156・おっさん、エルフ特製のチョコレートパンを食す
そろそろ昼時になってきてお腹が空いてきた。
「おっ、丁度良いところに屋台が出てるじゃないか」
お腹ペコペコにして歩き続けていると、道ばたにこれまたファンシーな屋台を見つけた。
「ブルーノさん、行ってみましょう!」
「私、お腹ペコペコだよー」
リネアとミレーヌも興味があるらしい。
俺達は駆け足でその屋台に近付いた。
「こんにちは」
「いらっしゃいまし!」
そこでは、コック帽を頭にちょこんと載せた、可愛らしいエルフの少女がいた。
その少女はパンらしき食べ物に、ピンク色の液体を付けている。
「ここではなにを売ってるんですか?」
「この店秘蔵の——チョコレートパンでございまし!」
「チョコレート? チョコレートには見えないけど……」
「ピンク色は桃風味のチョコレート! こっちの赤色は苺風味のチョコレートでし!」
と少女は筆のようなものでパンに液体を塗りたくりながら、答えた。
その液体——少女の言葉を信じるならチョコレートソースだろう——はピンク色や赤色、はたまた緑色まであるみたいで、どれもカラフルな色合いをしていた。
とてもチョコレートソースには見えない。
……だけど美味しそうだ。
俺はメニュー表を見ながら、
「じゃあ……俺はこのピンクチョコレートパンをいただこうかな」
「私はレッドチョコレートパンを!」
「私はグリーンチョコレートパンに挑戦してみるよ!」
「まいどあり!」
注文と一緒にお金を渡すと、少女は笑顔になってチョコレートパンにパラパラとなにかを振った。
一瞬砂糖かと思ったけど、それにしては一つ一つの粒が大きい。
なんだろう、と思う間もなく、
「お待たせしましたし!」
チョコレートパンがどうやら完成したようであった。
「ありがとう」
俺は白い包み紙に入ったパンを受け取り、お礼を言った。
そして手を振って、屋台を後にする。
「さて……どこで食べようかな」
「ブルーノさん、私……良い場所知ってるんです!」
「お姉ちゃんがそう言うってことは、あそこだね」
「はい! あそこなのです!」
「?」
リネアとミレーヌは互いを見合って「ふふふ」と笑った。
俺はなんのことか分からなくて、チョコレートパンを片手に持ったまま首をかしげる。
なにはともあれ、二人の後に付いていくと、
「ここです!」
開けた場所に到着した。
「ここは……公園?」
辺りをざっと見渡すと、まず中央には噴水が置かれている。
その噴水を取り囲むようにして、木製のベンチがいくつか置かれていた。
ベンチには何人かの他のエルフ達も腰を下ろして、休んでいるようだった。
「はい! エルフッド中央公園っていう名前なんですよ。この村にいた頃は、ここでよく日向ぼっこしてました」
「私と一緒にね!」
「懐かしいですね」
エルフッド中央公園か……。
なんかまんまだな、と思ったけど口にしない。
噴水のザーッとした音が聞こえる。
俺は気持ちいい太陽の光を感じながら、リネア達と隣り合ってベンチに座った。
「じゃあ……」
「「いただきます!」」
みんなで手を合わせてから、チョコレートパンにかぶりつく。
……旨い!
「美味しいです!」
リネアもチョコレートパンを一口食べて、笑顔になった。
あの店員の女の子が言ったとおり、ピンクチョコレートパンは桃の香りを感じさせた。
そしてとろけてしまいそうな甘みが体に染み渡る。
一つ噛みしめる度に、幸せが滲み出てくるようであった。
「この粒は……よく見ると星みたいな形をしているな」
さらに粒々一つ一つに赤や橙色、紫といった色が付けられている。
少し歯ごたえを感じさせる固さもある。
俺は一つだけ手に取って、舌の上で舐めてみる。
これは……。
「こんぺいとうかな」
「そうですね。とっても甘いです!」
ピンク色のパンに、こんぺいとうが振りかけられている。
これを食べていると、まるで夢の国に迷い込んでしまったかのようだ。
いや……エルフの村はある意味では『夢の国』なのかもしれない。
「ミレーヌの方はどうだ? それはなに味なんだ?」
「…………」
対してミレーヌの方はというと、チョコレートパンをもぐもぐと食べて、渋い顔になっていた。
「これはなんなんだろう……なんの味なんだろう?」
ミレーヌが選択したのは確か……グリーンチョコレートパンだ。
色だけじゃ、なんの味をしているのか想像がつかない。
「どういう味してる?」
「ちょっと苦いような気がする」
「苦い? 甘いじゃなくて?」
俺が問いかけると、ミレーヌがもぐもぐしながら首を縦に動かした。
「あっ、ブルーノさん。包み紙に味の種類が書いてますよ」
「本当だ」
リネアに指摘されて、自分の持っている包み紙を見ると——薄く『桃味』と書かれていた。
リネアの方を見させてもらうと、彼女の方には『苺味』と書かれている。
「ミレーヌの包み紙も見せてくれないか?」
「うん、分かったよ」
一旦、チョコレートパンを包み紙から取り出して、そこに書かれている文字を見る。
「なになに……」
「……『ピーマン味』って書かれてますね」
「うげー!」
それを聞いて、ミレーヌが舌を出した。
「な、なんで私だけピーマン味なの!」
「ははは、ミレーヌ。これは一本取られたな。ピーマンとは俺も分からなかったよ」
「でも美味しそうです」
「美味しいけど、なんか微妙な気持ちになるよ! 私も桃とか苺とか食べたかった!」
ピーマン風味のチョコレートパンを持って騒いでいるミレーヌを見て、俺とリネアは笑った。
そんな感じで幸せで穏やかな時間を過ごしていると。
「あれ?」
足下を引っ張られているような感覚。
下を見ると——そこには小さな人のようなものが、俺のズボンを引っ張っていた。
「君は誰?」
「……!」
俺の手の平に収まるような小さな人だ。
よく見ると、背中に羽が生えている。
俺が問いかけると、小人はなにも言わずにブルブルと首を振った。
「ん? もしかして……このチョコレートパンが欲しいのか?」
「……!」
ブンブンと力強く小人は何度も頷く。
俺は自分のチョコレートパンをちょっとだけちぎって、小人に手渡す。
「……!」
小人は何度もお辞儀をして、チョコレートパンの欠片を受け取って、むしゃむしゃと美味しそうに食べ出した。
ちょっとパンの欠片が大きかったためだろうか、一生懸命食べていて可愛らしかった。
「リネア。これは——」
「ああ。精霊さんです」
「よくあることだねー」
「精霊? これは精霊なのか?」
滅多にお目にかかれるものではないので、俺は驚いて小人——精霊にもう一度視線を移した。
精霊はそんなことは意にも介せず、必至にパンの欠片を頬張っていた。




