15・おっさん、喫茶店を開く
そこから、俺はリネアと一緒に喫茶店を開店させるために、急ピッチで準備を進めていた。
そして……。
「出来たぞ。これが俺達の喫茶店だ!」
——とうとう本日オープンとなったのである。
ちなみに喫茶店の名前は『すろーらいふ』と付けた。
「い、いよいよですね!」
店内でリネアが緊張した面持ちでそう言う。
「それにしてもブルーノさん……このスカート、ちょっと短くないですか?」
そう言って、恥ずかしそうにリネアは足をモジモジとさせた。
「ん? そうか。でも可愛いから、良いと思うぞ」
「可愛い——ブルーノさんがそう言ってくれたら、私頑張りますね!」
リネアがグッとガッツポーズをする。
——リネアにはピンク色のウェイトレスさん用の服、そしてエプロンを着てもらっている。
俺が言ったことはお世辞ではなく、本当にリネアは可愛いと思う。
「それにしてもワクワクするな」
店内は決して広くはない。
カウンター席のみで、五・六人くらいしかお客さんを入れることが出来ないだろう。
だが、これでいいのだ。
スローライフをするためには、そんなに繁盛する必要はない。
最低限食えるくらいのお金を得られればいいのだ。
それに、リネアも手伝ってくれるし。
《喫茶店とは考えたわね》
店内を見渡していると、突然女神の声が聞こえてきた。
「(そうだろう。これこそスローライフだ)」
《【スローライフ】では料理の腕も向上するわ。神に出してもおかしくない程の料理をあんたは作れることが出来る》
「(なに言ってんだ?)」
《それに料理によって状態異常を付与することも出来るわ。状態異常でまずは街の人達を——》
そうだ。
状態異常『毒』には気をつけなければならない。
そんなこと絶対しないように気をつけるが、腐っている食べ物を誤って出して、お客さんを病院送りにしてしまっては大変だからな。
「(女神。忠告ありがとう)」
《ふん! やっとあんたも分かってきたじゃないの!》
そんなやり取りをしながら、店の外に出る。
『CLOSE』という木の看板をひっくり返して、『OPEN』にした。
「とうとう開店ですね!」
「ああ」
ゆっくりとカウンターに座って、お客さんが来るのを待っていると、
「おう、来てやったぜ!」
「キレイなの! お洒落なの!」
ディックとマリーちゃんが一緒に店内に入ってきた。
「おっ、最初のお客さんはお二人か」
「良かったか?」
「もちろん」
ディックとマリーちゃんをカウンター席に案内して、その間に俺はコーヒーを入れる。
よく勇者パーティーにいた頃、ディック達にコーヒーを入れてやったので、これも得意である。
……まあ『お前にはコーヒーの豆はもったいない!』と言われて、あまり口にすることはなかったが。
「お待たせ」
二人の前にコーヒーを置く。
「う、旨ぇっ!」
「マ、マリー、コーヒー飲むの初めてだけど、とっても美味しいの! コーヒーってこんな美味しい飲み物だったんだ!」
「あれ? おかしいな……自然と涙が……」
二人は涙を流しながら、コーヒーを口にしてくれている。
大袈裟なヤツだ。
しかしそれだけ喜んでくれると、この喫茶店をオープンした甲斐がある。
「リネアも飲みなよ」
「わ、私が? ありがとうございます!」
「それともリネアはお酒の方が良いか?」
「むーっ! 前にも言いましたけど、コーヒーも好きなんですからねー!」
リネアがほっぺを膨らます。
だんだんリネアもスローライフの神髄が分かってきたようで、肩の力が抜けてきたように思える。
良い傾向だ。
みんなが美味しそうにコーヒーを飲んでいるのを眺めていると、
「すまない……この『すろーらいふ』はもう開いてるかね?」
と——知り合い以外で——初めてのお客さんがお店に入ってきた。
お店に入ってきたお客さんは、白髭を生やした『紳士』といった感じの、初老くらいのおじいさんであった。
「本日オープンだったな」
「は、はいっ!」
お客さんのおじいさんは慣れたような動きで、そのままカウンターの真ん中くらいの位置に座る。
「……さて——と。お手並み拝見といかせてもらおうか。早速、コーヒーを入れてくれるかな」
おじいさんが鋭い眼光を向ける。
「コ、コーヒーですね! 少々お待ちひょ!」
……噛んでしまった。
仕方ない。
接客なんて初めてだったのだ。
村を出てからずっと冒険者だったしな。
慌ただしくコーヒーを入れる準備をする。
「……おっさん」
すると、トコトコとディックが近付いてきて、声を潜めてこう言う。
「あのおじいさん……気をつけた方がいい」
「ん? どうしてだ」
「この辺りで有名な喫茶店潰しのおじいさんだよ」
「き、喫茶店潰し?」
「マリーも聞いたことがあるの」
マリーちゃんも話に加わってくる。
俺達はおじいさんに聞こえないくらい声を小さくして続ける。
「喫茶店潰しなんてそんな物騒な」
「いや、あれは間違いない……イノイックでも有名な喫茶店潰しのバルトロメだ」
「潰すって言っても、そんなこと出来る程力があるように見えないんだがなあ」
「バカ。物理的じゃない。バルトロメはコーヒーを飲んで百年」
「ひゃ、百年っ?」
「まあそれは真か嘘か分からないが——とにかく重要なのはあのバルトロメの舌には、何人もの人が注目していることなんだ」
なかなか大袈裟な話になってきたぞ。
コーヒーを作る手を止めず、ディックの話に耳を傾ける。
「バルトロメが『美味しい』と言わせた喫茶店は繁盛し、逆に『不味い』と言わせた喫茶店は悪い評判が広がり、潰れていく……」
「なんだ。じゃあ美味しいコーヒーを出せばいいだけじゃないか」
「それが難しいんだ。なかなか気むずかしいジジイのようでね。なかなか『美味しい』とは言わない。聞いたところによると、百店あったとしたら、九十九店は『不味い」と言われるらしい」
な、難易度が高すぎる。
まさか一人目のお客さんが、そんな人だったとは。
「いや——おそらく、ここが今日オープンだと聞いて駆けつけてきたはず。絶対に一日目にあのジジイは店に訪れると言われているからな」
「で、でも! おっちゃんのコーヒーは美味しいから大丈夫なの! 心配しなくてもいいの!」
真剣なディックの表情に、励ましてくるマリーちゃん。
うむ。
どうやら嘘じゃないらしい。
「な、なにをするんですかっ!」
次回、ジジイにぎゃふんと言わせます