表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/166

16・おっさん、ジジイにぎゃふんと言わせる

「な、なにをするんですかっ!」


 リネアの悲鳴が聞こえてきて、すぐに視線をカウンターに向ける。


「フハハ、良いではないか良いではないか」


 見れば、おじいさん——いや、喫茶店潰しのジジイがリネアの尻を撫でていたらしい。


「なんだ、その反抗的な目は?」


 ギロッと目を向けられる。

 しかしうちの店員——リネアを困らせるようなヤツに怯むわけがない。


 しっかりとジジイの目を見据える。


「ククク……良いではないか。ここのウェイトレスはなかなかの美人のようだ。それだけでこの店の評価も上がるというものよ——フハハ——ゴ、ゴホゴホッ」


 ジジイが高笑いをしたが、すぐに咳き込んだ。


「ク、クソ……」

「ブルーノさん!」


 殴りかかろうとする俺を、リネアが制してくる。


「私のことは気にしなくていいですから。美味しいコーヒーを入れて、あのジジイを黙らせましょう」


 そう言って、リネアがニコッと笑みを見せた。

 だが、温厚なリネアでさえジジイをジジイと呼んでいるのだ。

 内心怒っているに違いない。


 俺の方はリネアの笑顔を見て、少し頭が冷えてきたが、それでも怒りは完全に収まらない。


 くっ、先ほどの光景がフラッシュバックして、コーヒー作りに集中出来ない。

 ダメだ——。

 もしかしたら、このままではジジイに『美味しい』と言わせることが出来ないのかもしれない。



《それで良いのよ。あんた、スキルに身を委ね、願望を露わにしなさい。

 怒りによって集中力をなくしている……つまりスキルに身を委ねている状態。きっと最高のコーヒーが出来るはずだわ》



 女神がなにか言っているが、ろくに耳に入ってこない。


「お待たせしました」


 そう言って、ジジイの前にコーヒーを置く。


「うむ、なかなか香りはいいではないか」


 ジジイの目の色が変わる。


「香りが合格だ。しかし肝心なのは味じゃ」


 とジジイは早速、コーヒーを口にする。


 ——ああ。

 もしかしたら、ダメなのかもしれない。

 あんまり自信のあるコーヒーを出すことが出来なかったし……。

 目を瞑りたい。


 しかしそんなことをしたらダメだ。

 ジジイの顔面を目に焼き付けなければ。


「——っ!」


 カップから口を離し、ジジイが目を見開く。

 そして——。



「う、旨ぁぁぁぁあああああああああい!」



 と。

 椅子から立ち上がって、そう叫んだのだ。


「な、なんだこのコーヒーは……! 芳醇な香りに、奥深い味わい。体の芯まで温かくなるような。懐かしくもあり斬新な味……! こ、こんなコーヒーを儂を飲んだことがないぞ!」


 興奮気味にそう語る。

 ジジイはそのまま震える手で、一気にコーヒーを飲み干してしまったのだ。


「お、お代わり!」


 そう言って、ジジイはカップを差し出してきた。


 しかし。


「ジジイ——いや、お客さん」

「ん? 気のせいかな。ジジイと言ったように聞こえ——」

「あなたに出す二杯目はない。リネアに悪戯をした代償は大きい。この店から出て行ってくれ」


 隣でリネアがハッとした顔になる。


「そ、そこを頼む! 一杯飲んだだけで、もうお主のコーヒーの味が忘れられなく——」

「ジジイ、さっさと出て行った方がいいぜ。このおっさん、かなり怒っているみたいだから」

「そうなの!」


 ディックとマリーちゃんも加勢してくれる。


「ちょ、ちょっと……ブルーノさん。そんなことをしたら……」


 リネアはそう口にするものの、表情はどこか嬉しそうだった。


「——クッ。し、仕方ない。今日のところは帰ろう」


 ジジイは体を小さくして、喫茶店から出て行こうとする時。


「ちょっと待てよ、ジジイ。リネアに言うことはないか?」

「す、すまなかった。また来させてくれ——いや、また来るからコーヒーを入れてください!」


 そう言い残して、ジジイが去っていた。


「ふ、ふう〜、良かったぁ」


 ジジイが店内からいなくなって、どっと体に疲れがのし掛かってくる。


 他人に対して怒るなんて。

 こんな経験、あまりしたことがなかったからだ。

 やはり慣れないことはするもんじゃない。


「ブルーノさん、私のためにありがとうございました」

「いやいや気にするな」

「で、でも……これのせいで悪い評判が広まったりしないですかね?」

「あっ」


 そういや、あのジジイは喫茶店潰しと言われているんだった。

 ジジイが悪いことを吹聴ふいちょうすれば、誰もお客さんが来なくなるかもしれない。


「やっぱもう少し冷静になるべきだったかな」

「いや、オレはあれで良いと思うぜ」

「おっちゃん、カッコ良かったの!」


 ディックとマリーちゃんがそう慰めてくれる。

 開店一日目はディックとマリーちゃん、そしてあのジジイしかお客さんが来なくて、一抹いちまつの不安を覚えるのであった。



 ——しかしそれが取り越し苦労だったことが翌日に分かる。

 何故なら。

 喫茶店『すろーらいふ』の前に長蛇の列が並んだのだから。


 ◆ ◆


「こ、これはどういうことだっ?」


 五・六席しかない店内であったが、あまりの繁盛っぷりに椅子を増やして、一度に十人まで相手にしている。


「おいおい、押すな押すな!」

「ちゃんと並んでくださいなの!」


 臨時で手伝いをしてくれているディックとマリーちゃんが叫んでいる。


「なんでこんなに人が……」

「ブルーノさん。お客さんから聞こえてきたんですけど、どうやら昨日のジジイが原因のようです」


 すっかりリネアもジジイ呼びしているんだな。

 俺はコーヒーを作る手を止めず、耳だけをお客さんの方へ向ける。



「あのコーヒー男爵バルトロメが認めた喫茶店はここか!」

「コーヒー男爵が感動して涙を流したらしいぞ!」

「う、旨い! これはバルトロメが絶賛していたというのは本当のようだな!」



 リネアの言う通り、どうやら昨日の一件が原因のようだ。


「ホッホホ。なかなか繁盛しているではないか」


 お店に入ってきた()()に全員の注目が集まる。


「ジジイ……」


 ジジイが歩くと、さーっと人が左右に分かれていく。


「儂はジジイという名前じゃないんじゃがの?」


 そう言いながらも、ジジイはどこか上機嫌である。


「この行列はジジイが?」

「そうじゃ。儂がやったことだ。儂が一度声をかければ、これくらいは朝飯前だ。フハハ、礼はいらぬぞ。そんなことよりコーヒーを——」

「余計なことをするな!」


 そう一喝すると、ジジイが「へ?」と口を半開きにする。


「お、俺が目指していたのはこんな繁盛している店ではない……こじんまりとして、一日に二人か三人しかお客さんが来ない。でもリネアと一緒なら頑張れる——ってな感じのスローライフ的なお店にしたかったんだぁぁぁあああああ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
こちらもよかったらお願いします。
二周目チートの転生魔導士 〜最強が1000年後に転生したら、人生余裕すぎました〜

10/2にKラノベブックス様より2巻が発売中です!
よろしくお願いいたします!
jf7429wsf2yc81ondxzel964128q_5qw_1d0_1xp_voxh.jpg.580.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ