148・おっさん、ティータイムを過ごす
「ただいま」
家まで戻ってきた。
「おかえりなのだー」
「我に黙ってどこに行ってたのだ?」
ドラコとドラママが出迎えてくれた。
二人の手元には積み木があった。多分、暇だから遊んでいたんだろう。
「実はな……」
「わあ、友達がいっぱいなのだー!」
俺が説明する前に、ドラコがミレーヌ達に気付いた。
「……ということなんだ」
ドラコがポイズンをもふもふしている間に、俺はドラママに説明を終えた。
「なるほどな。エルフなど珍しいのに……それを二人もお目にかかることが出来るとは」
「神竜もエルフはあんま見たことがないのか?」
ドラコに聞こえないように声を潜ませて、尋ねる。
「うむ。エルフは人前にもドラゴンの前にもなかなか現れぬ。エルフの集落には結界が張られていて、普通では発見も出来ないと言われておるな」
「その通りだよ! よく知ってるね!」
ミレーヌがテーブルに乗り出した。
結界か……勇者パーティーの一員として、世界中を飛び回っていたが、エルフの集落なんか見つけることが出来なかった。
そういう理由があったとは。
そんな感じで話していると、
ぐぅ〜。
突然、誰かのお腹が鳴った。
「リネアか?」
「わ、私じゃありませんよっ! ブルーノさんったら、失礼なんですから!」
怒られた。
リネアは顔の前に、手をブンブンと振る。
「じゃあ……」
「ギク」
ミレーヌがそう声を出して、視線を逸らした。
「なんだ、お腹が減ってるなら言えばいいのに」
「お、乙女のお腹が鳴るわけないじゃないか!」
「遠慮するな」
「お腹減ってないよ! だって一週間前に心優しい漁師にお魚もらったんだからね!」
「心優しい人多いな」
良い旅だったんだろう。
というか、一週間前にもらった……って。もう完全に消化されて、お腹が減ってもおかしくない。
「ちょっと待っておけ。なんか作ってやるから」
と俺は言い残し、椅子から立ち上がる。
台所に行く前に、ドラコの方を見ると、
「もふもふで気持ちいいのだー」
「ぐぎゃ、ぐぎゃ」
「……わたしも……もふもふ……する」
ドラコとミドリちゃんがポイズンのお腹に乗って、もふもふしていた。
あっちはあっちで楽しそうにしているのでなによりだ。
でも、ドラコ達もおやつ食べたいだろうな。
「さて……なにを作ろうか」
流し台の前に立って、俺はうーんと頭を悩ます。
「そうだ。チョコドーナッツでも作ろう」
決定だ。
俺は早速ボウルの中に、卵と砂糖、それにはちみつや牛乳も入れてかき混ぜた。
完成した生地を、予め購入した型に流し込んでかまどに入れた。
その間にチョコレートを溶かし、準備しておく。
そして少し待つこと二十分くらい。
「おお、出来てる出来てる」
ドーナッツが完成。
このままでも美味しいと思うけど、後はチョコレートでドーナッツの片面をコーティングする。
「おまちどおさま」
俺はそう言って、みんなの前にチョコドーナッツを持っていった。
「わあ! 美味しそうです!」
「美味しそうだね、お姉ちゃん!」
リネアとミレーヌが目を輝かせる。
「最初に聞いとけばよかったけど……ミレーヌは甘いもの苦手じゃないよな?」
「大大大大大好きだよ! ああ、今すぐ食べたい!」
とミレーヌが口からヨダレを零れさせた。
どうやら姉妹揃って、甘いものは大好きらしい。
良かった。
「ドラコ、ミドリちゃん。そしてポイズンも……ほら。いっぱいあるからお食べ」
そうしてみんながチョコドーナッツに手をかけた。
「私がいっちばん!」
その中で、誰よりも早く一番上に乗ってるチョコドーナッツを手に取り、口に放り込んだのはミレーヌだ。
一口してミレーヌは椅子の上で立ち上がり、
「旨ぁぁぁぁぁあああああい!」
と叫んだ。
ゼニリオンの時から引き続き、何回も見てきた光景だけど、喜んでくれるのは料理人冥利に尽きる。
「甘い甘い甘すぎるよ! ドーナッツの甘みに、チョコの甘みがかかってるぅぅぅうううう! こんな美味しいドーナッツ、初めて食べたよ!」
「そうか。それは良かった」
「心優しい山賊の人にもらったキノコより美味しい!」
「なんちゅうヤツに食料を恵んでもらってるんだ」
パクパクパク。
ミレーヌは次から次へとドーナッツを口に放り込んでいく。
もちろん、リネア達もドーナッツを美味しそうに頬張っている。
でもミレーヌの食べるペースだけ異常に早い。
相当お腹が空いてたんだろう。
「ふう……美味しかったよぉ」
ミレーヌがお腹を押さえて、椅子の背もたれに体を預けた。
「こら、ミレーヌ。そんなはしたないことしたら、ダメですよ」
「えーっ、良いじゃん。お姉ちゃん」
「ダメです。ほら……口元が汚れてる……」
ハンカチでミレーヌの口元を拭くリネア。
こういう姿を見ていると、やっぱりお姉ちゃんって感じがする。
仲が良さそうだ。
「それにしても……リネア。本当にミレーヌの前だったら、違う感じなんだ——」
「えっ! ブルーノさん! なにか言いましたっ?」
リネアが俺の言葉に被せるようにして、大きな声を出した。
あっ、そうだそうだ。
うっかり口を零してしまうところだった。
いや、ほとんど言ってたが……。
「あっ、そうだ。ドーナッツも食べ終わったところで……ちょっと待っててね」
と俺は誤魔化すようにして、もう一度台所に向かった。
そして人数分のティーカップを用意して、
「はい。レモンティーだ。食後にどうぞ」
とみんなの前に差し出した。
「優雅ですね」
ずずず、とリネアがレモンティーをすする。
「あついっ!」
「おいおい、ミレーヌ。気をつけるんだぞ」
「舌、火傷しちゃった……でも美味しい!」
優雅なティータイムというヤツだ。
俺もレモンティーを口にする。
……うん。最高だ。チョコドーナッツで甘ったるくなっていた口の中を、上手い具合に中和してくれた。
ドーナッツと紅茶の組み合わせは最高だな。
「むむむ、レモンティーは大人な味なのだー」
「ドラコにはまだちょっと早かったか?」
「でもドラコは大人だから、最後まで飲むのだー」
「無理して飲まなくてもいいんだぞ?」
俺の忠告を無視して、ドラコはレモンティーを飲み続けた。
子どもにはまだちょっと早かったかもしれない。
「ミドリちゃん、ポイズン。どうだ?」
「ぐぎゃ、ぐぎゃ」
「『美味しい』と言っている……もちろん、わたしも……美味しい」
「そうか、そりゃよかった」
みんなチョコドーナッツとレモンティーの組み合わせに、満足してくれてるようだった。
「「「ごちそうさま!」」」
最後にみんなで手を合わせ、ティータイムの落ち着く一時は終わった。




