158・おっさん、歓迎される
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「うおおおおおお! ブルーノはどこなんだぁぁああああああ!」
勇者パーティーの武闘家ライオネル。
彼は飯の不味さに耐えきれなくなり、パーティーから離脱しておっさんブルーノを探す旅に出た。
しかし——力の強さは一級品であるものの、頭が良くなかった武闘家ライオネル。
なんの当てもなく、ただただブルーノを探し回っていた。
「もうどれだけ経った? 三ヶ月は経ってるよな? いや……もっとか? それすらも分からねえええええ!」
たまたま立ち寄った村で、ライオネルは絶叫していた。
そんな彼を通行人がチラチラ見ていたが、ライオネルは意に介していなかった。
田舎村ということもあって、ライオネルが勇者パーティーの武闘家であることを見抜いている者は——誰もいなかった。
「それにしてもお腹空いたな……」
ライオネルは財布を逆さに向けて、振ってみる。
中には銅貨が二、三枚程度。
パーティーから離脱する際に、金をくすねてきたが、それもなくなってしまったのである。
正直、力はあるのだから適当にクエストをこなしてお金を稼げばいいのだがな——そこまでライオネルは頭が回らなかった。
「とにかく飯だ! ……いや、その前に金か! そうだ、冒険者ギルドだ冒険者ギルド! ギルドはどこだ?」
辺りをキョロキョロと見渡すライオネル。
しかし……ギルドらしき建物は見つからない。
田舎村ということもあって、冒険者ギルドなんて建物は存在していないのだ。
近くにモンスターが出たら、他の街から冒険者を派遣してもらっている……。
「おい、お前!」
「ひっ! なんでしょうか?」
そこらへんを適当に歩いていた村人を捕まえ、
「ギルドはねえか? なんか、仕事をしないとこのままじゃ死んじまう!」
「ギルド? ……あっ、ここにはそんなものはないですが……村長ならなにか話してくれるかもしれません」
「それは本当かっ? 嘘じゃねえよな?」
「ほ、本当ですってば!」
ライオネルの聞き込みによって、取りあえず村長の家に行けばいいのか分かった。
彼は空腹で怒り心頭であったが、村長の場所を聞いて、すぐさま走った。
「邪魔するぞ!」
「な、なんじゃ? 貴様は?」
「うるせえ! なんか困っていることでもねえのか? どんなモンスターでも退治してやる! だが、報酬はよこせ!」
家の扉を蹴り破って、ライオネルは単刀直入に聞いた。
——ここで村長は考えた。
こいつはかなりバカそうだ。
しかし怒らせたら、とんでもないことにもなりそう。
今のところ、近辺でモンスターが出て困っている……ということはない。
だが、ここで馬鹿正直に「今、あなたに与える仕事はありません」と伝えても、激昂させてしまいそうだ。
とはいっても、こんな見ず知らずの他人に、他の雑用を任せるのもそれはそれで心配だし……。
うーんと頭を悩ませていた村長であったが、突如閃いた。
「そ、そうじゃ! 近くの森に精霊王がいると言われておる! その精霊王の涙を持ってくれば、報酬を与えよう」
「なにっ? 神獣だとっ? それは本当か!」
「ほ、本当じゃ」
「ガッハハ! それはなかなか骨のありそうなヤツじゃねえか! 待ってろよ! すぐに倒しに行ってやっから!」
「た、頼んじゃぞ……」
村長から話を聞いて、ライオネルは満足げに家を後にした。
……近くの森に精霊王がいる……というのは噂なので、本当か嘘か分からない。
でも子どもから聞いた話だし、多分嘘だろう。
それでいいのだ。ライオネルは精霊王なんていない存在を、無駄に探し続けるのだから。
見つからなくても、それはそれでよし。
仕事を与えるのが大事なのだから。
万が一、精霊王を見つけ涙を得たとしても——それはそれでよし。
精霊王の涙は魔力が大量に含まれており、どこかの魔法研究家に高く売れるのだ。
どれだけライオネルに報酬を払っても、元は取れるだろう。
「もっとも……まあ有り得ない話じゃが」
ライオネルが壊した扉を見ながら、村長は溜息を吐くのであった。
◆ ◆
「ただいま!」
エルフの村グーモースを歩き続け、やっとのこさリネアの実家に帰ってきた。
「おかえりなさい。どうでした、村の中は?」
エプロン姿のアドレイドさんが、穏やかな笑みを浮かべた。
「はい。とても良い村でした。精霊にも会いまして……」
「おやおや。精霊は心優しい人にしか寄ってこない、と言われているんですよ」
「そうなんですか?」
「その事実だけでも、リネアをよ——」
「お母さん!」
「あっ、いや……ブルーノさんをエルフの村に迎え入れたことは間違いなかった、と思えますね」
急に歯切れの悪くなるアドレイドさん。
それに、途中でリネアが割って入ってきたのは何故だろう?
……まあ別にいっか。
「ブラッドレイさんも、ただいまです」
「……おう」
リネアの父——ブラッドレイさんは、朝食を食べる時と同じ位置に座っていた。
新聞を広げているところも同じだ。
しかも朝と同じ……。
文字、読むの遅いんだろうか?
「調子に乗るなよ、小童」
「はい?」
「最近この村に来た人間の女の子にも、精霊は懐いていた。お前だけじゃない——痛ぇぇええええ!」
新聞から顔を上げようとしないブラッドレイさんの耳を、アドレイドさんが思い切り引っ張り上げた。
「どうしてあなたはそうなのですか!」
「い、いや……少し腹が立ったというか」
「もういいでしょう! リネアが選んだ相手なんですから!」
…………。
まあいっか。
俺だって、三十路のおっさんだ。
まだ人生経験が浅い鈍感な少年ではない。
ここまできたら、アドレイドさんがなんで怒っていて、ブラッドレイさんがなんで無愛想だったのか……一つの仮定が浮かんだが、今は黙っておこ
う。
「お母さん、お父さん! 取りあえず、晩ご飯にしましょう!」
リネアが二人の間に入って、仲裁をする。
「そうそう。私、お腹空いたよー」
ミレーヌがお腹を押さえて、口にした。
「そうですね。今日の晩ご飯は——」
怒りを静めたアドレイドさんが、台所に向かおうとした時であった——。
トントン。
「は−い?」
ドアがノックされ、すぐにリネアが返事をした。
ドアを開けると、
「あっ、村長さん」
「おお、リネアじゃないか。久しぶりじゃな。帰ってきておったんじゃな」
「はい! ご心配おかけして、すみませんでした!」
「そのことは良い良い……それで、人間の男を連れてきたと聞いたのじゃが?」
リネアが村長……と呼ぶお爺さんが、俺に激しい眼光を向けた。
ま、まずい!
もしかして「人間を勝手に入れるとは? リネアよ、勝手なことをするんじゃない」と叱られるパターンだろうか?
俺はすぐさま村長に頭を下げて、
「すいません! お邪魔してます! 俺が無理行って付いてきたんです! 出ていけと言われたら、すぐに行きますから!」
「……お主はなにを言っておるのじゃ?」
あれ?
恐る恐る顔を上げると、村長は白髭の間から笑みを作っていた。
「お主の評判は聞いておる。なんでも、凄腕の釣り師でありながら、子ども同士の恋愛を成就させ……さらに精霊にも好かておる、とな」
「は、はあ……」
「折角、来たのじゃ。お主のために歓迎会を開こうと思っておってな。もちろん参加してくれるな?」
「は、はい! 喜んで!」
どうやら不穏な話じゃなかったらしい。
「リネアもミレーヌも——アドレイドさんもブラッドレイさんも行きましょうよ!」
「はい!」
と俺達は家を飛び出した。
グーモースの中心部分に向かうと、だんだん人が多くなっていった。
その人並みの中には、先ほどの釣りをしていた人や、可愛らしい子どものカップルの顔も見えた。
「人間がこの村に来てくれたことを祝って……かんぱーい!」
焚き火を囲って、みんながコップを上げた。
エルフの村秘蔵のお酒は、不思議な味をしていたが、とても美味しかった。
「本当に良い村だな、ここは」
「ブルーノさんに気に入ってもらえて、私も嬉しいです!」
隣ではリネアが俺の肩に頭を乗っけて、楽しそうにお酒を飲んでいた。




