143・おっさん、高級肉でステーキを作る
それから、一時間くらいモンスターを狩ってから、ビョルンと冒険者ギルドに戻った。
「おお、帰ってきたか」
とギルマスが出迎えてくれた。
「ちょっと思ってたより、時間がかかってしまった」
モンスターを狩る——といっても、俺はほとんど見てただけだ。
基本的にモンスターと戦いたくないのだ。
ビョルンがモンスターと悪戦苦闘している姿を、俺は後ろから眺めていただけ。
「じゃあそろそろ帰るよ」
「また来るんだな」
「あっ、そうそう。俺の家に温泉が出来たから、今晩にでも入りにこいよ」
「温泉が?」
「冒険者とかも誘っていいぞ。折角だからみんなに入ってもらいたい」
「……よく分からないが、承知したんだな」
そんな感じで、ギルドに挨拶を済ませた。
◆ ◆
「ただいま!」
日も落ち始めてから、我が家に帰る。
「おかえりなさい!」
「おかえりなのだー。おとーさん、どこに行ってたのだー?」
「なかなか遅かったな。我に黙って出て行くとは……今度は我に一声かけるがいい」
帰ると、リネアとドラコ。そしてドラママが家でくつろいでいた。
「ごめんごめん。みんな、気持ちよさそうに寝てたからさ」
「はいっ! ハンモック、寝心地最高でした!」
「またお外で寝るのだー」
やはりスローライフにおいて、睡眠とは最重要項目といっても過言ではないだろう。
昨日みたいに、たまにハンモックで寝るのも悪くないかもしれない。
温泉に……快眠……。
今日一日中歩き回っても元気なのは、そのおかげなのかもしれなかった。
「そろそろ晩ご飯にしようか。みんな、お腹空いただろ?」
「「「お腹減った!」」」
と三人が声を揃えた。
俺は市街で買ってきたものと一緒に、厨房へと向かった。
「今日は……そうだな。ステーキにでもしようか」
ある意味、王道である。
そのために市街でオイルカウの肉を買ってきたのだ。
俺はオイルカウの肉をまな板の上に置いた。
「うわっ、やっぱり脂が多いなあ」
オイルカウとは『牛』の仲間である。
その肉は柔らかくジューシーでとても美味とも言われている。
さらにただの牛に比べて、脂身が肉全体に入り込んだようになっている。
いわゆる、霜降り肉ともいわれる高級品である。
先日、公爵にグルメを披露したことに関して、エイブラム伯爵が「少しだけでも……」と報酬をくれたのだ。
それは端金程度の金額ではあったが、そのお金でオイルカウを買ってきた。
「みんな、喜んでくれるかなあ」
みんなの笑顔を頭に浮かべながら、俺はフライパンの上でオイルカウの肉を焼く。
ジュ〜。
フライパンの上でオイルカウの焼ける良い音が聞こえた。
しかもガーリックと一緒に焼いているせいなのか。
食欲をそそる匂いが鼻まで届いてきて、思わずヨダレが出てしまいそうになった。
軽く火を通してから、まな板に肉を移す。
そして包丁で肉をカットしてから、お皿に盛りつけて完成だ。
「お待たせ!」
満を持して、俺は台所から出て行き食卓にステーキを置いた。
「うわあ、美味しそう!」
「台所から良い匂いがしたのだー」
「うむ。分かるぞ。これは美味な肉であるな」
おやおや。
ステーキを見るなり、みんなはテーブルから身を乗り出していた。
今にもかぶりつきそうである。
「よし……いただきます!」
「「「いただきます!」」」
とみんなで手を合わせてから、早速肉をフォークで刺した。
そしてゆっくりと肉を口に入れる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!」
肉を噛みしめた瞬間。
思わず言葉を失ってしまった。
——旨い……!
さすが、Aランクとも称される高級肉だ。
噛めば噛むほど、味がしみ出てくる。
しかも柔らかくて、あっという間に口の中で溶けてしまった。
「ふう……」
フォークを置いて、一息吐く。
ステーキを一切れ食べただけで、この満足感。
生きてきて良かった、と感じる瞬間である。
「みんな……どうかな?」
俺はみんなの方を見て、そう問いかけた。
すると……。
「ああ……幸せです。私、このために生きてきたのかもしれません」
「お肉、柔らかいのだー」
「驚いた。この(姿)……になる前は、味など気にしていなかったが……これ程美味しい肉があるとはな」
オイルカウのステーキを食べて、口を揃えて絶賛していた。
褒めてくれるのは嬉しい。
人のために料理を作ることは楽しいからだ。
また作ってあげよう、と気になってくる。
「うーん、白ご飯が欲しくなってくるな……」
「ブルーノさん、私も!」
「白ご飯いる人ー」
呼びかけると、みんなが手を上げた。
「よし」
俺は台所まで再び戻って、人数分のお皿を用意する。
そして予め炊いていた白ご飯をお皿によそう。
二つ目のお皿に手をかけようとした時。
「ブルーノさん。はい」
リネアがお皿を差し出してくれた。
「ありがとう、リネア」
俺はそれを受け取って、白ご飯を多めによそう。
これはドラママの分だ。
元ドラゴンということもあり、食欲旺盛なので、これくらいないと足りないだろう。
「リネア。別に食卓って待っててくれてもいいんだぞ?」
「いえっ! ブルーノさんに家事を任せっきりですから」
「なにを言う。洗濯とかはやってもらってるじゃないか」
俺が担当しているのは料理だけである。
ちなみに——イノイックに来た頃は、リネアの家事は良いとは言えなかった。
しかし何度か家事をこなしていくうちに、徐々に要領を掴み上手くなっていったのだ。
「料理に比べたら簡単ですから……」
「もしそうだとしても、それを毎日繰り返せることは凄いことだ」
「ブルーノさんの料理の方が凄いんですからっ! 私……いつも負い目を感じていて……だから、これくらいは手伝わないとって!」
「負い目なんか感じる必要ないよ。それに俺の料理はあくまで趣味なんだからな」
そんな会話をしながら、白ご飯をよそっているとあっという間に人数分用意出来た。
俺はリネアと二皿ずつ持って、食卓へと運んだ。
「どうぞ、召し上がれ。白ご飯と一緒に食べるのも美味しいと思うよ」
では早速……まずはステーキをパクッ。
そして間髪入れずに白ご飯を口に入れる。
……旨い!
ご飯の甘みが最大限に感じられて、まさに至福の一時だ。
——そうこうしていると、あっという間にステーキはなくなってしまった。
「ふう、旨かった」
「美味しかったですね!」
「また食べたいのだー」
「おっさんよ。また用意するのだ」
みんなもお腹を押さえて、笑顔になっている。
オイルカウの肉はなかなか高いので、あまり頻繁には買うことは出来ない。
だけど——たまの贅沢も良いものだ。
また機会があったら作ろう。




