130・おっさん、ビネガーのことで驚く
最初はどうなることかと思っていたが、レストランの売り上げもなかなか好調みたいだった。
でも俺はみんなに無理はさせない。
そんなもの、スローライフとは程遠いからだ。
「みんなも仕事に慣れてきたな……」
今日の仕事ぶりを思い出して、一人呟く。
みんなの料理の腕もだんだんと向上していった。
元々筋は悪くないんだろう。
ただ——生まれのせいで、そういう場を与えられなかっただけで。
やがて給料を支払われ、スラム街の人達もまともな生活を送ることが出来るだろう。
だから——もう俺のお役はご免になっているとも言える。
「そろそろみんなに言おうか……」
重い腰を上げて、俺はホールへと向かった。
「え……」
俺がみんなに「そろそろここを出て行こうと思っている」と伝えると、みんなが目を丸くして、言葉を失った。
「おっさん……なんて言ったの……?」
ビネガーが震える口を開く。
「ああ、そのままの意味だ。そもそも俺はここの人間じゃない」
「そうかもしれないけど——でも折角、お店も軌道に乗ってきたところなのに、いなくなるなんて……あんまりだよ」
「……俺にも帰る場所があるんだ」
そう言って、リネアを見る。
そもそもゼニリオンに長居しすぎたのだ。
そろそろイノイックが心配になってくる。
ドラコとドラママは大丈夫だろうか?
しっかりお留守番は出来ているだろうか?
泥棒なんかに入られたりしてないだろうか?
そう思ったりすると、いてもたってもいられなくなってくる。
やはり俺にはイノイックが一番合っているのだ。
「大丈夫。もう俺がいなくても、さ」
俺がそう続けると、スラム街の人達は口々に、
「おっさんがいなくなるのは寂しいが、いつまでも甘えちゃいけないな」
「今までありがとう。おっさんから学んだことをしっかりと受け継ぐよ!」
「おっさんにも故郷がある。止めることは出来なさそうだな……」
と俺がゼニリオンから去ることを、消極的ながら歓迎してくれている様子であった。
良かった。
だが……。
「…………」
ビネガーだけが、下を俯いてなにも言わなかった。
「ビネガー……?」
心配になって、彼の名前を呼ぶと。
「……いつ?」
「え?」
「いつここを出て行くの?」
とビネガーが尋ねた。
「うーん……一週間後くらいかな。一週間もすれば、お店も落ち着いてくるだろう」
「……そう」
あら、意外に素っ気ない返事だな。
まあ仕方ない。
ゼニリオンに来て、そしてスラム街の人達に出会ってから——二週間くらいしか経過してないのだ。
その短い時間では、情なんてものも湧いてこないだろう。
寂しさを覚えていたら、
「……!」
ビネガーが突然、クルリと踵を返してホールから出て行ってしまった。
「び、ビネガー! どこに行くんだ!」
呼びかけても、止まってくれない。
一体なんだったんだ……。
「おっさん……気にするな」
スラム街の人達が気を遣って、慰めてくれる。
「あいつは思春期なんだ。色々と思うところがあるんだろう」
「そうだったら、良いんだが……」
うーん、思春期ってのは難しい。
まあ、あまりこれ以上考えても仕方ないだろう。
俺は頭を掻いて、ビネガーが去っていった方を見ていたのであった。
「今日も疲れたな……」
さて、これから向かうところは——スラム街である。
スラム街の人達に料理のレシピを教えてから……俺はここで寝泊まりをしているためだ。
公爵のところで寝泊まりすることこも可能だったとは思うが……やはり、店が軌道に乗るまでは、みんなと寝食を共にしたいと考えたのだ。
俺はスラム街の人達に用意してもらった小屋まで帰る。
「ふわぁ……今日はさっさと寝よう」
床に無造作に置かれた、固い布団。
正直小屋の中もキレイとはいえないけど、わざわざ俺のために用意してくれたところである。
有り難い。
俺はその布団で横になった。
ちなみに——リネアは公爵のところまで、帰っている。
一緒に寝てもいいんだが、それはそれでみんなに色々と勘ぐられそうで、面倒臭かったからだ。
「おやすみ……」
俺は一人そう呟いて、目を瞑った。
疲れていたためか、寝付くのは早かった。
——トンッ、トンッ——。
ん?
なんだ、音が聞こえる。
「……——おっさん——」
誰かの声も聞こえてきた。
でもそれが耳に入っているのに、俺の意識ははっきりしない。
——誰だ?
「——おっさん」
起きないといけないと思う。
しかし睡魔には勝てず、目を開けることが出来なかった。
「おっさん……!」
そのまま、誰かが寝ている俺に覆い被さってきた。
「わあ!」
そこで、やっと意識が覚醒する。
俺は飛び起きるようにして、上半身を起こした。
そこには……。
「えっ……ビネガー?」
ちっちゃなビネガーの体があった。
「お前一体——え?」
ビネガーがピンク色の顔を上げる。
そこで俺は見てしまったのだ。ビネガーのとある部分を。
——露出の多い服だ。
ネグリジェというのだろうか。
胸元がぱかーっと大きく開いているため、ビネガーの控えめな胸の谷間が見えた。
「ごめん……いきなり、やって来て……」
ビネガーが潤んだ瞳で言う。
艶やかな太もも。
窓から差し込む月明かりで、発光しているようであった。
むちむちしていて、どこもかしこも柔らかそう。
「お、お前……」
俺は動揺を抑えながら、こう続ける。
「お前——女の子だったのか?」
そう。
ネグリジェ姿になったビネガーは、とっても女の子らしい体型であったのだ。
俺の言葉を聞いて、ビネガーは首をかしげてこう口にするのであった。
「あれ? 言ってなかったっけ?」




