135・おっさん、ゼニリオンを去る
そしてしばらくして……。
「今まで世話になったな」
見送りに来てくれたみんなに対して、俺はそうやって手を上げた。
見送り——というのは、もちろんイノイックに帰る件だ。
スラム街のみんながゼニリオンの出口まで見送りにきてくれた。
「なにを言っている。世話になったのは、オレ達の方じゃないか」
「そうだそうだ。おっさんのおかげで、オレ達はまともな生活を送れるようになった」
「また来てくれよ。歓迎するから」
スラム街——いや、もうスラム街という言葉は不的確かもしれないな——みんなはそう口にする。
俺達に通行人達が不思議そうな目を向けてくる。
ただ、それはスラム街の人達を蔑むような視線じゃない。
『おやおや? 一体、なにがあるんだ?』
というように思っているようだ。
当初、スラム街の人達には差別的な視線が向けられていた。
だが、少しずつ状況は変わっていってるみたいだ。
レストランの従業員が、みんなだということは少しずつ知られているようだし……。
良いことだ。
目的を果たすことが出来そうで、ほっと一安心する。
「ただ……今からが大事なんだぞ」
そんなみんなに向けて、俺はおっさんらしく話をする。
「これを続けていかなくちゃならない。怠けてたら、また元の状態に戻ってしまうだろう。これを肝に銘じて欲しい」
俺の言葉に、みんなの顔がキッと引き締まった。
そう。
成功を続けるためには、頑張り続けなければならない。
じゃないと——例え勇者パーティーに入っていようが、途中で追放されてしまう——ってことになるかもしれないからだ。
だが……。
「途中で疲れたら——休んでもいいからな。なあに、人生なんとかなるように出来ている。スローライフの心をみんな忘れるんじゃないぞ」
俺が最後にそう締めくくると、みんなの顔が緩んだ。
そうなのだ——。
頑張り続けても、どこかで疲れてしまう。そうなってしまっては、頑張り続けることも出来ない。
だからゆっくりまったり人生を過ごしていこう。
そう……これぞまさにスローライフ!
「じゃあ俺は行くから……リネア」
「は、はいっ」
と俺はリネアと一緒に背を向けた。
「ブルーノさん。ビネガーちゃんに挨拶しなくていいんでしょうか? あんなに寂しがっていたのに……」
リネアが俺の服の裾を引っ張って尋ねる。
そうなのだ。
一つ気がかりなことは、見送りにビネガーの姿が見えなかったことだ。
もしかしたら、俺の顔なんて見たくないかもしれない。
あれだけ「残って」と言われても、俺は「帰る」と頑なに言ってしまったしな。
「納得したように思ったけど……そうじゃなかったということか」
ならば——寂しい。
まあ仕方ないさ。またドラコとかマリーちゃんとか連れて、ゼニリオンに来た時に会えれば良いとしよう。
ちょっともやもやした気分のままに、ゼニリオンから去ろうとした時であった。
「おっさん!」
呼びかけられて、反射的に振り返る。
「ビ、ビネガーっ?」
「はあっ、はあっ。ごめん。ちょっと遅れちゃった……」
ビネガーが俺の元まで駆け寄ってきて、膝に手を当てて息を整える。
そして、とあるものを俺の前に差し出してきた。
「これ」
「ん? これは……ペンダントか?」
「うん。おっさんがゼニリオンから去るって聞いてから、ちょっとずつ作っていたんだ。ボクが作ったものだから、大したものじゃないけど……」
俺はビネガーからペンダントを受け取る。
ビーズとかで可愛らしいイルカが、ペンダントには付けられていた。
歪な形はしていて、お世辞にも上手いとは言えないだろう。
しかし——そこからビネガーの頑張りが見えた。
俺はペンダントを首からかけて、ビネガーの頭を撫でた。
「なにを言う。嬉しいよ。ありがとう」
「おっさんに喜んでもらえて、ボクも嬉しいっ!」
とビネガーは満面の笑みになった。
「おっさん……それ見て、ボクのことを思い出してね!」
「ああ……じゃあ! また来るから!」
俺はみんなに手を振って、再び歩き出した。
振り返るのはいけない。振り返ってしまっては、名残惜しくなってしまうからだ。
「……新たなライバル登場ですっ」
「ん? なんか言ったか、リネア」
「いえ、なんでもありません」
隣を歩くリネアは、そう言って小さく舌を出した。
◆ ◆
「ふう……やっとイノイックに着いたか」
馬車に揺られて、やっとのこさイノイックに到着。
一歩足を踏み入れると、懐かしい匂いがした。
——これだよ、これ。
これが俺の愛したイノイックだ。
「ブルーノさん。早くドラコに会いに行きましょう」
「ああ」
「その後はディック君とマリーちゃんを呼んでパーティーですね! みんな元気にしているでしょうか」
「もちろん! 元気にしてるよ!」
俺はリネアの手を引いて、みんなの元に走った。
「「「「かんぱーい!」」」」
グラスを付き合わせて、みんなと『ただいまパーティー』を開催する。
わざわざ説明する必要はないけど——みんな、俺達がいないうちにも元気に過ごしていたみたいだった。
「おとーさん、なかなか帰ってこなくて心配したのだー」
「そうだそうだ。留守を預かっている間、賊を一人退治したぞ」
ドラコが無邪気に、ドラママが顔をほんのり赤くさせて声を上げる。
留守番をこの二人に任せていてよかった。
「マリー、おっちゃんがいなくて寂しかったの!」
「おっちゃんおっちゃんってうるさくって……」
マリーちゃんが俺の首に巻き付いて、その光景を見てディックが溜息を吐いた。
それにしても……今回はずっと料理を作ってたな。
まあ料理を作るのは好きなので「疲れた」とか、そういうのはない。
「みんな、ジャンジャン食べていってくれよ。オカワリならいくらでも作ってあげるから」
「「「「オカワリ!」」」」
みんなが同時にお皿を突き出した。
俺はそれを見て、慌てて厨房へと急ぐのであった。
六章、お料理編(?)ゼニリオン編(?)これで完結です。
次は7章もがんばって、更新していきたいと思います!




