163・おっさん、かつての仲間と戦う
「まあ、そんなことより……そっちの大きな獣はなんだ? それにエルフもいるじゃねえか」
こうして話している間、リネアとミレーヌはまだぐっすり寝ていた。
相当寝心地がいいんだろう。
俺とベラミは冒険者生活が長かったので、ちょっとの物音でも反射的に起きてしまうが……。
危なくなるまでは寝かせておこう。
「獣って失礼なこと言うんじゃないわよ。これは精霊王なのよ。あんたみたいな汚い輩に——」
「おい、ベラミ!」
なんだか嫌な予感がしたので、ベラミの肩を持って止めた。
すると「なによ」とベラミは不満げな表情を作る。
「精霊王……? ククク……オレ、すげえな。ブルーノも精霊王もいっぺんに見つけちまうなんて……」
「ライオネル?」
ライオネルは手で顔を覆い隠して、笑いをこらえていた。
バッと顔を上げ、
「丁度良い。ブルーノを見つけたとなったら、どうでもいいんだが……精霊王がどんだけ強いのか気になる。少し手合わせお願いしようか」
と拳を構のだ。
こ、この筋肉バカの戦闘狂が!
「うおおおおおお!」
とライオネルは叫びながら、地面を拳で叩いた。
ただそれだけのことであったのに——地割れが起こる。
《な、なんなのだっ?》
その音で精霊王も目を覚ました。
「リネアとミレーヌも起きろ!」
「へえ? なんですか?」
「すごい音が聞こえたねー」
リネアとミレーヌも瞼をこすりながら、体を起こした。
「モ、モンスターですかっ?」
リネアが声を出す。
残念。
相手はただの人間だ。
ただし——そこらへんのモンスターより数百倍たちが悪いがな!
「リネアとミレーヌはそっちに!」
「うおおおおお! 久しぶりの激闘の予感! 燃えてきたぜええええええええ! 精霊王! 戦おうぜえええええええ!」
こうなったライオネルは簡単に止めることは出来ない。
俺はリネアとミレーヌの手を取って、ライオネルから離れる。
《うむ……我の森に危害をくわえるもの。それすわち敵だ。精霊王の我に戦いを挑むとは愚かな人間だ》
「うっせえ! 戦おうぜ!」
とライオネルは拳を振り上げて、精霊王に向かっていく。
一方、精霊王はそれを回避しようとしない。
精霊王というくらいだ。耐久力にでも自信があるのだろうか?
しかし——ライオネルに対して、それは悪手。
「精霊王! 逃げてください!」
俺の声が届く前に、ライオネルの拳が精霊王に届く——
「サンクチュアリー・バリア」
直前、そうベラミの声が森に響いた。
「むっ……」
見えない壁が精霊王の前に出現したみたいで、ライオネルの拳が宙に止まっている。
「さすがベラミだな。オレの拳を止めるとはな」
「あんたみたいな脳筋。簡単よ」
ベラミが手を前に出しながら、答える。
おそらく、ライオネルの拳を止めているのは魔法のおかげだろう。
しかし——バリアを出し続けているベラミの首筋から、つうーっと細い汗が滴り落ちた。
「うおおおおおおお!」
バリアでライオネルは拳を止められているのにも関わらず、そのまま力を入れ続け前に進ませようとした。
「キャッ!」
結果——どうやら馬鹿力でベラミの防御魔法を破壊してしまったようで、離れたところでベラミが悲鳴を上げた。
「で、出鱈目すぎるだろ! ライオネルの力!」
久しぶりに見たが、恐ろしい。
【頂の拳】
それがライオネルの授かったスキル。
単純な筋力だけではない。
格闘術においても、ライオネルの右に出るものはいないだろう。
……問題は力が強すぎるため、『技』なんて使わなくても、並大抵の敵はなぎ倒せることなんだがな!
「リネア、ミレーユ。俺の後ろに」
「はい!」
「分かったよ!」
リネアとミレーユが言うことを聞いて、俺の背後で小さくなる。
「精霊王。頼むからライオネルの攻撃は避けてくれ」
《何故だ? 魔法ならともかく、たかが人間の物理攻撃くらいで、我にダメージを通すことは不可能だ》
「ライオネルにはその常識が通じないんだよ!」
ライオネルはポキポキと拳を鳴らしながら、ベラミの方へ近付いていく。
「おお? ベラミ。パーティーから出て、力が鈍ってるじゃないのか?」
「そ、そんなこと……! それにパーティーから出たのは、あなたも一緒でしょうが!」
「はっ! オレはお前等みたいになまけねえ! ジェイクから離れた後も、オレは筋トレを欠かさなかった! モンスターとの戦いを避けなかった!」
「こんの脳筋が……昔からそうなんだから」
ベラミが歯軋りをする。
だが、ベラミが全盛期の頃に比べて、力が劣っているのは明らかであった。
ベラミはそんじょそこらの魔法使いじゃないのだ。
俺が認める——史上最強の魔法使いなのだ!
そんなヤツが作ったバリアを破壊する……?
有り得ない!
「おい、ライオネル」
俺はライオネルとベラミの間に割って入る。
「おっ? どうした、ブルーノ。次はお前の番か?」
ライオネルの体がゆっくりとこちらを向く。
でかい。
胸板は厚く、例え極大魔法が直撃しても穴は空かないだろう。
体格からして、俺とはあまりにも違う。
「オレは早くその精霊王と一対一で戦いたい」
「その前に俺と戦えよ」
「はあ? お前とか?」
ライオネルはせせら笑う。
「パーティーでもお荷物だったお前とか? 笑わせるな! オレを満足させてくれるのは、勇者ジェイクかベラミくらいなもんだ」
「お前等と離れてからな。俺も変わったんだ」
「変わった……?」
ライオネルが首をひねる。
そう。俺は変わった。
辺境の地イノイックに流れ着いて、スローライフをやるようになってから。
そしてなによりも——自分の力に気付いたんだ。
「ほざけ!」
ライオネルが思い切り拳を振り上げる。
こいつは手加減なんてする男じゃない。
なら俺も全力で立ち向かわないとな。
「【スローライフ】!」
叫び、手を掲げた。
にょきっ。
にょきにょきにょきにょきにょきにょきにょきにょきっ!
「うおっ! なんだこれは!」
「薬草だ」
地面から急速に薬草が伸びていき、あっという間にライオネルを拘束してしまったのだ。
「クソッ……! お前、魔法なんて使えたのか」
「これは魔法じゃない。スローライフだ」
「すろーらいふ……?」
薬草のツタに絡まったライオネルは、必死にもがこうとしている。
「うおおおおおおおお!」
みしっ。
「え?」
地面が揺れた。
なんとライオネルは力の限り、薬草を引っこ抜こうとしているのだ。
「どんだけ筋肉バカなんだよ!」
さらに薬草を追加させて、ライオネルの体中をツタだらけにした。
「うおおおおおおおおお! 気合だあああああああああ!」
だが、ライオネルは怯まない。
暴れ回って、薬草の拘束から逃れようとする。
そのせいでツタの何本かぶちぶちと千切れてしまったので、次から次へと薬草を投入させていく。
「魔族とかいうヤツも、この薬草の拘束からは逃れられなかったんだぞ?」
ドラママも確かそうだった。
こいつ……改めて思うんだが、マジで強い!
「うおおおおおおおお! ラスト気合いいいいいいいい!」
頭の悪そうな雄叫びを上げて、ライオネルは薬草を体に絡ませたまま引っこ抜こうとする。
みしっ。
みしみしみしみしみしみしみしっ!
地割れが起こる。
「お前……本当に【スローライフ】を攻略するつもりか?」
みんなが固唾を呑んで、俺とライオネルの戦いを見守っていた。
ライオネルは今にも爆発してしまいそうなくらい顔を真っ赤にしていた。
「うおおおおおおおおお! 気合だあああああああ!」
「わっ! 地面が!」
ミレーユが叫ぶ。
なんとそのままライオネルは地面ごと薬草をくり抜いたんだ。
「リネア、ミレーユ!」
俺はすかさずリネアとミレーユを抱える。
衝撃によって、俺達は吹っ飛ばされ地面に転がってしまった。
「ほ、本当にスローライフが……?」
大きなクレーターが出来ている。
その中央まで恐る恐る歩いてみると……。
「クッ……ち、力を入れすぎた……無念」
——と薬草を体中に付けたライオネルが気を失った。
「……やっぱり筋肉バカだ」
あまりに力を消費してしまったためだろう。
一応これで戦いには勝利したということかな?
寝転がったライオネルを見て、俺は額の汗を拭うのであった。
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