136・おっさん、温泉を掘り当てる
「温泉に入りたいな」
俺がなにげなく呟いた声に、リネアが「え?」と聞き返してきた。
「いや……さ。最近、忙しかったじゃないか」
「そうですね。お店の手伝いしたり、ゼニリオンに行ったり……」
「そうそう。だから疲れを取りたいな、と思って」
スローライフらしからぬ生活を、送りすぎていたのだ。
スローライフ成分が足りなければ、禁断症状が出る!
というわけではないが、ここらで一回休養をしたい。
ただでさえ、俺はスキルの恩恵もなにも受けていない『おっさん』なのだ。
体の節々が痛い。
「だったら……やっぱり、温泉だろ。というわけでな」
「いいですね、温泉! 私も温泉大好きです」
「リネアはキレイ好きだもんな〜」
「ブルーノさんと一緒に温泉に入りたいです!」
「おっ、それはいいな」
美女と混浴か。
想像する——。
タオルを巻いたリネアが、髪を上げて湯に足を入れる。
そして体を洗う時に、リネアはこう言うのだ。
『お背中流しましょうか?』
——って。
「うぉぉおおおおおおお!」
「ど、どうしたんですかっ? ブルーノさん!」
リネアが慌てたようにして、俺の体を揺さぶっていた。
あ、いや……妄想が爆発してしまって……。
とは言えなかったので「なんでもない」と誤魔化した。
「でもイノイックに温泉なんてありましたっけ?」
とリネアが首をかしげた。
「いや……ないな。俺の知ってる限りは」
「だったらどうするんでしょう? 温泉街って、近くにありましたっけ?」
「それも——聞いたことがない」
だが——それについては、俺に考えがあった。
「俺が温泉を作ろうと思ってるんだ」
「ブルーノさんがですが?」
「ああ」
「そんな簡単に温泉って作れるもんなんですか?」
「まあなんとかなるだろう」
要は源泉を掘り当てて、湯が溜まるようにすればいいのだ。
「それに、イノイックに温泉があったらみんなも入ることが出来るだろ? それでみんなもスローライフを満喫してもらえれば、俺としても嬉しい」
「そうですね! ブルーノさん、名案です! さすがです!」
「リネアも手伝ってくれるか?」
「もちろんです!」
とリネアが敬礼のポーズをした。
よし。
早速温泉を作って、美女と混浴しよう。
◆ ◆
「温泉は家の前でいいかな?」
「そうですね。家の前に温泉があったら、いつでも入れますし!」
リネアが声を弾ませた。
「おとーさん、おかーさん、なにをしているのだー?」
「なにやら面白そうなことをしているな」
家の中から、ドラコとドラママも出てきた。
「おお、温泉を作ろうと思ってな」
「おんせんー?」
ドラコが首をひねる。
やっぱり、ドラゴンは温泉とかって知らないのかな?
そう思っていたら、一方のドラママが、
「うむ。温泉か。温泉は良いものだな」
「ドラママは知っているのか?」
「もちろんだ。(飛び)疲れたら、よく温泉を見つけて入っていたものだ」
「疲れが取れるもんな」
「うむ。(翼の)疲労もよく取れるのだ」
まだドラコはドラママの正体を教えてないので、()部分は俺の脳内補正である。
それにしても……ドラゴンも温泉に入るのか。
ドラママが頭にタオルを置いて、温泉で羽を休めている光景を想像すると、少しおかしな気分になった。
「しかし……そんな簡単に温泉など作れるものなのか?」
「うーん、まあ、なんとかなるだろう」
なんてたって、俺にはスキル【スローライフ】があるんだからな。
スローライフに関することを過度に実現する。
温泉に浸かる……といったら、まさしくスローライフであろう。
ならば、スローライフに関することを過度に実現するスキルならば、作ることが可能のはずだ。
「ブルーノさん、はい!」
リネアがスコップを差し出したので、それを受け取る。
「おっ、ありがとう。リネア」
「どういたしまして! ブルーノさん、早く温泉を掘り当てて、みんなで一緒に入りましょうね!」
そうだそうだ。
美女と混浴。
疲れを取ることが肝心なのだが、そういう楽しみのために、俺はなんとしても温泉を掘り当てなければならないのだ!
「温泉……温泉……」
俺はスコップを持ち、念じる。
そしてグルグルと家の前を歩き回った。
「むっ……ここだ!」
そうして地面にスコップを入れる。
ザクッザクッ。
おお、まるで地面がデザートのプリンのように柔らかく、掘りやすいぞ。
腰痛持ちのおっさんとしては嬉しい。
「温泉出てこないですね?」
「そこじゃないんじゃないか?」
リネアとドラママがその様子を見て、そう口にする。
ネガティブな意見だ。
だが、ドラコは拳を突き出して、
「ゆけー、ゆけーなのだー! なんだかよく分からないけど、おんせん掘るのだー!」
と俺を応援してくれた。
「ありがとう、ドラコ」
うん、ドラコのおかげで元気が出た。
三分ほど地面を掘ると、俺の背の高さくらいの穴が出来た。
これでもまだ温泉が出てこないのか……。
「いや、もっと念じる必要があるかもしれないな」
温泉……温泉……。
頭が温泉でいっぱいになる。
邪心を消す。温泉以外の考えの一切を捨てる。
温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉温泉……。
頭に「温泉」の字しか浮かんでこなくなった頃であった。
ザクッザクッ。
プシャァーッ!
「ブ、ブルーノさんっ?」
なんと地面からいきなりお湯が飛び出してきて、俺の体に当たったのだ。
「うおっ!」
お湯の勢いのまま、俺は穴から押し出されてしまう。
「大丈夫ですかっ?」
「あ、ああ……服はびしょびしょになったけどな」
リネアの手を取って起き上がると——そこには素晴らしい光景が広がっていた。
「温泉を本当に掘り当てよったとはなっ?」
「わーい! これだけ水が出ると、いっぱい泳げるのだー!」
ドラママが驚愕し、ドラコがぴょんぴょんとジャンプして喜んでる。
——俺が先ほど掘った穴から、ものの見事に温泉が湧き出ているのである。
まるで噴水である。
「さすがブルーノさんですっ!」
リネアが手を叩いて、目をキラキラさせた。
——やはり【スローライフ】は万能だ。
プシャーッと湧き出る温泉を見て、俺は「うむ」と頷くのであった。




