144・おっさん、みんなで温泉に入ることになる
ステーキをたらふく食べて、お腹も膨らんだ。
俺達は思い思いにだらーっと床で横になったり、皿洗いとかしていると。
「失礼するよっ!」
とノックしてから、家の扉から誰かが入ってきた。
「カリン様……まだなにも言われてないじゃないですか。こういう場合は『どうぞ』と声がかかってから、開けるものです」
「細かいことは気にしなくていいんだよ、イーリス!」
外から顔を出したのは、カリンフードの店長と店員である——カリンとイーリスであった。
「おお、二人共。一体なにしにきたんだ?」
「決まってるじゃないか! これだよ!」
そう言って、カリンは手に持っているものを掲げる。
俺は近付いてそれを見ると、どうやらカリンは桶のようなものを持っているらしい。
そしてその中には、石鹸やタオルといった入浴道具一式が入っていたのであった。
「なんだ。カリン達も温泉に入りにきたのか?」
「うんっ!」
カリンが元気よく返事をした。
「まさか本当に温泉があるとは思っていませんでしたよ」
イーリスがメガネをクイッと上げ、外の方を見ながら口にした。
ちなみにイーリスもカリンと同じようなものを持っている。
というかお揃いだ。
凸凹コンビに見えるけど、なんだかんだで二人は仲良しなのだ。
「疑っていたのか?」
「ええ。この目で見るまでは」
「疑うなんて、ひどいなあ」
「温泉がそんな簡単に湧くなんて考える方が不自然ですよ」
とイーリスがバッサリ言う。
「それにしても……こんな夜に……しかも、俺の家で二人を見るなんて、なんだか新鮮だな」
「あれ、そうかい?」
「ああ。いつもカリンフードでしか二人を見なかったから」
「そうだっけ?」
カリンが目を丸くした。
「なにはともあれ、二人共歓迎するよ。リネア達もいいよな?」
家の中に視線を配ると、
「もちろんですっ!」
「みんなで入る方が気持ちいいのだー」
「あんな良いものを、我らで独り占めにする方がおかしい話であろう」
とみんなも賛成してくれた。
うむ。今日もみんなで温泉に入ろう。
俺達も入浴の準備をするか……。
そう思って、ゆっくり動こうとすると、
「来たんだな」
「お邪魔するぞ」
カリン達の後ろから、二人の男がひょっこり顔を出した。
一人はお腹がぼてっと出ている男で、もう一人は対照的に筋肉隆々でむさ苦しい男である。
「おっ、ギルマス。そしてアーロンさんも来てくれたのか」
イノイック冒険者ギルドのマスターと、その中でもエース格の冒険者アーロンさんであった。
「うむ。本当に温泉が出来ているんだな。折角だから、たまたまギルドにいたアーロンも誘ったんだが、良かったか?」
「ああ、もちろんだ」
にぎやかになってきた。
でもにぎやかなのは良いことだ。
みんなで入ろう入ろう。
「おっちゃん、マリーも来たの!」
「今日は人が多いんだな?」
あらあら。
そうこうしているうちに、マリーちゃんもディックもやって来た。
かなりの人数になってしまった。
だけど……。
「みんな、心配しなくていいぞ。なんせ温泉は広いんだからな。みんなで入っても問題ない」
と声を出したら、みんなの顔が明るくなった。
さて……と。
ステーキを食べた後は、みんなで温泉だ。
……とはいっても、みんなで混浴というのも抵抗があった。
タオルを巻いているとはいえ、リネアの肌を他の男に見せるのも癪に触る。
それに他のみんなは気にしてなさそうだったが、イーリスが。
「……みんなで混浴するつもりなんですか?」
「ダメか」
「ダメに決まっているじゃないですか。だって私——男性に肌を見せたことないんですよっ?」
「タオルを巻けばいいじゃないか」
「ダメです」
と頑なに混浴を拒絶した。
というわけで話し合った結果、後ろ髪を引かれる気分ではあったが、男と女で入浴を別けることにした。
やっぱりレディーファーストということで、先に女性達が温泉に入っている。
残りの俺、ギルマス、アーロンさん——そしてディックは家の中で待機だ。
「ふう。それにしても暇だな」
リビングのソファーに座って、俺は時が過ぎるのを待っていた。
「女達は長湯しすぎなんだな」
天井にお腹を見せて、横になっているギルマスが不満を口にする。
「おっさん、お腹減ったんだけどなにかないかな?」
ディックはそう問いかけてきた。
「そうだな……ちょっと待ってくれ」
とディックに言い残し、俺は台所に向かった。
じゃがいもがまだ残っていたはずだ。
それを適当な形に切って、油で揚げる。
さて……ここまでの行程だったら、いつものポテトスライスと同じだろう。
でもポテスラばかりで、ディックも飽きたに違いない。
最後に塩をひとつまみ、パラパラと振りかけた。
だから今回、作ったのは……。
「お待たせ」
お皿に盛りつけて、リビングの中央にドンと置いた。
「あっ、ポテトフライじゃん。これだったら、オレも分かるぞ」
「旨そうだ」
おっ、ギルマスものそっと起き上がってきた。
あんまり変わらないと思うが、今回は揚げたてのポテトフライだ。
ディックとギルマスはポテトフライを拾い上げると、次々と口に放り込んでいった。
「美味しいんだな」
「ちょ……デブ! 食べるの早すぎだって!」
「誰がデブだってっ?」
「お前しかいないだろ!」
「心外なんだな。ボクはただのデブじゃない。これでも昔はSランク冒険者……」
「うるさい! うわあ……あっという間にポテトフライがなくなっちゃった……」
ディックとギルマスが口喧嘩をしているうちに、皿は空になってしまった。
「ははは。大丈夫、オカワリはたくさんあるから」
そう言って、再度台所に行ってポテトフライを作った。
今度は山盛りだ。
「どうぞ」
とお皿を置くと、またディックとギルマスは取り合いながらも、ポテトフライを美味しく食べてくれていた。
喧嘩するほど仲がいい……のかな?
「…………」
「アーロンさんも食べてくださいよ」
アーロンさんは窓の外をジッと眺めて、こちらを一瞥もしなかった。
落ち着きのある大人って感じだ。
ディックとギルマスとは一味違う。
『そんな騒ぎに乗るなんて、子どもがやることだ』
と哀愁溢れる横顔が語っているようだ。
まあ、ギルマスは大人だが……食べ物のことに関すると、途端に精神年齢が低くなる。
「なあ、おっさんよ」
「ん?」
ゆっくりとアーロンさんの顔がこちらを向けられ、こう口にした。
「……女達の入浴を覗きにいかないか?」
前言撤回。
うん。この人も子どもだわ。
男をいつまでたっても男の子なのです。




