155・おっさん、子どもの恋を実らせる
レインボーフィッシュを釣り上げた俺達は(釣り人のフランさんにあげたけど)、小川から離れてリネア先導のもとグーベールの散策を再開した。
「おや? あの子はなにしてるんだろ?」
しばらく歩いていると、一本の大きな幹があった。
そこに手をかけ、暗い顔で俯いている一人の少年がいた。
当たり前だが、エルフである。
「こんにちは。なにしてるのかな?」
好奇心が働いて、少年にそう話しかけた。
「……! 人間!」
「昨日から来てるんだ。危害をくわえるつもりはないから、安心して欲しい」
「なあんだ。でも後ろのお姉ちゃん達も笑ってるから、おっちゃんは嘘を吐いてなさそうだね」
と少年はほっと胸を撫で下ろした。
「俺はブルーノ。おっちゃん、って呼んでくれていいから。君の名前も教えてもらっていいかな?」
「ボクの名前はニコラって言うんだ」
「ニコラ君か。ニコラ君はなにをしてたんだ?」
「そ、それは……」
もう一度、少年——ニコラ君が俯いて、もじもじと体を動かした。
「ふふふ。おっさんは分かってないね」
それを見て、ミレーヌが顎を撫でながらそう一言。
「ミレーヌはなにか分かるのか?」
「もちろんだよ……ずばり! この子は恋の病を患ってるね!」
ピシャリ。
そんな感じでミレーヌがニコラを指差した。
「そんなバカな……見ただけで、そんなの分かるわけないだろ」
「そっちのバカそうなお姉ちゃんの言う通りだよ。ボ、ボクは恋してるんだ!」
「当たってた!」
こんな小さな子でも恋なんてするのか……いや、恋をするのに年齢は関係ないだろう。
ミレーヌを見たら「ふふふ。私の観察眼を舐めてもらったら困るね!」と得意気な表情を浮かべていた。
「恥ずかしいけど……もうボクだけじゃどうしようもなくなったから話を聞いて! お姉ちゃん達、ボクはどうすればいいの!」
突然、ニコラは切羽詰まった表情でミレーヌ達に詰め寄った。
「ふふん。恋愛の経験豊富な私が聞いてあげるよ!」
「ミレーヌ。私の知る限りあなた、男性と付き合ったことないでしょう?」
「それを言うならお姉ちゃんもでしょ——って思ったけど、そうでもないか」
「ミ、ミレーヌ!」
慌てたようにして、リネアがバタバタと手を動かした。
なんの話をしてるんだろ?
どちらにせよ、俺は恋愛沙汰にはとことん疎いので、リネアとミレーヌに任せておいた方がいいだろう。
「詳しく話を聞かせてくれますか、ニコラ君。そうしないと、お姉さん達もどうすればいいか分からないですよ」
「じ、実は……」
リネアの問いかけに、ニコラはモジモジしながら話を続けた。
ニコラの話を聞くに。
ニコラは幼馴染みのハーバラという女の子に恋をしているらしい。
それはそれは、好きすぎて夜も眠れないほどだという。
告白したい。ハーバラと付き合いたい。
でもふられたらどうしよう?
ニコラはやがて決心する。
今日はハーバラの誕生日だ。
ならば——素敵な誕生日プレゼントを持って、勇気を振り絞ってハーバラに告白しようと。
だが……。
「それで……プレゼントをなににしたらいいか分からないまま、今日がきてしまったということだね」
「そうなんだ!」
とニコラは泣きそうな顔になる。
「どうしたらいいの! お姉ちゃん! ハーバラちゃんになんの誕生日プレゼントを贈ればいいの!」
ニコラはミレーヌの服を持って、切羽詰まった様子で揺らした。
「うーん、なんでもいいんじゃないかな? きっとニコラ君からのプレゼントだったら、なんでも喜んでくれるよ」
「そんなことないんだ! プレゼントの内容がショボかったら、きっとハーバラちゃんはボクのことが嫌いになるに決まってるんだ!」
「困ったな……リネアお姉ちゃんはなにか良い考えがある?」
「え、私ですか?」
話を振られたリネアは「うーん」と腕を組んで、
「お花なんてどうでしょう?」
「それはいいね! 女の子はみんな花が大好きだよ!」
リネアの意見にキャッキャッと賛同するミレーヌ。
こういう姿を見ていると、二人とも女の子だなあと感じる。
そういうの全く分からない俺は、すっかり蚊帳の外だ。
リネアの言葉を聞いたニコラは、
「花か……でもどんな花を贈ればいいんだろ?」
「ニコラ君がキレイだと思う花ですよ! 花だったら、どこにでも咲いていますから!」
確かに。
リネアの言った通り、グーベールの地面にはそこら中に花が咲いている。
それがグーベールの幻想的な光景を生んでいるのかもしれない。
「いっぱいありすぎて、困っちゃうよ!」
「そうだ、折角だから自分で育てた花を贈ればいいんじゃないかな」
「自分で……育てる……?」
「うん。そして告白の時に『この花のように、君と愛を育んでいきたい』って言うんだ! そうすれば、きっとハーバラちゃんもニコラ君にメロメロだよー」
おっさんの感覚では、キザすぎてそんなの言えるわけもない。
しかしニコラは「君と愛を育んでいきたい……ロマンティックで良いね!」とノリ気のようであった。
問題は……。
「ミレーヌ。今から花を育てられるわけないでしょう?」
とリネアがミレーヌを呆れたようにたしなめる。
「は、花の種なら今すぐ花屋さんに行けば買えるよ! 私、花屋さんの場所知ってるから!」
「そういう問題じゃありません」
そうなのだ。
いくら花の種があろうとも、植えてすぐに花を咲かせるわけがなかった。
「良いと思ったのになあ……」
ニコラも残念そうに口で指をくわえていた。
常識的に考えたら、そんな一瞬で花を咲かせられるわけがない。
常識的ならな。
「みんな……俺なら——」
待ってましたと言わんばかりに、俺はここで口を開くのであった。
◆ ◆
「ハーバラ——! ボクからの誕生日プレゼント、どうか受け取って欲しい!」
ニコラが少女に花束を手渡す。
きっとあの可愛らしい少女がハーバラちゃんなんだろう。
俺達は少し離れたところで、木の幹から顔を半分だけ出して、二人の恋の行方を見守っていた。
「わあ、とてもキレイな花! ありがとう!」
それをハーバラちゃんが満面の笑みで断った。
「…………」
「…………」
二人の間で流れる、少しの沈黙。
……頑張れ、ニコラ!
ここで終わっちゃ、男が廃るぞ!
祈るような気持ちで、俺達は手を握っていると、
「その花……実はボクが育てたんだ」
「ニコラ君が? ありがとう、大変だったよね?」
「それは——いや、それはともかく——今日は君に言いたいことがある」
「どうしたの? 改まって」
「——!」
すうーっとニコラはここまで聞こえるくらいに、大きく息を吸い込んで、
「好きですっ! 付き合ってください! この花のように、君と愛を育んでいきたい!」
と膝に頭が引っ付くんじゃないかと思うくらいに頭を下げた。
「……!」
一瞬、ハーバラちゃんは驚いた表情。
だけど程なくして、
「……告白してくれて、ありがとう! 私もニコラ君のことが大好き!」
とニコラに抱きついたのであった。
「一件落着だな……」
それを見て、俺達はほっと一息。
「ニコラ君、とっても幸せそうです!」
「それにしても、あんなにすぐに花が育つとはね〜。ビックリだ」
リネアとミレーヌもどこか嬉しそうな表情をしていた。
——無論、花の種を地面に植えても、そんなに早く育つわけがない。
そこは俺の【スローライフ】を使って、花を急成長させたのだ。
イノイックで農業をしていた時に分かっていた通り、【スローライフ】さえあれば「すぐに生えてきて欲しいなー」と思ったら、一瞬で草木や花を生やすことが出来る。
いやいや、そんなの本末転倒だろって?
よくよく考えると、俺もそんな気はしていたが、ハッピーエンドで終わったからこれでいいのだ!
「私も……あんなプロポーズを」
「ん? どうしたんだ、リネア」
「な、なんでもありません!」
顔が真っ赤になるリネアを見て、俺は首をかしげた。
もう一度、ニコラ達を見る。
ニコラ達はとても幸せそうだった。




