハハハ……俺は関係ありませんよ。俺はしがないスローライフを営む一介の住民ですから……」
「怪しいな。えぇい、とりあえず引っ捕らえろ!」
「どうしてっ?」
両脇から残り二人の騎士が寄ってきて、俺を拘束し出した。
膝を付いた俺を見下ろしながら、アシュリーはこう言う。
「ふんっ、犯罪者め。今から王都に連れて行き、死刑にしてやるわ」
「な、なんでいきなり死刑なんだっ?」
急展開すぎませんかね?
いや、そういう問題じゃないか。
「そもそも俺が犯罪者だという証拠はあるのか? お前等騎士団は少しでも疑わしいってだけで、罰する程独裁なのか?」
「む……」
俺の言葉に、アシュリーが怯む。
ふう……どうやら、常識を持っている人らしいな。
貴族とか騎士団の人って、やたら傲慢で「今日は天気が悪かったから」という理由で、簡単に市民を死刑にしたりすることもある。
……いや、ごく一部の話ですよ?
「それを言われると、辛いところがあるな……そもそもイノイックに犯罪者がいる、というのも噂であるしな」
「そうだろ、そうだろ。だから早く俺を解放——」
「だが、怪しいことは確かだ。身を拘束させてもらう。そしてその間、お前のことについて徹底的に調べ上げる」
「え、えええええええ!」
「なんだ? なにか調べられて不都合なことがあるのか?」
アシュリーが顔を近付けてくる。
不都合なことばかりだ。
いや、今まで立ち小便くらいしか犯罪っぽいことはしてないがな。
問題は、アシュリーに調べられれば、俺が元々勇者パーティーの一員だということがバレることだ。
そうなったら、
「なんで勇者パーティーの一員がここにいる?」 → 「勇者パーティーだと……?」 → 「本当は強いんじゃ?」 → 「冒険者になってもらおう!」
とかいうパターンで。
理想のスローライフが破壊されてしまう可能性がある。
どちらにせよ、無駄に注目されてしまうのは確かだろう。
まあ俺は戦力にならなかったので、仮に冒険者に戻ったとしても、すぐにお払い箱になる可能性もあるが。
「いえいえ……ただしばらく拘束されるのは不都合といいますか……」
「どうしてだ?」
「えーっと、そのー、なんですね。育てているお米の収穫が出来ないもんですから……」
「おっちゃん、お米なんて育てているの?」
コラ! マリーちゃん!
余計なことを口にしないの!
「ブルーノさんを! ブルーノさんを離してください!」
リネアは瞳に涙を浮かべ、俺の解放を訴えかけているし。
まあ騎士団の人に片手であしらわれているが。
「——分かったことがある」
「なんですか?」
「やっぱりお前は怪しい」
余計に疑わしランクが上がった!
アシュリーは俺の顔をマジマジと見て、
「む……それにお前はどこかで見たことがあるな。王都で……ん、思い出せない……」
まあ六年前だけど、一度出会っているからな。
それにしても、なんとかこの場を逃げ出す方法はないだろうか。
そんなことを考えていた矢先、
「む、娘が! 洞窟に行ったまま帰らなくて! だ、誰か助けてください!」
誰かがタタタと駆けつけてきて、同時に悲鳴のような女の人の声が聞こえた。
「む、洞窟に行ったままだと? どういうことだ?」
駆けつけてきた女性は髪をボサボサにしながら、アシュリーに近付いて、
「イノイックの近くにある洞窟です! そこにはモンスターが蔓延っているから、絶対に近付いてはならないと言っていたのに……」
「なんだとっ! モンスターだと!」
「書き置きがありまして……『洞窟にちょっと探検しに行く』……って。私が目を離したばかりに……」
女性は涙ながらに訴えかける。
それを聞いて、アシュリーの関心は完全にそっちへと移ったのか。
「むむむ! では助けに行かなければならぬ!」
「アシュリー様! この男はどうするんですかっ?」
「そんなもの放っておけ。顔は覚えた。後でいくらでも料理が出来る」
俺を一瞥して、そう言った。
「この第一騎士団団長アシュリーがモンスターを退治し、見事あなたの娘を救い出してやろうではないか!」
「「「おおおおおおお!」」」
周囲から歓声が起こる。
どうやら、アシュリーはかなり正義感が強い女みたいだな。
それは六年前、真っ直ぐに自分の夢を語っていた少女と重なる。
「では行くぞ!」
「「はは!」」
アシュリーが早速出発し、その後を騎士団の二人が追いかけていった。
「た、助かったぁ……」
アシュリーが見えなくなったのを確認して、力ない声でそう呟く。
「ブルーノさん、大丈夫ですかっ?」
「おっちゃん、お米育てているの?」
リネアとマリーちゃんが駆け寄ってくる。
「ああ、大丈夫だ……それからマリーちゃん、俺はお米は作っていない」
「本当に良かった! 私……ブルーノさんにもしものことがあったら、本当にどうすればいいか……」
俺の首に両腕を回し、頬をすりすりとしてくる。
「それにしても、洞窟か……マリーちゃん、そんなものがあるのかい?」
「うん! お兄ちゃんに絶対に近付いちゃいけないって言われてるの! じゃないとモンスターに喰われちゃうって、ブルブル」
マリーちゃんが自分の体を抱いて震える。
「まあ俺には関係のない話だな」
気になることは気になるが。
どちらにせよ、俺がどうこう出来る問題でもない。
俺なんか行っても、力になれないと思うしな。
勇者パーティーにいた頃みたいに。
「じゃあリネア、マリーちゃん——帰ってご飯でもしようか」
「「はい!」
右手でリネアの手を、左手でマリーちゃんのを握る。
そして三人仲良く帰った。
◆ ◆
「ただいまー」
真っ直ぐとディックの家へと。
「おっ! どうだったどうだったっ?」
ディックが興味津々で聞いてくる。
「うーん、つまらなかった。その女騎士団長のアシュリーってヤツはなかなかキレイだったけどな」
「そ、そうか。やっぱり行かなくてよかったわー。どうせそんなところだと思ったわー」
頭の後ろに手を回して、ディックはそう言っていた。
そうは口にしているものの、やっぱり興味があったんだろう。
「さあて、俺のスローライフが保たれたわけだし……気を取り直して、釣りにでも行こうか」
当初の予定通りだ。




