138・おっさん、温泉に入る②
「——っ!」
振り返ると、思わず言葉を失ってしまった。
そこには——タオルを体に巻いているリネアの姿があったからだ。
「あら、ブルーノさん。そんなジロジロ見ないでくださいよ」
「ご、ごめんっ!」
「恥ずかしいですから」
すぐにリネアから顔を背けるが、まるで重力魔法を使われているかのように、自然と視線がそっちに向いてしまう。
キレイな金色の髪を上げていて、うなじがとても色っぽかった。
体はタオルで隠れてはいるものの、すらっと長い手足や、胸の膨らみが分かって……これはこれで良いものだ。
リネアはすっと温泉に入り、すっと俺の隣に座った。
「…………」
「ブルーノさん、どうして黙るんですか?」
リネアの息づかい一つ一つが聞こえる。
この温泉……しかも露天風呂という野外のシチュエーションがそうさせるのだろうか。
彼女の裸すら俺は見たことがあるというのに、緊張して口を開くことが出来なかった。
「おっ。皆の衆、入っているな」
そう言って、次に登場したのはドラママである。
ドラママも髪を上げていて、色っぽい。
もちろん、体はタオルで隠してはいるが、リネアみたいに巻いていない。前だけを隠しているのだ。
そのせいで大事な部分も見えてしまいそうで、目のやりどころに困った。
「一度やってみたことがある」
とドラママは誰に言われることもなく、そう一言宣言した。
「……うりゃあ!」
ドラママは駆け出し、バッシャーンと音を立てて、温泉に飛び込んだのだ。
ドラコの時よりも大きなお湯しぶきが立つ。
「ド、ドラママっ? なにをするんだ!」
「わっはは。この体で一度こういうことをしてみたかったのだ」
ドラママはお湯から顔を出して、快活な笑い声を上げた。
「そんなことをするなんて、おねーさんは子どもなのだー」
「わっはは。ドラコに言われてしまうとはな」
……そういうドラコも温泉に飛び込んだじゃないか。
ドラコはドラママのところまですいすいーと泳いでいった。
そしてドラママの胸のところに、すっぽりと収まってしまったのだ。
こういうところを見ると、やっぱ親子だよな……と思ってしまう。
「星空……キレイですね。ブルーノさん」
「ああ」
俺はリネアと一緒に空を見上げた。
ああ、疲れが取れていく……。
このまま寝てしまいそうだった。
「あっ、そうだ。良いものがあるんだ」
「良いもの?」
リネアが興味津々に顔を近付ける。
「ああ……これだ」
そう言って、俺は温泉から一度出て、予め準備していたそれを取り出す。
「それは……徳利……でしたっけ?」
「よく名前知ってるな。リネア」
そうなのだ。
俺が取り出したのは、温泉の湯で温めておいた徳利とおちょこだ。
「ということは……」
「もちろん、お酒が入っている」
「!」
リネアの体がビクンッと反応する。
リネアはお酒が大好きなのだ。
徳利の中には清酒が入っている。
俺はおちょこの一つをリネアに渡した。
「ほら」
そして徳利を傾けて、おちょこにちょろちょろと入れてあげる。
「ブルーノさんも」
「ありがとう」
今度は交代して、俺の分のおちょこにリネアが清酒をお酌してくれた。
「とっとと」
溢れそうだったので、慌てて口を付ける。
——あったかい。
本来、清酒はそのままの温度で飲むのが主流ではあるが、こうやって温めて……つまり燗にして飲むこともある。
体の熱した清酒が入っていき、ぽかぽかと芯から温まってきた。
「じゃあ改めて……」
「はい。乾杯です」
ちょこん、とおちょこを合わせる俺達。
そしてちびちびと清酒を飲んでいく。
「美味しい……! 清酒って温めても美味しいんですね!」
「だけど温泉にも浸かってるし、すぐに頭にお酒が回るから気をつけるんだぞ」
「ふふん。ブルーノさんは私を酒飲みだと思ってますね? それくらい、自制出来るんですから!」
頬をピンク色に染めた、リネアは見るからに上機嫌だった。
そうは口で言うものの、ぐいっと清酒を一気で飲み干す。
「オカワリ……いただきますね!」
「好きなだけ飲め。だが……飲み過ぎるなよ?」
「だから大丈夫ですってば!」
パンパンとリネアが俺の肩を叩いた。
既に酔い始めてるじゃないか……。
まあリネアは俺とは違ってお酒が強いし、これくらい大丈夫だと思うが。
そう思っていたら、ぐいっとまた一気に飲み干したぞ。
大丈夫かな……。
俺は温めた清酒なんて、そんなぐびぐび飲めないので、ちょろちょろと頂きながら他の人達を観察していた。
「マリー……顔赤くなってるけど、大丈夫か?」
ディックがマリーちゃんを心配している。
「は、はいじょうぶはの! おにいあん!」
「ほらほら、舌が回ってない」
「ちょっと上せたかもしれないの……」
「ほら、言わんこっちゃない」
温泉は気持ちいいものだ。
だからついつい長湯してしまう。
ディックはマリーちゃんの手を取って、一度温泉から出て、近くの岩に腰掛けた。
こういうところを見ると「お兄ちゃんしてるな」と思えてくる。
次はドラゴン親子。なにしてるんだろう?
「おねーさん、私の泳ぎをとくと見るがいいなのだー」
ばしゃばしゃ。
ドラコがバタ足で泳いでいる。
「ふふふ。なかなかやるではないか」
ドラコの手を取りながら、ニヤリと笑うドラママ。
「だが……我の方が上手いぞ!」
ドラママはドラコの手を離して、今度は自分から泳いだ。
体全身を使うかなりダイナミックな泳法だ。
「おおー! すごいのだー!」
ドラコが目を輝かせる。
だが……ドラママよ。
凄いことは凄いのだが、ここはプールじゃないのだ。
お湯しぶきがここまで飛んできたではないか。
「ふう……みんな楽しそうにしてなによりだな」
やっとのこさ、一杯目の清酒を飲み終わった。
それだけでも頭がクラクラしてきた。
ちょこん……肩になにか当たる感触。
「リネア?」
隣を見ると、リネアは頭を俺に預けていた。
「うう〜、ちょっと飲み過ぎたかもしれません」
「ほら、言わんこっちゃない」
リネアは俺に頭を預けたまま、目を瞑ってしまった。
俺もそれを拒否せずに、リネアの好きな通りにやらせてあげる。
満天の星空。染み渡る温泉。
みんなで初めての温泉は、大好評のままに終わった。




