2・おっさん、薬草を摘む
ん……?
ここは……?
「どうやら気が付いたみたいだな」
男の声が聞こえた。
俺は瞼を開けて、ゆっくりと上半身を起こす。
「お前は近くの森で倒れていたんだ。もしかして覚えてないのか?」
どうやら俺はベッドで寝かされているらしい。
ベッドの隣で一人の少年が椅子に座っている。
「倒れていた——ああ!」
少しずつ記憶が戻ってきた。
そうだ。
俺は女神の声を聞き、【スローライフ】というスキルは『スローライフに関することを過度に実現する』ことが出来るものだと知った。
それを聞いて、俺は辺境の地でスローライフを始めようと思い、彷徨い歩く。
しかし——パーティーから追い出される時に、食料もお金も没収されてしまった関係で。
三日三晩、なにも食べないまま、歩き続けることになってしまったのだ。
そうすると、だんだん足がおぼつかなくなってきて——。
「倒れた……ということか」
情けない。
まさか空腹で死にそうになるとは。
「ありがとう。えーっと君は……」
「オレはディック」
男——ディックは自分を指差し、そう名乗った。
ディックは俺より一回りも二回りも幼く見えた。
丁度、十二、十三歳くらいだろうか。
「質問ばっかで申し訳ないが、ここは——」
「ここはイノイックという街さ。まあ田舎かもしれないけど……」
「田舎!」
それを聞いて、俺は飛び上がる。
「こ、ここは俺の探し求めていた辺境の地なのか!」
「辺境の地? なんだ、あんたそんなもん探すなんて変なヤツだな。まあ魔王城からも遠いこともあって、モンスターもあんまり出ないし——辺境の地といっても間違いないかもな」
とうとう見つけた、俺の理想郷。
それを聞いたら、希望に胸が満ちてきた。
「ここには君一人で?」
「いや——妹と二人で暮らしている」
「成る程。じゃあその妹さんにも挨拶出来るかな?」
「あ、ああー……そのことなんだが」
ディックは少し言いにくそうにしてから、
「……今は病気で元気がないから、挨拶出来ないかもしれん……」
その後、ディックから話を聞いた。
妹の名前はマリーという。
なんでも両親を幼い頃に亡くしてから、それから二人っきりで暮らしているらしい。
妹のマリーが十歳を迎えた時——彼女は『渇血病』という病におかされてしまう。
この病気のことは俺でも知っている。
なんでも、体から血液が少しずつなくなり、弱っていく病気だと。
そしてこれは『難病』とも言われ、治すためには莫大なお金が必要になる、ということ。
「妹はもって後一週間くらいかもしれん……ああ、すまん。お客さんにこんな暗い話しちまって」
そう口にするディックは暗く、そしてとても疲れているように見えた。
きっとディックにとって、妹のマリーはとても大切な存在なんだろう。
だから俺は——、
「気休めにしかならないかもしれないけど、薬草を摘んでくるよ。そうすればマリーちゃんの体も少しは楽になるだろ?」
「い、いいのかっ?」
「助けてもらったことの恩返しだ」
結局、ディックからはパンも貰い、お腹も満たしたところだし。
「薬草は近くの森に生えている。でも——」
ディックは顔を伏せて、
「……他の冒険者達とかがあらかた採ってしまったのもあって、あんまり薬草は残ってないかもしれない。見つけるのが大変だと思うけど……」
「任せとけ」
薬草を摘む、なんていう単純作業は昔から得意だったんだ。
◆ ◆
というわけで近くの——俺が空腹で倒れていた森までやって来た。
「すぐに見つかればいいんだけど……」
そういや、勇者パーティーにいる頃から、薬草を摘む仕事をやらされていたっけ。
『ブルーノは薬草を摘むのは上手いね。この中の誰よりも上手い』
なんて褒められていたけど、今思えばただの皮肉だったかもしれん。
それにジェイク達は体力が多すぎて、薬草ごときでは気休め程度にしかならない。
それでも俺が薬草を摘んでいたのは、ただ単にやることがなかっただけだ。
「さて……薬草薬草——おっ!」
早速、発見。
俺は薬草を掴み、根っこから一気に引っこ抜く。
「この調子でバンバン見つけていこう」
たった一束ではマリーちゃんも元気になってくれないに違いない。
「おっ、あっちにもあるじゃないか」
視界に入るだけでも、十束くらいは薬草があるぞ。
ディックのヤツ。
——見つけるのが大変だと思うけど。
なんて言ってたけど、こんなに一杯生えてるじゃないか。
「さっさと引っこ抜かせてもらいますか」
ズボッ。
ズボッズボッ。
ズボズボズボズボッ!
中腰の体勢のまま引っこ抜いていると、腰が痛くなってきた。
「痛ててて……歳は取りたくないもんだな」
さて。
二十束くらいは薬草をゲット出来た。
でも、どうせならストックしておきたいし、もっとあった方が良いだろう。
普通はこれだけ抜けば満足するが、今回だけは特別だ。
何故ならマリーちゃんを助けないといけないからな。
「もっと薬草ないかな……」
そう切に願った時であった。
ニョキッ。
突如、足下に薬草が生えてきた。
「えっ?」
どういうことだ?
俺が驚いている間もないまま、信じられないような光景が目の前に広がる。
ニョキニョキニョキニョキニョキッ!
なんと、地面を覆い尽くさんばかりに大量の薬草が生えたではないか!
薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草薬草……。
見渡すばかりに薬草。
「おおっ! これは運が良い!」
なんだかよく分からないけど、薬草が大量に出現したのだ!
「早速抜かせてもらおう」
ズボズボズボズボズボズボズボズボズボッ!
リズムよく薬草を抜いていく。
中腰の体勢嫌だな、と思っていれば俺の顔くらいまで薬草が伸びてきてくれた。
有り難い。これこそ、神の思し召しだ。
「よし——こんなもんでいいかな」
生えてきた薬草をあらかた抜き終わる。
目の前には薬草の束が山のようになっていた。
ざっと、一万束くらいだろうか。
「うーん、こうやって薬草を無我夢中で引っこ抜けるチャンスがあるとはな」
勇者パーティーにいる頃は「そんなことしている暇があるなら、剣の素振りを一回でも多くしたらどうか」なんて言われていたしな。
薬草摘み。
これこそ俺の追い求めていたスローライフだ!
「さて、早くディックとマリーちゃんのもとへ戻らないとな」
山のように積まれている薬草を見ながら、俺は額の汗を拭うのであった。