137・おっさん、温泉に入る①
温泉は湧き出したままで、止まる気配もない。
いいことだ。すぐに枯らしてしまったとなったら、興ざめもいいところだろうから。
「うんうん」
と頷きながら、温泉が勢いよく湧き出しているのを眺めていると、
「……あ、あのブルーノさん。これ、いつ止まるんでしょうか?」
「ん? そりゃ、しばらくは止まらないだろう」
多分。
リネアは不安そうな表情になり、頬に手を当て、
「でも……このままだったら、辺り一帯水没してしまいませんか?」
「あっ」
そりゃそうだ。
「あ、足下までお湯がきてるぞ!」
「気持ちいいのだー!」
気付けば、靴裏が温泉で浸っているではないか。
このままじゃいけない。
「は、早くなんとかしないと!」
俺は慌てて「普通の温泉っぽくしたいなあ」と念じた。
その瞬間であった。
「温泉作るマン!」
と元気よく『温泉作るマン』がポンポンと現れたのである。
ちなみに……。
温泉作るマンとは『家建てるマン』の亜種みたいな存在で、俺の願望を叶えるためにせっせと働いてくれる存在である。
「温泉作るマン! これをなんとかしてくれ!」
「温泉作るマン!」
ボールサイズの温泉作るマンが散り散りになって、作業を始めた——。
——三十分後。
「おおおっ! 普通の温泉っぽくなったぞ!」
そこには、旅先でよく見た『温泉』が完成していたのである。
お湯と地面の境界線には、岩が置かれている。
エメラルドグリーン色の温泉は見ているだけで癒された。
湯気が立ちこめて、空に昇っていっている。
「相変わらず、貴様の力はよく分からんだな」
「これもスローライフのおかげだ」
「すろーらいふなる魔法は、長老ドラゴンの力さえも凌ぐ」
完成した温泉を見て、ドラママが感嘆してくれた。
「湧き出るお湯はどうしたんでしょうか? 止まったんでしょうか?」
「ああ。一時的に止めている」
「一時的に?」
排水機能が作れなかったので、俺が「湧き出て欲しい」と思った時に出て、「止まって欲しい」と思った時に止まる仕組みにした。
地面に温泉を流す……という方法も考えたのだが、残念ながらイノイックの地下には帝国がある。
魔族が住んでいるのだ。
そんなことをすれば、あのモグラみたいな魔族が怒鳴り込みにくるだろう。
「ふう……結構、日も落ちてきたな」
呟きながら、空を見たら夕焼け空に染まっていた。
「ブルーノさん、早速入りましょうよ!」
「もちろんだ」
「わたしも入るのだー」
「マリーちゃん達も呼んできましょうよ!」
そうだそうだ、みんなで入ろう。
美女と二人っきりで混浴も気を惹かれるけど……それは、後日の楽しみでいいだろう。
というわけで、みんなで温泉に入ることにした。
◆ ◆
日もすっかり落ちて、空は満天の星空になっていた。
「マリー! 温泉なんて初めて入るの!」
「おっさん、またとんでもないもの作ってるな」
「ああ。DIYだ」
「最早その領域じゃないような気がするが……」
俺の家の前に出来た温泉を見て、マリーちゃんがはしゃいじゃっている。
子どもは温泉なんておっさん臭いもの、あまり好きじゃないのかな?
と当初は思っていたけど、マリーちゃんやドラコの反応を見るに、そうでもないらしい。
「じゃあ服を脱ごうか」
「うんっ!」
それから、男は外で——女性達は家の中で服を脱ぐことにした。
「マリー達、なかなか出てこないな?」
素っ裸になって、ディックが家の方を振り向く。
「まあ女性達は色々とあるんだろう」
「ふうん。そんなもんか」
「男は服だけ脱げばいいが、女性達は準備もあるだろうしな」
「なんの準備だ?」
「さあ?」
自分で言ってはみるものの、そこらへんの事情はあまり詳しくなかった。
「一足先に温泉に入ろうか」
「そうだな」
ディックと一緒に温泉に足をつける。
そして、そのまま一気に肩まで浸かった。
「良い湯だ……」
力の抜けた声が自然と出る。
丁度良い具合の温度。
体の隅々まで温泉が染み渡っていき、日々の疲れが取れていく。
「あつっ!」
対して、ディックの方は足にちょっとだけ温泉に付けたら、そう叫んで飛び上がった。
「お、おっさん! ちょっと熱くないか?」
「そうか? 良い湯じゃないか」
「これだからおっさんは……」
「まあ我慢して入ってみろって。すぐに慣れるから」
「あ、ああ……」
ディックが恐る恐る温泉に足を浸ける。
そして、ゆっくりと体を降下させていった。
「あっつ……」
「ははは。ディックは子どもだから、まだ早かったか」
「だ、誰が子どもだってっ?」
すぐに出て行こうとするディックであったが、俺がわざとそう挑発したら、意地になって温泉に浸かったままだった。
むずむずして落ち着かないディックであったが、やがて……。
「あっ……どんどん熱くなくなってきた」
「だろ?」
体が慣れてきたのだ。
「はあ……凄い気持ちいい。温泉って、こんなに良いものだったのか」
「ああ。温泉は良いものだぞ」
人類最大の発見であろう。
額にタオルを置いて、空を眺めた。
もちろん、俺自作の温泉は『露天風呂』というヤツだ。
こうやって、星空を眺めながら、落ち着いて温泉に浸かるものが出来る。
我ながら良いものを作ったものだ。
「わたしが一番乗りなのだー!」
「マリーなの!」
そうこうしていると、後ろから元気な声が聞こえた。
そしてバッシャーン! と何者かが温泉に飛び込み、お湯しぶきが飛び散った。
「おい、ドラコ! 危険だから、温泉にはゆっくり入れ」
「気持ちいいのだー!」
——まああえて説明しなくても分かると思うが、温泉に飛び込んできたのはドラコであった。
「あついの! おっちゃん達、よくこんなの入ってられるの!」
続けて、マリーちゃんが温泉に入ろうとするが、熱さに怖じ気づいている。
「ダメだな、マリーは」
ディックがマリーちゃんを見て「ニシシ」と白い歯を見せた。
「温泉の良さが分からないなんて」
「むーっ! お兄ちゃん! マリーは子どもじゃないの!」
「だったら、温泉に浸かってみろって。最初は熱いかもしれないけど、徐々に慣れてくるからさ」
俺がやったことと同じことをしているな……しかも得意気に。
兄に煽られたマリーちゃんは、まずは手でお湯をすくって体にかけていた。
「熱いの……ほんっとに、よく入ってられるの」
「ほら、マリー。抱っこしてあげるから、早くこっちおいで」
「う、うんっ——!」
俺はマリーちゃんを抱きかかえると、そのままのろのろとした動きで、温泉に肩まで浸かった。
「——気持ちいいの!」
俺に背を向け、座っているマリーちゃんは、そう声を弾ませた。
「そうだろ?」
「日々の疲れが取れるの!」
「マリーちゃんも疲れてるのか?」
「ふふふ。おとなのレディーは、色々とすることがあるの!」
はしゃいじゃっているマリーちゃんは、とても可愛かった。
「わー、広くてとても泳ぎやすいのだー」
一方、ドラコは温泉をプールとでも思っているのだろうか……すいすいと泳いでいた。
「ドラコ、熱くないのか?」
「熱い? 良い湯だと思うのだー」
ドラコが水面から顔を出して、そう言って笑った。
——ドラコはドラゴンの子どもだから、熱さに対する耐性でもあるのだろうか?
どちらにせよ、喜んでくれるなら良いことだ。
「そういや、マリーちゃん」
「なんなの? おっちゃん」
「リネアとドラママはまだか? まだ服を脱いでいるのか——」
そう口を開いて、質問をしようとした時であった。
「お待たせしました」
清廉とした美女の声が、後ろから聞こえたのは。




