21・おっさん、野次馬になる
★ ★
森の中を馬車が走っている。
馬車の中には三人の騎士が座って、話し合っていた。
「アシュリー様。どうしてアシュリー様がイノイックのような、辺境の街に足を運ぼうと思ったんですか?」
イノイックまでの道筋。
連れてきた二人の騎士——その中の一人がそう尋ねる。
「イノイックで『犯罪者』が隠れている、という噂があってな」
「犯罪者……ですか」
「なんでもその犯罪者は、長い間誰も仕留めることが出来なかった湖のモンスターを倒し、それでいて『誰にも言うな』と口止めをしたらしいぞ」
「それは、誰かに言ったら殺すぞ、という意味に違いありませんね」
「ふむ」
アシュリーは馬車に揺られながら、その犯罪者について思う。
アシュリーは赤くて長い髪をした美しい女性だ。
無骨な鎧を身につけてはいるものの、それでアシュリーの美しさは隠せない。
本来——このようなたった一人の犯罪者を見つけ、断罪するなど、騎士団長のアシュリーの仕事ではないかもしれない。
だが。
「そのような犯罪者が辺境の街を隠れ蓑にし、住民を怖がらせているなど言語道断だ! 私が成敗してくれる!」
「アシュリー様の正義感は相変わらずですな」
アシュリーに付く騎士の一人が溜息を吐く。
「ん……止まれ?」
道中、馬車の窓から気になるものが見え、制止させる。
アシュリーは付き添いの騎士と一緒に馬車から出て、そこで見たものは——、
「な、なんと! キングベヒモスの死体だと?」
——植物のツタに絡まれ、死んでいるキングベヒモスであった。
「どうして、こんなところで死んでいるのでしょう? 他のモンスターにでもやられたんでしょうか」
「バカな。キングベヒモスだぞ! キングベヒモスを倒せるモンスターなど、ドラゴンくらいしかいない」
もっとも。
ドラゴンがここを通過する可能性は低い。
「……アシュリー様。このキングベヒモスが絡まっているツタは……?」
一人の騎士が恐る恐る、そのツタに手を触れながら言う。
「——これは薬草? どうして薬草がこんな急生長しているのだ?」
普通、薬草というものは片手で摘めるような植物である。
しかしキングベヒモスの死体を拘束している薬草は、地面の奥深くまで根を張っているように思えた。
薬草が一人でに、これだけ生長するとは考えにくい。
というか聞いたことがない。
ということは——もしや薬草、つまり植物を自由自在に操る魔法の使い手がいるのか。
植物の成長を促進させたり、操ったり出来る魔法使いについては、伝聞で聞いたことがある。
「……アシュリー様。もしや、これは犯罪者がやったことでは?」
「なんだと?」
「誰も倒せなかった湖のモンスターも倒したのでしょう。さぞ実力があるに違いない」
「…………」
バカげたこととはいえ、アシュリーはその意見に言い返せない。
無理もない話だ。
オークやスケルトンナイトといった中級モンスターだったら分かるが、なんせ相手はキングベヒモスなのだ。
紛う事なき上級モンスター。
アシュリーなら単独で勝てるが、連れてきた二人の騎士では力を合わせても仕留めることが出来ないだろう。
それ程のモンスターを倒せる犯罪者がこれから向かう場所にいるかもしれない。
「ククク、なかなか面白いではないか。待ってろよ、犯罪者——私が貴様を確実に仕留めてみせる」
そう呟いて、アシュリー達は再度馬車に乗り込んだ。
目指すは辺境の街イノイックだ。
★ ★
「おはよう」
朝起きて、俺はリネアと釣りにでも出かけようかなと思い、ディック達の家を訪れていた。
「おお、おっさん。今日も釣りか」
「まあな」
「おっちゃん、今日はマリーも釣りに行きたいの!」
「マリーちゃんも久しぶりに釣りをやるから」
ディックとマリーちゃんとは、前以上にすっかり仲良くなり、気兼ねなく話せることが出来る。
二人と話すだけで、今日も良い一日が過ごせそうな気がしてくる。
だが——俺が会いたいのは。
「ディック、リネアはどうしてる?」
俺がそう言うと、
「はーい」
返事をしながら、二階からリネアが降りてきた。
「ブルーノさん! おはようございます!」
「おはよう。なにしてたんだ?」
「洗濯物を干してたんです! 今日も良い天気ですから」
「朝からご苦労なことだな」
そう言いながら、リネアの頭を撫でてやる。
「はぅん……」
リネアのとろけたような目。
「……あのお二人さん。良い感じのところ申し訳ないけど、その干している洗濯物がほとんど二階から地面に落下しているみたいだが?」
ディックがジト目で眺めてきた。
「い、いけない!」
バタバタとリネアが洗濯物が落ちているところまで走っていった。
「おっさん、なんかリネアとあったのか?」
「ちょっと前からお姉ちゃんと、異常なくらいに仲が良いように思うの!」
ディックとマリーちゃんが問い詰めてくる。
……まあなにかあったし、今の俺は二人が知らないリネアの姿まで知っているわけだが、それをまだ子どもに説明するのは早いだろう。
適当に話を流していたら、
「ああ——そういや、おっさん。今日は市内の方でアシュリーとかいうヤツが来るらしいぜ」
「アシュリー様?」
「王都の騎士団を率いる女騎士で騎士団の団長じゃないか。若干二十歳で騎士団長まで上り詰めた女傑」
うーん、ピンとこないな。
昔、勇者パーティーにいた頃に王都に何日か留まっていたこともある。
だから騎士団長くらいなら、知ってると思うんだけどな……。
とはいっても——王都の騎士団は人数が多いため、いくつかの分野に分かれている。
『第一騎士団』『第二騎士団』『第三騎士団』といった感じだ。
その中の一個の騎士団のトップなだけだと思うが。
それでも二十歳で騎士団長は異例の出世だろう。
「マリー! その女騎士を見に行きたいの!」
マリーちゃんが俺の服の裾を引っ張る。
「え? 釣りに行きたいんじゃなかったのかい?」
「釣りも面白いけど、王都から人が来るなんて珍しいの!」
王都では大したことなくても、ちょっとした人が来たら騒ぎ出すのは辺境の街あるあるだろう。
「うーん、あんまり気乗りしないけどな」
なんせ騎士団長なのだ。
俺のことを覚えているかもしれない。
一応、勇者パーティーの一人だったし。
……いや、それはないか。
勇者パーティーの荷物持ちくらいの認識だったと思うし。
「——よし、分かった。リネアも騎士団長を見に行こう」
洗濯物を集め終わっていたリネアも誘う。
「オレは留守番しておく」
「ディックは行かないのか?」
「あんまり興味ないしな。それに、ちょっとなにかあったら騒ぎ出すのもカッコ悪くて好きじゃない」
そう言いながら、ディックは興味がなさそうな素振りをして、家の中へと戻っていってしまった。
「……お兄ちゃん。本当は興味があると思うの」
「思春期特有、ってヤツなのか」
まあ行かない、っていったヤツを無理矢理引っ張り出すのも良くないだろう。
「マリーちゃん、リネア——市内の方に行くぞ」
「「はい!」」
と二人は俺の両腕に抱きついてきた。
少し歩きにくいが、このまま市内へと向かうとしよう。




