17・おっさん、忙しい
「お、お主はなにを言っている?」
「ああ、それからどうせ列に並んでないんだろ? コーヒーはちゃんと入れてやるから、列に並んで入ってこい」
そう言って、ジジイを店内から追い出す。
「ク、クソ……どうしてこんなことに……」
店内はてんややんわである。
リネアも慌ただしく店内を動いている。
俺もジジイを一喝したものの、コーヒーを作る手を止められない。
《ふふふ。やったわね。これでこの街の住民共はあんたの手の内に——》
「うるさい」
女神も見当違いなことを言っている。
——昼時になっても、お客さんはちらほらしか来ない。
ゆっくりと流れる時間の中、俺は自分で入れたコーヒーを口にしながら、新聞にでも目を通すのである。
そしてその隣ではリネアが笑ってくれている。
そう、それこそが俺の理想のスローライフ——。
だったはずなのに!
ジジイのせいで、計画が全て狂った!
——その後。
空が暗くなるまで、行列が途絶えることはなかった。
そしてお店を閉めた後、
「ふう、疲れましたねー」
リネアが椅子に座って、息を吐く。
ディックとマリーちゃんも、ぐでーっとした格好になっていた。
「そ、そうだな……」
それは俺も一緒である。
「ま、まあ今日だけだろう……明日からお客さんが少なくなってくれることを祈ろう……」
そうじゃないと、みんなの体が持たない。
「おっさん、コーヒー入れてくれないか?」
「マリーも入れて欲しいの!」
「わ、私も……!」
うん。
今日はみんな頑張ったのだ。
ご褒美にコーヒーをご馳走してやるのも悪くはない。
「ああ、ちょっと待ってくれよ……」
「ありがとな、おっさん」
「マリー……あのコーヒーの味を忘れられないの」
おお、それだけ俺のコーヒーに感動してくれるなんて。
喫茶店店主の冥利に尽きるというものだ。
そう思いながら、俺は厨房へと向かい再びコーヒーを入れ出した。
——明日からお客さんは少なくなってくれる。
商売人としてはあるまじき考えだと思うが。
しかしその期待は裏切られることになったのだ。
◆ ◆
翌日。
「大丈夫! まだコーヒーはあるから! ちゃんと並んで!」
——行列はなくなるどころか、昨日よりも酷くなっていた。
「はあっ、はあっ……」
もう喋っている暇なんてない。
口を動かしている暇があれば、手を動かすんだ。
昼休憩?
そんなものは、いらない。
ただお客様の笑顔のために、コーヒーを作り続ける——。
「おっちゃん、大丈夫っ? 顔が青白くなっているけど!」
はっ!
マリーちゃんに体を揺さぶられて、意識が元に戻る。
「一体、これはどういうことなんだ……どうして、こんなにお客さんが来る……」
ディック達の報告を聞くに、『イノイックの住民が全員並んでいる』くらい長く行列は続いているらしい。
イノイックの出口まで続いているらしい。
……いや、どんだけ並ぶんだよ。
半日——いや、半日以上待ち状態になっても、
『コーヒーを飲ませてくれ!』
とモンスターのゾンビのような顔をして、お客さんが押し寄せてくる。
「お、俺は……スローライフを送りたかっただけなのに」
そう呟きながらも、手は止めていないのだ。
《やったわね》
本日何杯目か分からない(千は優に超えているだろう)コーヒーを入れたところで。
唐突に女神の声が聞こえてきた。
「(おい、一体どういうことだ?)」
《これもスキル【スローライフ】のおかげよ》
「(な、なんだって?)」
俺のスローライフを破壊しているのは、スキルのせいだったのか。
《そうよ。前に私、状態異常を付与させることも出来ると言ったわね》
「(そんなこと初耳だぞ)」
《それはあんたがちゃんと話を聞いてなかっただけよ》
「(まあ良い——それでどういうことか説明してくれ)」
《簡単よ。このコーヒーを飲む人達を『洗脳』状態にしたのよ》
洗脳?
俺も冒険者の端くれだから分かる。
確か洗脳状態になった人は、相手の言うことを聞いたり依存してしまうんだよな。
そうなったら、まともに戦うことも出来ない。
《あんたは知らないと思うけどね。コーヒーには中毒を発生させるものが含まれているのよ》
「(はあ? コーヒーにそんな危険が?)」
《まあ飲み過ぎなければ危険はないのだと思うけど……その中毒を発生させるものが、スキルのおかげで過度に実現されているのよ》
「(つ、つまり……)」
《そう。あんたのコーヒーを一度飲むと、そのコーヒーに頭が支配され、コーヒーを飲まなければ生きてられない状態——強い『洗脳』状態となるのよ!》
な、なんてことだ!
コーヒーを作る手元から目線を離し、お客さんの方を見る。
「コ、コーヒーをくれ!」
「お金ならいくらでも払う! だから、コ、コーヒーを!」
最早、俺の入れるコーヒーが『美味しいから』という理由だけではなく、お客さん自身の意志が混入していないように見える。
「飲みたくなくても、飲んでしまう……せ、洗脳状態に……!」
「お、お客さん!」
そうこうしている間に、お客さんの一人がカウンターを乗り越え、厨房にまで入ってきた。
リネアが止めようと手を伸ばすが、とても強い力で剥がされてしまう。
「コ、コーヒーを!」
手を伸ばす姿はまさしくゾンビだ。
だが、洗脳状態にあるとするならば——。
「お、お客さん……ちゃんと席に座って待っていてください。そうしないと、コーヒーを入れないですよ?」
「う、うがぁ……」
言うと、お客さんは力をなくし、その間にリネアが体を掴んで席に戻していった。
《ふふふ、これこそ【スローライフ】の正しい使い方よ!》
不穏な空気が漂ってますが、次でスピード解決の予定です。