154・おっさん、釣りをして神と呼ばれる
本日2巻発売です!
カーテンから差し込む、お日様の光によって自然と目が覚めた。
「うーん、よく寝た……」
ベッドの上で、うーんと背伸びをする。
おっさんになってから、睡眠の質が落ちたのか、寝たとしても疲れが完全に取れることはなかった。
俺は【スローライフ】のおかげで、寝付きはいいけど……それでも、やっぱり若い頃に比べたら、雲泥の差だ。
だけど今日はよく寝ることが出来た。
気分も爽快だ。
「あっ、ブルーノさん。おはようございます」
「おっさん、おはよー」
一階に下りると、リネアとミレーヌはもう起きていた。
アドレイドさんとブラッドレイさんも、もう起きていて、朝ご飯を作ったり新聞をめくったりしている。
「ふふふ。ブルーノさん、やっと起きたんですね」
アドレイドさんが朝ご飯を用意しながら、微笑んだ。
「いやあ、お恥ずかしい。ちょっと寝過ぎました」
「いえいえ、それだけリラックスしていると、私としても嬉しいですよ」
ニコニコ笑顔のアドレイドさんである。
それにしても……なんだか、昨日と雰囲気が違うのが気のせいだろうか?
より一層、俺を見る目が温かいような……。
「ブラッドレイさんもおはようございます」
「…………」
ブラッドレイさんに挨拶をしても、新聞から顔を上げず、こっちを見てくれなかった。
あれ?
「あのー」
「…………」
クシャッ。
ブラッドレイさんはそうやって、持っている新聞を強く握った。
どうやらあまり喋りかけない方がいいらしい。
寝起きがあまり良くないのかもしれないしな。
それから朝ご飯を食べて……。
「ブルーノさん! 村を案内しますよ!」
とリネアが俺の手を取った。
「おお、それは有り難い。折角だから、グーモースを色々見て回りたいしな」
「行きましょ、行きましょ! ブルーノさんに案内したい場所、いっぱいあるんですっ」
リネアは急かすようにして、俺の腕を引っ張った。
「ちょっとー、私も行くんだからねー」
「ミレーヌも行こう」
ミレーヌも競うようにして、俺の反対側の腕を引っ張った。
「じゃあ、アドレイドさん、ブラッドレイさん。行ってきます」
「遅くならないうちに帰ってきてくださいね」
「…………」
相変わらずブラッドレイさんは視線を合わせてくれない。
なんでだろう?
疑問は残るが、俺はリネアとミレーヌに腕を引っ張られる形で家を出た。
扉を閉めると、
「……ちょっと! なんでそんなに無愛想なんですか!」
「昨日の話を聞いて、普段通りにいられるか!」
「そんなんだったら、お昼ご飯抜きなんですからね!」
「……すみません」
と家の中から、アドレイドさんとブラッドレイさんの声が聞こえた。
ますます疑問は深まるのであった。
◆ ◆
グーモースはやっぱり自然豊かな場所だった。
ゆっくり歩いていたら、改めてそれを実感する。
「良い村だな」
「でしょ!」
と俺の右腕を抱くリネアが答える。
それからしばらく歩いていると、小川の前でリネアは立ち止まった。
「ほら、ここの川……子どもの頃、よくミレーヌと遊んでいたんですよ!」
「なつかしいねー」
ちょろちょろと流れも穏やかで、青色に澄み渡っている川である。
川の周りには子ども達がいてはしゃいでいたり、大人達が釣り竿を持って釣りを楽しんでいた。
「キレイな場所だな」
「川の水、飲んでみてくださいよ」
「水を?」
「はい。汚くないですよ、ちゃんと飲めますから」
リネアに言われた通り、手ですくって水を飲んでみた。
「……旨い!」
なんでただの水なのに、これほどまでに甘いんだろうか。
川の水なのに臭みもなく、普通に飲料水としても利用出来そうだ。
「グーモースで取れるものは、大体口にしてもお腹を壊さないんですよ」
「素敵だ。これらを素材に使って料理をしたら、どれだけ美味しいものが作れるんだろうか?」
「ブルーノさんだったら、絶品の料理を作ることが出来ますよ!」
リネアがキャッキャッと声を弾ませた。
「おーい? 人間かー?」
リネア達とはしゃいでいると、釣りをしている一人のエルフに話しかけられた。
「はい。はじめまして。辺境の地でスローライフを営んでいる『おっさん』と言います」
「よろしくなー。わたしはフランと言うんだー」
「フランさん、よろしくお願いします」
やはり——俺が来るちょっと前にこの村を訪れた人間とやらのおかげで、みんな俺に警戒心を抱いてないみたいだ。
フランさんの釣りをしている姿をじっと見ていると。
「なんだー? お前も釣りをするかー?」
「……! いいんですかっ?」
「もちろんだー。顔を見たら、釣り好きなのは分かるー」
とニヤリと笑うフランさん。
俺はフランさんから余っている釣り竿をもらって、小川に向かって針を垂らした。
「リネア、ミレーヌ。ちょっとだけ、ごめんな」
「いえいえ、ブルーノさんが釣りをしている姿、見るの私好きですから!」
「時間はたっぷりあるから、大丈夫だよ!」
フランさんの隣に俺は腰を下ろし、さらにリネア達も後ろに座った。
「ここはなにが釣れるんですか?」
なにも喋らないのも手持ち無沙汰なので、フランさんにそう尋ねる。
「うーん、魚だなー」
「魚ですかー」
「そうだー。虹色の体を持った魚……レインボーフィッシュをわたしは狙っているんだー」
「レインボーフィッシュ? なんかすごそうですね」
「だなー。なかなかレアな魚で、十年ここで釣りをしているが、一度も目にかかったことがないんだー」
「成る程。是非釣り上げたいですね」
「んだー」
クイックイッ。
おっ、こうしている間に釣り糸が引いたぞ。
「よし……あらよっと!」
俺は立ち上がって、一気に釣り竿を引っこ抜いた。
すると水面から顔を現したのは……。
「に、虹色の魚っ?」
——体が虹色に光る魚であったのだ。
俺は糸を手繰り寄せて、虹色の魚を手に収める。
「んだ! そ、それはレインボーフィッシュ!」
今までのんびりとしていたフランさんであったが、俺の釣り上げた魚を見て立ち上がった。
目が大きく見開いている。
そして顔を虹色の魚——レインボーフィッシュに近付け、
「な、なななななんてことだ! わたし、初めて見たぞ!」
「あ、いや……」
……なんかごめん。
どうやら釣りを楽しんでいたら、フランさん悲願の魚を一発で釣り上げてしまったみたいだ。
スローライフに関することを過度に実現する。
スキル【スローライフ】のおかげであることは明白であった。
「ブルーノさん、さすがですっ!」
「わあ、とっても美味しそうだね!」
リネアとミレーヌも手を叩いて、喜んじゃっていた。
レインボーフィッシュを食べたらどうなるんだろう?
それに後ろ髪を引かれる気持ちはあったが、
「あっ、フランさん。良かったら、お受け取りください」
とフランさんにレインボーフィッシュを手渡した。
「い、いいのか?」
「ええ、親好の証です。これから仲良くしてください」
「ありがとぉぉおおおおおおおお!」
レインボーフィッシュを手に取ったフランさんは、少年のように小躍りした。
「あなたは神だ! なんということだ……人間の中に神がいたとは……」
「あのその呼び方止めてもらっていいですか?」
相変わらずどこに行っても『神』と呼ばれる俺であった。




