20・おっさん、好きになる
リネアと一緒に行ったのは、俺が前々から気になっていた居酒屋だ。
「賑やかです!」
店内に入って、リネアがはしゃぐ。
「ごめんな。もう少しお洒落なところの方が良かったかな?」
「いいえ! 私、そんなとこ行ったら緊張して、まともにお酒飲めないですよ。それに……ブルーノさんと一緒にいられることが、なにより嬉しいんで!」
声を弾ませながらリネアが言う。
正直、リネアみたいな美女なんていたら浮いてしまうような、庶民的な居酒屋である。
店内は騒がしく、ムードのへったくれもない。
ってか、入っただけでもリネアの方に注目が集まってるし……。
「あの女性……メッチャキレイじゃないかっ?」
「その隣にいるのは冴えないおっさん? どうやって落としたんだ?」
「バカ。あのおっさんはな、湖の主を倒した——」
なんて会話も聞こえてくる。
それでも——リネアが無邪気に喜んでくれるのは、俺としても嬉しい。
「「乾杯!」」
席に着いて、エールを注文して早速口を付ける。
「美味しいです!」
「リネア。口の周り、エールの泡が付いてるよ」
「ひぇっ! す、すいません!」
「いや、謝る必要なんてないんだが……」
可愛すぎて、悶えそうだ。
その後、俺達はお酒を急ピッチで頼み、美味しいつまみに舌鼓をうった。
「一日の疲れが取れるようですね……」
「そうだな」
「ブルーノさん……今日は本当にありがとうございます! 凄い楽しいです!」
少し酔っているのか。
リネアが興奮したように言う。
「いや、俺の方こそありがとう。リネアがいなかったら、喫茶店はもっと大変なことになってたよ」
それは事実だ。
「いえいえ……私の方こそ……私こそ、ブルーノさんがいなかったら……どうなるか……」
リネアの言葉がだんだん小さくなっていく。
「あ、あの!」
そして意を決したように、再び口を開くと、
「ブルーノさんが前に言ったこと覚えていますか?」
「前に?」
いつのことだろう。
「ほら……私がブルーノさんの寝室に行った時……私に言ってくれた言葉です」
「あっ、それか」
お互いが好きになって、好きになった人とキスをして、好きな人とエッチする——。
そんなことを口走ったような気がする。
今、思い出したら顔が真っ赤になってくるな。
「だから改めて聞きます。ブルーノさんは、私のことが『好き』ですか?」
「リネア? もしかして酔ってるのか?」
「酔ってません! こんなので酔う程、エルフは柔じゃないです!」
リネアの少し拗ねたような口調。
ここで適当に誤魔化すことは簡単だっただろう。
だけどそれじゃあ、リネアの気持ちに失礼だと思った。
それがどういう意味なのか——。
この歳までなったら、いくら素人童貞の俺でもそれくらいは分かるからだ。
「——好きだ。俺はリネアのことが好きだ」
そう自分の気持ちを真っ直ぐに伝える。
喫茶店でジジイに尻を撫でられた時、自分でも不思議になるくらい怒りが込み上げてきた。
このことがきっかけなのか分からないが、あれ以来さらに強くリネアを意識し始めたんだ。
俺がそう言うと、リネアは目を見開いて、
「嬉しい——!」
と顔を笑顔にした。
「リネア、俺のことは?」
「私は前に言ったでしょ! 何回も言わせないでくださいよ!」
唇を尖らせるリネアであったが、どこか嬉しそうだった。
「……ブルーノさん。もう一つ質問していいですか?」
「なんだ?」
「こんな遅い時間に、ディック君達の家に帰ったら、怒られちゃうかもしれません。どこか泊まるところはありませんか?」
もじもじとしながら、リネアが問う。
いくらなんでも、そこまで関係を進めようとは思っていなかった。
だから普段の俺なら、
『うーん、そういや近くに安い宿があったと思うな。俺が代わりに宿代を払っといてあげるよ。いやいや、気にするな。喫茶店の給料だ』
なんて答えていただろう。
「それは——」
しかし——先ほど見た不思議な夢のせいで、なんだか変な気持ちになっている。
お酒を飲んで、気が強くなってもいる。
それ以上に——リネアを『好きだ』という気持ちを、これ以上せき止められそうにもない。
だから——。
「——ディック君達に怒られるなら仕方ないな。今日は俺のところに泊まりにこいよ」
その後。
リネアと共に俺の家まで行き、熱い夜を過ごした。
《余話・とある不動産屋の店主》
「あー……なんか良いことないかな……」
冒険者としてはうだつが上がらず。
挙げ句の果てには、おっさんに良い空き店舗を安く借りられてしまった。
「まあ、別に捨てたもんだと思うしかないんだけどよ……」
あそこでなにをするのかは聞いていない。
だが、いくらおっさんの腕っ節が強くても、商売の才能までは授けていないだろう。
それこそ、才能の大判振る舞いすぎる。
そんなことを考えていたら、
「すいませーん」
「!」
店主——バートの肩がビクッと震える。
「ああ! あの空き店舗を借りられたお客さんですね! どうですか! 商売は上手くいっていますか?」
——店内に入ってきたのはおっさんだったのだから。
「今日はちょっと用事がありまして」
「な、なんでしょう?(一体これ以上なんの要求をするつもりだ? もしや、お金を要求するつもりか?)」
バートが警戒していると、カウンターのテーブルにどさっと袋を置いてきて、
「お店の件ではありがとうございました。よくよく考えたら、賃料が安すぎるのでこれが恩返しです」
「え……?」
一体こいつはなにを言っている。
恐る恐る袋の中を見ると、
「こ、これは……!」
——ぎっしりと金貨が詰められていたのだ。
「こ、こんなに良いんですか?」
「ええ。ちょっと商売が上手くいって、ちょっとだけ稼いだんで……店主の人柄に惚れました。どうかお受け取りください」
「ホ、ホホホントですかっ?」
それ以上言葉が紡げないでいると、おっさんは片手を上げて、そのまま店から出て行ってしまった。
おっさんの背中を見て、
「——さすがおっさん。これくらいは端金なんだろう。大したものだ」
バートはそう思うのであった。
以後——バートはおっさんのことを尊敬し、おっさんのような冒険者になることを目標にする。
——まあおっさんは冒険者でもなんでもないんだが——。
それをバートは知るよしもない。




