147・おっさん、エルフを助ける(二度目)
人がモンスターに襲われている。
俺はミドリちゃんにそう聞き、彼女の案内で森の中を駆け回った。
いや……駆け回ったのは、ポイズンではあるが……俺はポイズンの背中に乗ってるわけなんだが……。
細かいことは気にしないのだ。
やがて、森の開けた場所に到着し。
「わ、わ、わ! なんでっ! なんで、こいつ等は次から次へと湧いてくるのさ!」
スライムに押し潰されようとしている女の子の姿があった。
「危ないっ!」
俺は慌ててポイズンの背中から降りて、彼女の元へと駆け寄る。
スライムまみれすぎて、彼女の顔とか体型はよく見えないが……。
「この声……どこかで聞いたことあるような?」
と後ろからリネアの声が聞こえた。
「このっ! このっ!」
俺は手で強引にスライムをはがそうとする。
だけど、スライムもなかなか強情で、彼女から離れようとしなかった。
「わ! 変なところ、触らないでよっ!」
その際、彼女の太ももとか触ってしまって怒られた。
「やっぱり……も、もしかして——!」
背中から、リネアの声が続けて聞こえてきた。
スライムはモンスターの中で最弱に位置するとはいえ、これだけ集団となってしまっては、かなりの力になってしまうのだ。
あまりまどろっこしいこともやってられない。
「……薬草よ! 生えてくるんだ!」
にょきっ。
にょきにょきにょきにょきにょきにょきっ!
かくなる上は——という感じで【スローライフ】で薬草を生やした。
薬草はたちまち生長し、彼女にのし掛かっているスライムに絡まりだした。
そしてスライムをはがしていく。
ポイ。
ポイポイポイポイポイポイポイポイポイ!
と薬草は一人でに動き、スライムは次から次へとポイポイ放りだした。
「はあっ、はあっ……助かったよ」
やがて——彼女にまとわりついていたスライムは一体もいなくなった。
彼女は肩で息をして、俺を見上げる。
「おう。大丈夫か?」
ちなみにスライムは放り投げられたら、そそくさと逃げていった。
本来スライムは臆病な性格なのだ。
「うん! ありがとう!」
彼女は顔をパッと明るくさせた。
そこで彼女の姿を改めて観察してみる。
髪は金色で活発的なショートカットの子だ。
服も肌色を晒している部分が多く、健康的な印象を与えた。
そして耳の先は尖っている。
……え?
尖ってる?
「ミレーヌ!」
「うおっ!」
後ろから押されて、リネアが前に躍り出る。
「どうしてこんなところに!」
リネアがスライムに襲われていた彼女の肩を掴み、体を揺さぶった。
「わあ、リネアお姉ちゃん! やっと会えた!」
彼女は怯まずに、リネアに抱きついた。
「……えーっと、一体なにが……?」
モンスターに襲われていた人というのは、エルフ(?)の可憐な女の子でした。
「えーっと……まずは落ち着いて話そうか。聞いているに、どうやら二人は姉妹みたいだけど?」
俺は二人にそう問いかけた。
「うんっ!」
「さっきリネアは『ミレーヌ』って言ってたけど、それが君の名前?」
「そうだよ! 私はミレーヌ! よろしくねっ」
と快活な笑顔を向け、ミレーヌは握手をしてきた。
「ミレーヌ。どうして、あなたがここにいるんですか?」
リネアは真剣な眼差しを向け、ミレーヌに問いかけた。
「リネアお姉ちゃんを追いかけて……だよっ」
「私を追いかけて?」
「うん! だって、お姉ちゃん、急にいなくなるんだからっ」
「そ、それは……」
「噂では悪い人間にさらわれた! って村では大騒ぎなんだからっ」
リネアの表情が固まる。
このミレーヌという女の子を心配させたくないんだろうか?
答えに窮しているのを見て、
「おいおい。まずは俺にも分かるように話してもらってもいいかな……?」
と話に割って入った。
「ミレーヌは私の妹です」
「妹? ということは……ミレーヌもリネアと同じエルフなのか?」
「はい」
大体想像は付いていたけど。
エルフの外見的な特徴でもある『金色の髪』で『先が尖っている耳』が揃っているんだ。
しかもミレーヌは最初から、リネアのことを『お姉ちゃん』と呼んでいた。
これで勘ぐらない方がおかしいだろう。
「同じエルフの集落で住んでいました……でも、私がここに来たから……」
もごもごと歯切れが悪くなるリネア。
今はリネアもスローライフを満喫しているので忘れそうになるが、元々彼女は悪い魔法使いにさらわれていたのだ。
リネアが逃げている途中、俺が救い出した。
そこから、悪い魔法使いを退治した後も、リネアはここイノイックに住み続けている。
リネアにも故郷があるのだ。
——ミレーヌを心配させたくないのだろうか?
だからこそ、悪い魔法使いにさらわれたことを隠している。
ならば、俺もわざわざ言う必要はないだろう。
「それで村から出て、お姉ちゃんを捜してたんだ! 厳しい道のりだったよ……時にはお腹が減って死にそうになった」
「だ、大丈夫だったんですかっ?」
「うん! 心優しい農民の人におにぎり分けてもらったから!」
あっけらかんと言うミレーヌ。
「ほんとに……一人で私を捜そうとするなんて」
「えーっと、もしかして、迷惑だった?」
「そんなことありませんよ!」
そう言って、リネアはミレーヌの頭をぎゅーっと抱きしめた。
「ありがとうございます……ここまで辛いこともあったのですよね。それなのに、私を見つけようとしてくれて……本当にありがとうございます」
「むぎゅう。お姉ちゃんの匂い……久しぶり……」
姉妹感動の対面というところか。
俺とミドリちゃん、ポイズンはそれをただ眺めていた。
当たり前だ。入る隙がない。
「とりあえず、こんなところで立ち話もなんですね。私が世話になっている家まで行きましょうか」
「そうしよ、そうしよー! 私、お腹空いたよー!」
それを聞いて、ミレーヌは手を上げピョンピョン飛び跳ねた。
「では行きましょう、ブルーノさん」
「お、おう。あっ、そうだ。ミドリちゃんとポイズンも来いよ。ごちそう作ってやるから」
「楽しみ……」
「ぐぎゃ、ぐぎゃ」
とりあえず、俺達は家に帰ることにした。
歩き出すと、
「うわあ、大きなクマさんだー!」
「ぐぎゃ、ぐぎゃ」
「もふもふして気持ちいいねっ!」
後ろからポイズンとミレーヌの楽しそうな声が聞こえた。
仲良くやってるらしい。
「なあ、リネア」
「なんでしょうか、ブルーノさん?」
隣を歩くリネアがきょとんとした顔になる。
「……なんかミレーヌって子の前だったら、いつもと口調が違うくないか?」
「んぎゃ!」
痛いところを突かれた、と言わんばかりにリネアが口を大きくする。
「……私、ミレーヌには『おしとやかなお姉さん』と思われているみたいで……私もそのイメージ崩さないようにと……こんな感じで喋っているんですよ。一応、私もお姉ちゃんですからっ」
「お、おう。そうか」
「おかしいですか?」
「ちょっとおかしかった」
「もーう! ブルーノさんったら!」
ポンポンと俺の頭を叩くリネア。
まあ、なんだ。
でもやっぱ、妹の前だったら『良き姉』でありたいよね。




