14・おっさん、不動産屋に行く
「まずは喫茶店を開く場所を探さないと」
お金なら、湖の主を倒した時に少しだけ貰っている。
ほとんどディック達に渡してしまったので、俺の手元に残っているのはほんの一部だが。
「そうですね。まずはお店を探さないと」
「ああ。だから、リネアも『ここだったら良いんじゃないかな?』ってとこがあれば、バンバン意見を出してくれよ」
「はい!」
それから俺達は三時間程、イノイックの街を歩き続けた。
もちろん、途中でお昼ご飯を食べたりと休憩も取ったが。
リネアと街中を歩いているだけで、心が澄んでいくようであった。
そうこうしていると、街の一角に……。
「ここだったら良いんじゃないか?」
そんなに大きくない建物。
そこに『空き店舗』という看板が張られている。
「そうですね! 私、こんなところで喫茶店をやってみたいです!」
リネアも手を叩いて、はしゃぎながら賛同してくれる。
うむ。
人通りは多くもなく少なくもなく。
建物の外観も悪くなく、お洒落な喫茶店になりそうだ。
「よし……借りるのにどれだけかかるか分からないけど、とりあえず話を聞いてみようか」
「はい!」
『空き店舗』と書かれた看板の下の方に、連絡先の名前と住所が書かれていた。
「えーっと、なになに……バート不動産ってところに行けばいいのか……」
★ ★
バートは冒険者である。
しかし冒険者だけで食っていくには実力が足りず、こうして個人で不動産屋を営んでいるのである。
「ああ、なんか最近つまらないな……」
雑多な事務仕事をやりながら。
バートはそう言って、溜息を吐いた。
「もっとオレに剣とか魔法の才能があったらなあ……今頃、冒険者としてバリバリクエストをこなしてたのに……」
だが、ないから生活していくために不動産屋なんかしているのである。
不動産屋は親から継いだのだが——ゆくゆくバートは冒険者としての活動だけで、食っていきたいと考えている。
しかし最近は冒険者としての仕事よりも、不動産屋としての方が多くなる一方だ。
「前に湖の主を倒した——おっさんとかいう冒険者みたいに力があればな……」
あれは凄かった。
一見冴えないおっさんにしか見えなかったが、誰も倒せなかった湖の主を倒したのである。
あの時、バートもたまたまギルドにいて、それを目の当たりにして感動したのだ。
——無論、倒したのではなく『釣った』だけなのだが、それはバートは知らないことである。
「みんなにこのことを言いふらしたいけど……言ったら殺されるからな……」
みんないわく『犯罪者』だから身分を隠しているのだという。
おっさんのことを思い浮かべれば、たちまち鳥肌が立ってしまう。
「ハハハ。もう一度会ったりなんかしたら、オレなんか小便を漏らす自信があるぜ……」
なんてことを呟いていると、チリンチリンという鈴の音が鳴って、外から誰かが入ってきた。
「いらっしゃい。ご用件は——!」
いつも通りの対応しようとして。
バートは目ん球が飛び出るくらい驚いてしまう。
何故なら。
「すいません。『空き店舗』の看板を見てきたのですが」
——店に入ってきたのは、まさしく湖の主を倒したおっさんだったのだから。
★ ★
「すいません。『空き店舗』の看板を見てきたのですが」
バート不動産屋までやって来て、そう尋ねる。
「あああああああ、あなたは!」
ん?
おそらく、カウンターのテーブルに座っているのが店主なのだろう。
ってか店員は一人らしい。
「どうしました? なにかありました?」
店主が椅子から転げるような格好になっている。
「い、いえいえいえ! なんでもありません!」
「あなたが店主ですか?」
「そうです! オレ——私が店主のバートと申します!」
そう言って、店主のバートさんは姿勢を正して、両膝の上に手を置いた。
なかなか礼儀正しい人で好感が持てる。
「それで——『空き店舗』の看板を見てきたんですけど……」
「ええ。一体どこの看板ですか?(くっ、なんでこんなところにおっさんがやってきたっ? まさかオレが他の人に『湖の主事件』を喋っていないか監視しにきた?)」
テーブルの上に地図を広げ、やり取りをしている間——店主のバートは冷や汗をダラダラ流しながら、細心の注意を払って接客していたことをブルーノは知らない。
「ああ、ここですね」
「はい。ここを借りたいんですが、まだ空いていますか?」
「それはそれはもちろん! というより、空いてなくても空かせますから!」
「ハハハ」
なかなか冗談が上手い店主だ。
客のためならなんでもする、という気概も感じられる。
こんな人が店主の不動産屋で良かった。
交渉事とかあまり得意じゃないし。
「ああ! そういえば、後ろにいる女性……エルフですかな?」
「そうなんだ。この子と一緒に喫茶店を開こうと思って」
「喫茶店! それは良いじゃないですか!(エルフだとっ? まさか奴隷にしているのか? こんなキレイなエルフの子を奴隷にするなんて……くっ。おっさんはどれだけ鬼畜なんだ!」
「それで……このお店を借りるにはどれくらいお金がかかりますか?」
「そ、それは——(立地も良いし、良い値段で出してるんだよな……)」
これだけ良くても、値段的に折り合わなかったら、断ることになるだろう。
俺はここまで話して——店主の人柄にも惚れたということもあるが——どうしても、あの空き店舗で決めたいという気持ちになっている。
だが。
「え、えーっと……でもあまりお金がなくて……」
「そ、そうなんですか!(もしかして値切ろうとしているのか? ダ、ダメだ! あそこは良い値段で貸せるはずだから……!)」
「やっぱり高いですかね? 俺……あそこを借りられないと、どうなるか分からなくて……」
「え、えーっと、どれくらいで出してたっけな……(『どうなるか分からない』だと? そ、それは安くしないと殺すということなのか! な、なんと恐ろしい……逆らったらダメだ。命あってのものだねななのだから——)」
ここを借りられないと、もっと良い物件を探せる自信がない。
そうなると、喫茶店を開こうとする気持ちが折れてしまうかもしれない。
理想のスローライフが遠のき、気持ち的にこれからどうなるか分からないのだ。
「あ、あそこは——こ、この値段です!」
店主が提示した賃料は、驚く程安いものであった。
「え……? それで良いんですか?」
「も、もっとお安くしますよ!(『それでお前は良いと思っているのか?』と脅しをかけているつもりなのか!)」
「本当ですか!」
それから、店主が下げてくれた金額はこちらが申し訳なくなるくらい安いものであった。
「分かりました——借ります!」
場所も外観も良くて、さらに賃料も安い。
こうなったら迷っている暇はない。
「あ、ありがとうございます!(ク、クソ! こんな安い金額で……)」
「どうしました? 泣いているように見えるんですが——」
「い、いえ! これは良い仕事をしたなと感動しているだけです!(泣きたくもなるよ)」
自分の仕事にそれだけ誇りを持っているなんて。
うん。少し話しただけで、こっちまで気分が良くなってきた。
「ブルーノさん! これで喫茶店を開けますね!」
リネアも声を弾ませ、喜んでくれる。
「で、では……こちらの申込書にサインをお願いします……(もう元気もなくなるよ……)」
店主は一転してしっとりとした落ち着いた声になる。
情熱もありながら、冷静さも忘れていないということか。
店主の仕事ぶりに感動しながら、俺は急いで申込書にサインを済ますのであった。