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132・おっさん、新たな協力者を得る

 ビネガーとは色々あったが——朝を迎え、今日もレストランを開店だ。


「ポテスラ二十人前! 団体客が来たよ!」

「休んでいる暇はない! オレンジ・ジュースをジャンジャン入れろ!」

「クッ……アイスクリームが溶けちゃいそうだ。早くお客さんに持っていってくれ!」


 相変わらず、ホールもキッチンも戦場になっていて、休む間もなく手を動かさなければならなかった。


「まあいいことなのかな……?」


 今日もレストランは満員。

 店内の椅子には一つも空きがなく、お客さんが座っており、料理に舌鼓をうっていた。


「ビネガー! ポテスラはまだ出来てないかっ?」

「う、うん! もう少しで出来る!」

「分かった。慌てなくていいから、いつもの調子で頼んだぞ! なんてたって、ビネガーのポテスラは絶品なんだからな」

「うん……!」


 ビネガーが顔をほんのりと赤くさせ、嬉しそうに頷いた。


 昨日のことはあったけど、仕事は仕事。

 スイッチを切り替えなければ。


「それにしても……人手不足だけはなんとか解消しなければ」


 戦場になっている店内を眺めて、俺はぼそっと呟いた。


 お店は軌道に乗っている。

 みんなも仕事に慣れてきたので、もう俺がいなくても大丈夫だろう。


 しかし——単純に人手が足りてないのだ!

 スラム街のみんなを総動員させても、なかなか手が追いつかない!


「まあそれだけ繁盛している、ということだから良いのかもしれないけど……」


 贅沢な悩みだ。

 だけど——このままでは、俺とリネアが安心して帰ることが出来ないじゃないか!


「どうしたことか……」


 頭を悩ませていると、


「オーナー」


 と後ろから呼びかけられ、俺は声の元に振り向いた。


「オーナーなんて呼び方しなくていいぞ。『おっさん』でいい」

「なにをおっしゃいますか! 命の恩人であるあなたを……そんな呼び方だなんて……恐れ多くて出来ません!」


 と——バルトロが顔の前で手を振った。


 バルトロ、というのはデリシアルから引き抜いたコックである。

 どうやらデリシアルは労働環境が酷いみたいで「それなら、俺のところで働かないか?」と声をかけてみたのだ。


 やはり本職のコック。

 少し教えると——まあ【スローライフ】の効果もあるわけだが——すぐに料理を習得してくれた。

 今ではスローライフレストランの、大切な戦力であり仲間である。


「それでどうしたんだ?」

「実は……お話がありまして」

「ふむふむ?」

「お昼時が終わったら、休憩ですよね?」

「当たり前だ。このまま一日中働かせておくわけにはいかん」


 これだけは譲らん。

 まったりと無理をせずに。

 それがこのレストランの方針だ。


 バルトロは「気をつけ」の体勢のまま、話を続けた。


「その時にちょっとお時間いいでしょうか? オーナーに紹介したい人がいるんです」

「ふうん? 分かった」

「では……厨房に戻りますんで」


 とバルトロは俺の前から去っていった。


 紹介したい人ってなんだろ……。


「間に合わない! おっさんも手伝ってください!」

「はいはい。すぐに行くよ」


 疑問には思うが、あまり考えている余裕もなさそうだ。

 他の人に呼ばれ、俺も厨房で包丁を握るのであった。




 なんだかんだでお客さんの流れも一旦落ち着いてきたので、お昼休憩にすることにした。


「それで……バルトロ。話ってのは一体なんなんだ?」

「はい。ちょっと外に来てくれますか?」

「ん? 分かった」


 バルトロに連れられて、レストランの出口へ向かう。


 一体なんだろうか……。

 バルトロからは、緊張しているような印象を受けたが……。


 疑問に思いながら、扉を開くと、


「えっ? この人達は?」


 ——レストランの前に、コック姿の人が並んでいたのである。


 その数……四……いや、五人もいる!


「デリシアルのコック達です」


 とバルトロがそのコック達を紹介してくれる。


「デリシアルのコックが? デリシアルはお昼休憩なんてないんだろ。忙しいはずなのに……それなのにどうして……?」

「あんなレストラン! どうなってもいい!」


 俺が疑問を口にすると、並んでいるコック達は口々にデリシアルの文句を口にし出した。


「デリシアルは酷いんですよ! コックを物かなにかだと思ってやがる!」

「忙しすぎて、もう半年も休みを取れていません!」

「しかも給料も安いときてやがるっ! あのオーナーは鬼だ! 悪魔だ! 魔王だ!」

 

「ちょ、ちょっと落ち着いて!」


 デリシアルのコック達は俺を押し潰さんばかりに前進してきて、思いの丈をぶつけてきた。


「どうやら、かなりストレスが溜まっているみたいだな」

「はい。デリシアルで働いている者は全員こんな感じですよ」


 一人——オーナーのシリルを除いて、ね。

 とバルトロは顔を歪ませて続けた。


「それで……文句を言いに来ただけじゃないだろ? 一体俺にどうして欲しいんだ?」


 ここまできたら、なんとなくバルトロの言いたいことが見えてきたが、あえて問いかける。


 するとバルトロは俺の両手を握って、


「頼みます! この者達もスローライフレストランで雇ってあげてくださいっ! 一度は裏切ったものの、大切な仲間達なんです。どうか慈悲を!」


 と必至の形相で訴えた。


「ふう……」


 息を吐く。


 ——デリシリアルのコックか。しかも五人も。

 俺はバルトロの体を離して、こう声にした。


「当たり前だ。全員、このレストランで雇ってやる」

「「「「「オーナー!」」」」」


 ただでさえ人手不足で困っていたんだ。

 これだけコックを雇うことが出来れば、みんなもゆっくり働くことが出来るだろう。


 人手不足はスローライフと反する。

 俺の理想とするスローライフを送るためには、協力者が必要不可欠なのだ!


「じゃあ早速、昼休憩後に手伝ってくれるかな? あっ、簡単な作業だから気張らなくていいから」

「もちろんですっ」

「オーナーの言うことは絶対ですっ」

「馬車馬のごとく働きます!」

「ははは。折角ブラックレストランから逃げてきたのに、そんなんじゃいけないだろ。肩の力を抜いて抜いて」

「「「「「はいっ!」」」」」


 コック達は全員声を揃えて、敬礼のポーズを取った。

 こうして、スローライフレストランに頼もしい仲間が増えた。


 ★ ★


「ど、どうしたのだ! どうしてあれだけいたコックがいなくなっている!」


 おっさんがデリシアルのコックをごっそり引き抜いた一方。

 必然的に——デリシアルは未曾有の人手不足に陥っていた。


「新しく出来たお店の方に行っちゃいました!」

「な、なんだとっ? なにを考えているんだ!」

「どうやら、かなり良い条件のようでして……」

「はあ? そんな甘い言葉に騙されて、デリシアルを裏切ったということなのか!」


 こうしている間にも、客がだんだん押し寄せてくる。


 しかし——ただでさえ、人手不足を『休日なし』にして乗り切っていたお店だ。

 今、厨房には二人のコックしかおらず、満足に料理を供給出来てない。


「おいっ! どうなってんだ! 早く料理を運んでこい!」


 ホールから罵声が聞こえてくる。


「チッ……!」


 全ては——対面に出来たふざけたレストランが悪いのだ!


 オーナーのシリルは爪が割れんばかりに、ギシギシと噛んだ。


「働け働け! 死ぬ程働くんだ! あいつ等が戻ってくるまで、お前等には永劫休日なんて贅沢なものはなしだ!」


 シリルが吠えると、ホールから一人の店員が近付いてきて……。


「あのオーナー……」

「な、なんだっ! 無駄口叩いている暇はないぞ! さっさと持ち場に戻れ!」

「もう耐えられません。私もあっちのレストランに行かせてもらいます」

「お、おいっ! ちょっと待て!」


 シリルが止める間もなく、店員はデリシアルの制服を脱ぎ捨てて、店から出て行ってしまった。

 憤怒で頭の血管がブチ切れそうになるシリル。


 そして天井を見上げて、


「……くぅぅぅうう〜! あのレストラン! 私の全力をもって叩き潰してやる!」


 とシリルは顔を真っ赤にして、叫ぶのであった。

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