151・おっさん、リネアと里帰りする
みなさまのおかげで、二巻が10月2日に発売されることになりました!
書影はページ下部に載せているので、よかったらご覧くださいませm(_ _)m
翌朝。
俺達はミレーヌに里帰りのことを伝えた。
ミレーヌとしては、リネアは村に帰ってきてそのまま住み続けて欲しいはずだ。
話し合いは難航するかも、って思った。
しかし。
「うんうん! リネアお姉ちゃん、とにかく家に帰ろうよ! みんな待ってるんだから!」
と昨日のことが嘘だったかのように、喜々とした表情になった。
「えーっと、それでいいのか?」
「うん。私……一晩考えてたんだ。リネアお姉ちゃんの考えをないがしろにしてたかもって。だから今はお姉ちゃんの考えを尊重する!」
「ミレーヌ……」
リネアはじーんと心に響いたような表情になっている。
うん。
なんとか上手く回りそうだ。
「それに……ね」
最後にミレーヌはウィンクをして、こう続けた。
「なんとなく、リネアお姉ちゃんの気持ち分かってるから」
◆ ◆
ミレーヌからの了承も得られたところで、俺達は早速リネアの故郷に向けて出発することにした。
「いってらっしゃいなのだー」
「うむ。留守は任せておけ」
「また……遊ぼ……」
「ぐぎゃ、ぐぎゃ」
ドラコとドラママ、それにミドリちゃんとポイズンも見送りに来てくれて、手を振ってくれた。
また家を空けることになるが、リネアの大事な里帰りなのだ。
ドラコ達にはもう少しだけ我慢してもらうことにした。
「じゃあ出発するか」
「はい!」
「いっくよー」
と俺達は馬車に乗り込んだ。
村の近くまでは馬車で行くことにしたのだ。
イノイックには馬車が一つだけで、それは商人や冒険者くらいしか使えないのだが——無理を言って、特別に使わせてもらえることになった。
「そういや、ミレーヌ」
俺は馬車に揺られながら、ミレーヌに話しかける。
「その……エルフの村には名前かなにかはないのか?」
「私達の村はグーモースって言うんだ!」
「グーモースか。良い名前だ」
「でしょ!」
ミレーヌが快活な笑顔を向けた。
昨日、あれだけ泣いていたミレーヌと同一のものとは思えない。
よほどリネアと一緒に村……グーモースに帰れることが嬉しいんだろう。
馬車に揺られて三日くらいが経っただろうか。
「ブルーノさん」
うとうとしてたら、ミレーヌに声をかけられた。
「ああ……そういや、俺のことは『おっさん』とでも呼んでくれればいいぞ」
「おっさん……?」
「そっちの方が親しみある感じがするだろ?」
「分かった! じゃあこれからおっさんて呼ばせてもらうね!」
ミレーヌが声を弾ませる。
「おっさん! それで……そろそろ」
「ああ。分かった」
俺はミレーヌの視線の意味を知り、馬車の操縦者に声をかける。
「ここまででいい。ありがとう」
と。
近くの街に辿り着き、俺達は馬車を降りた。
なにもこの街に用があったわけではない。
「ごめんね。エルフの村はあんまり人に知られたくなかったから」
「分かってる」
なのである程度近くまで来たので、降ろしてもらったのだ。
ここからグーモースまでは少し歩くことになる。
道中危険なこともあると思い、冒険者を雇おうと思ったが止めておいた。
何故なら……【スローライフ】があれば、少々のことはなんとかなると思ったからだ。
それから時には野営したりして、三日くらい俺達は歩き続けた。
「疲れました……」
「本当だな。なあミレーヌ、リネア。まだ付かないのか?」
「ここまでくればもう少しだよ!」
ちょっと先を歩くミレーヌはとても元気だった。
やがて俺達は森に辿り着き、その中をミレーヌの案内の元で歩いていった。
「ふくろうがいる方が正しい道なんだ」
というのがミレーヌ談。
なんせ森の中はかなり入り組んだ道になっていたのだ。
分かれ道もかなり存在する。
どうやら、他の冒険者等がこの森に迷い込んだとしても、前に進んでいるはずなのにいつの間にか入り口に戻ってしまっているらしい。
そこで森に付けられた名前が『迷いの森』だとか。
「もう少し! もう少しだから頑張ってね!」
俺の方は腰が痛くなってきた。
三十路のおっさんにこの長旅はこたえるな……。
そんなことを思いながら、頑張ってミレーヌの背中を追いかけた。
やがて……。
「滝?」
そう。
開けた場所に出たと思ったら、滝壺の前に辿り着いたのだ。
「そうだよ! やっとここまで来たね。おつかれさま!」
「だけどここ……行き止まりに見えるんだが?」
「そうだね。普通の冒険者だったら、ここで行き止まりだと思って引き返すかもしれないね」
ミレーヌの言ってることはピンとこない。
不思議に思っていると、ミレーヌが真剣な眼差しで俺の前に立った。
「おっさん。念のために聞かせてもらうけど、これから見たことは決して他言しないで欲しいんだ」
「おう、もちろんだ。絶対に誰にも言わない」
「ありがとう……私が生まれていない時代だけど、過去に人間と色々あったみたいだね。エルフの村ってのは秘匿にしておきたいんだ」
それは俺も分かっている。
百年以上も前。エルフは体内に大量の魔力を保有していることから、人間に利用されていたらしい。
それは時に『奴隷』として働かされていたこともあったとか。
奴隷だけならまだ良い方だ。実験動物のように飼われ、無残な死を遂げていたエルフも多いと言われる。
そういう歴史もあり、エルフは人里離れた地で自分達の村を作った。
今は人とエルフの関係は比較的良好になったが……それでもエルフの魔力に目を付ける悪者もいる。
丁度リネアをさらった魔法使いのようだ。
なのでミレーヌが心配になるのも無理ない話であった。
「大丈夫ですよ、ミレーヌ。ブルーノさんは安心出来る人ですから」
「うん……! リネアお姉ちゃんが信頼してる人だもん。私も信じるからっ!」
ミレーヌがそう言ってくれると、俺も嬉しくなってくる。
ミレーヌは意を決したようにして、滝壺の中に足を踏み入れた。
バシャバシャと水の中を進んでいく。
そして滝の前で辿り着いて、
「……水の精よ。秘匿の地への道を開きたまえ!」
と唱えながら、手を前に掲げた。
その時だった。ミレーヌが掲げた両手がパアッと光り出したのは。
「この光は……魔力なのか?」
思わず目を瞑ってしまくなる程の魔力である。
これだけの魔力量は、普通の人だったらなかなか拝むことも出来ないだろう。
そのまま光は再度ミレーヌの手に収束していったかと思えば。
「はい。もう準備は出来たよ」
なんということであろうか。
滝が割れ、奥へ通ずる洞窟のようなものが出現したのであった。
「この先を進むとリネアの故郷に辿り着くのか?」
「うん、そうだよっ」
「エルフの魔力が鍵になっていた……ということなのかな?」
と質問すると、ミレーヌは首を縦に動かした。
「エルフの地に辿り着くには、この森の一番奥に進んで、滝壺の前で魔力を放出しなければならないんだ」
「なるほど。二重三重にも知られないような仕組みがあるってわけだな」
「うん。しかもここで放出する魔力はかなり膨大じゃないといけない。これでまた振るいにかけられるよね。私もさすがに疲れたよ〜」
ミレーヌはそう言って、額の汗を拭った。
何度も繰り返すようになるが、エルフの魔力というのは膨大である。
そんな彼女が疲れたような表情を見せているのだ。
ここまで辿り着くのが、どれほど大変なものだったかを伺わせる。
「じゃあリネア、行こうか」
「はい!」
返事をするリネアの表情は明るいような……少し緊張して強ばっているような印象も抱いた。
俺達もミレーヌに続いて、滝の中から現れた洞窟の通路を進んでいく。
——それにしても、かなり大きな魔力だったな。
魔法の才能がない俺でも、それくらいは分かる。
人という身で、あれだけの魔力を放出しようと思えばかなり限られてくるだろう。
かくいう俺だって、あれに匹敵する魔力の持ち主は一人しか知らない。
そんなことを考えながら、進んでいくと。
「着いたよ!」
洞窟が終わり、とうとうエルフの森——グーモースに辿り着いたのであった。




