162・おっさん、思わぬ来訪者に出会う
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「精霊王いねえじゃねえかああああああああ!」
ライオネルは精霊王がいると言われる森の中、そう大きく叫んだ。
「精霊王、全然いねえじゃねえか! あの村長、もしかして嘘吐いたのかっ? クソッ! 帰ったら、一発殴ってやらねえと気が済まねえ!」
怒りを振りまいているライオネルに対して、近くの木に止まっていた小鳥達が首をかしげていた。
とりあえず、落ち着こうか——。
ライオネルは一旦深呼吸をして、その場に座り込んだ。
時刻は深夜である。
森の中は暗く、木々の間から差し込む月や星の僅かな光だけが道しるべだ。
「一体どうなってやがんだ、この森は! どれだけ歩いても、いつのまにか入り口に戻されてやがる! 魔法ってヤツなのか? チッ……こういう時、ベラミがいたら解除してくれるっていうのによ!」
悪態を吐く。
しかし——今、ベラミはライオネルの近くにいない。
いや、ベラミだけではない。
勇者ジェイクもおっさんブルーノもいないのだ。
ライオネルは腕っ節だけなら、大陸——いや、世界でも最強の一人に数えられるだろう。
だが、あまりにも頭が悪すぎた。
腕っ節の強さだけじゃ、この迷いの森は攻略出来ない。
……そのはずであった。
「そうだ!」
閃き、ライオネルは立ち上がる。
「目を瞑って歩いてみよう! いちいち変なこと考えるから、迷ってしまうんだ!」
と目を瞑った。
視界が完全に闇で覆われた。
「うおおおおおおお! 行くぜええええええええ!」
ライオネルは目を瞑ったまま、森の中を闇雲に走り出した。
もちろん、視界が完全に塞がれているわけだから、時々木にぶつかったりもする。
しかし——木にぶつかったとしてもライオネルは全く傷を負わない。
それどころか、ぶつかった衝撃で木をなぎ倒しながら、進んでいくのだ。
その姿、まるでモンスター。
「良い調子だぜえええええええ!」
ライオネルはハイなテンションのまま、森の中を突き進む。
本来、エルフの村が隠されていて、精霊王が暮らしているここ迷いの森は——魔法が施されており、侵入者があまり奥に進めないようになっている。
それは人間の『もっと前に進みたい』だとか、『ここはさっき通った場所だ』という認識を誤らせ、いつの間にか入り口まで戻らせてしまう。
しかし今のライオネルには、その考えはない。
だって目を瞑ったまま、ただ適当に走っているだけなのだから。
「うおおおおお! 精霊王の気配をビンビンに感じるぜえええええ!」
無論、精霊王の神秘的な魔力を感知出来る程、彼の頭は良くない。
ただ適当に叫んでいるだけである。
だが、その頭の悪さがここでは良い結果となった。
そして目を瞑ったまま走っても、怪我をしない強靱な身体。
その二つが結びつくと……。
「うおっ!」
転倒する。
どうやら、突然坂になってしまっていたらしい。
ライオネルはコロコロと転がっていき、体が止まった時には……。
「痛えええええええ! なにしやがんだ!」
もちろん、自分が悪いだけのことだが、誰にすることもなく八つ当たりをする。
目を開けると。
「おっ。なんだこりゃ」
でかいベヒモスのような獣が、地面で横たわって寝息を立てていたのだ。
さらに獣の体を枕にして、寝ている人間もいた。
だが、ライオネルの大きな声に起こされたんだろう。
獣や人間がゆっくりと目を開ける。
「あれ?」
ここでライオネルはそこにいる人間が誰なのか、ということについて気付く。
「ベラミと……ブルーノ?」
◆ ◆
「ベラミと……ブルーノ?」
「お、お前は……ライオネル?」
夜の不躾な侵入者を震える指でさして、俺はなんとか声を出した。
……どうしてこんなところに?
寝ぼけ頭なので、状況が上手くつかめない。
ああ——そうそう。
昨日は精霊達と宴(野苺パーティー)をやって、ベラミと話してたら夜もすっかり更けていたのだ。
《我の体を枕にするがいい》
「いやいや……精霊王を枕にするなんて恐れ多くて出来ませんよ」
《気にするな。そっちの娘は我を枕にして寝ているぞ?》
ベラミに視線をやると、ぷいっと逸らされた。
「おーい、ベラミー?」
「…………」
名前を呼んでも、こっちを向いてくれない。
首のところが赤くなっている。
どうやら恥ずかしいらしい。
「まあ……あなたがよければ、是非……」
《うむ》
「失礼します」
もふっ。
精霊王の体はもふもふしていた。
《どうだ?》
「寝られそうです。ありがとうございます」
《うむ。そっちのエルフもこちらで寝るがいい》
「「はい!」」
「あたしも寝るわ」
こんな感じで。
俺達は精霊王の体を枕にして、贅沢に眠りに落ちたのであった。
……というところまでは覚えている。
急に物音が聞こえたので起きてみれば……。
まさかライオネルがいるなんて。
「てめえ、こんなところにいたのか」
ライオネルが大股で俺に近付いてくる。
戸惑って反応出来ずにいると、さっとベラミが間に入ってきて、
「あんた、なにしにきたのよ」
「決まってるじゃねえか。てめえと一緒だよ」
「あたしと?」
「ああ。ブルーノを連れ戻しに来た。随分かかっちまったがな。これでまともな料理が食えるってもんだぜ」
そう言って、ライオネルが唇を舌で舐める。
……やっぱりこいつも、当初のベラミと同じく俺を連れ戻しに来たのか。
しかし気になることは。
「お前、ここまでどうやって辿り着いたんだ? 普通だったら辿り着けないはずだが……」
「なにを言ってやがんだ。てめえもベラミも来てるじゃないか」
俺はミレーヌの案内があったし、ベラミは人を迷わせる魔法が聞かない程の耐性があったからだ。
筋肉バカのライオネルが、ここまで来られるとは考えにくい。
「オレはな……」
そう考えていると、ライオネルは胸を張って自信満々にこう言った。
「目を瞑ってたら、いつの間にかここに着いてたんだ」
「目を瞑ってた?」
「ああ。グッドアイディアだろ? 余計なことを考えるから迷っちまうんだ。天才的なオレのアイディアに痺れたか……」
「「…………」」
俺とベラミは顔を見合わせて、溜息を吐いた。
「おいおい、どうして呆れているんだ」
「それは自分で考えてみろ」
「まあ、そんなことより……そっちの大きな獣はなんだ? それにエルフもいるじゃねえか」




