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129・おっさん、また信者を一人増やす

 それから——三日経ち、お客さんの数は減るどころか、どんどんと増えていった。


「ポテスラ十人前です!」

「予約が入りました! 夜に五十人の冒険者の方々が来られて、宴会です!」

「お子さんが王様ランチを求められています!」


 厨房はさながら戦争のようであった。

 しかし——俺はその様子を一歩引いたところで「うんうん」と眺めていた。


「みんな、仕事に慣れてきたみたいだな」


 最初の方はおぼつかない手つきではあったが、今となっては俺が手を貸さなくても、みんな立派に働いている。


 そろそろイノイックに帰っても大丈夫かな?

 お店も軌道に乗っているし。


 そんなことを考えている時であった。


「なんだ、この不味い飯は! コックを出しやがれ、コックを!」


 とホールの方から大きな声が聞こえた。


「一体、なにが起こってるんだ……?」


 厨房にいる人達は気を取られているものの、今は手が離せない。

 剣呑けんのんな気配を感じて、俺はホールへと飛び出した。


 テーブルの一角。

 一人のお客さんが座っており、テーブルにはコーンスープが置かれていた。


「まるでゲロみたいな味だ! こんなレストランに来る客は気が知れないね。不味すぎる!」


 味が不満なのか、ただ「不味い、不味い」と叫んでいる。

 他のお客さんも「不味い」と宣う人に視線を向けていた。


「リネア、どうしたんだ?」


 ホールで頑張ってくれているリネアに事情を聞く。


「分かりません……急に騒ぎ出しまして。あのお客さん、入ってきた時から態度がおかしかったんですが……」

「態度が?」

「はい。入ってくるなり『なんだ、この汚い店は! ちゃんと衛生管理はしてるのか?』って……」


 クレーマー……とまでは言わないかもしれないが、具体的な証拠を出さず、抽象的なことで不満をぶちまける客か……。

 なかなか厄介だ。


 リネアはどうしたらいいのか分からないのか、おろおろしていた。


「あいつ……! デリシアルのコックだ……!」


 と厨房からビネガーが顔を出した。


「デリシアルのコック……?」

「うん。このレストランが開いてから、デリシアルの客は減ったって聞くし。きっと嫌がらせだよ」


 悔しそうにビネガーが歯軋りをした。


 確かに——このスローライフレストランが開店してから、あれだけ店の外にも行列を作っていたデリシアルの勢いが、なくなったように感じる。

 自分のところの客を取り戻すために、こちらの評判を下げる。

 汚いやり方だ。


「文句言ってくるよ……!」


 ビネガーが震える足で一歩前に踏み出す。

 きっと怖いんだろう。


「まあ待て」


 それを俺は手で制す。


「どうして止めるの?」

「こういう時は子どもじゃなくて、大人の仕事なんだよ。まあ見といくれ」


 責任者として、この事態を片付けなければならない。


 俺はその客に近付き。


「どうしましたでしょうか……お客様?」

「ああ? どうしたもこうしたもねえ。お前がこの店の責任者か?」

「はい」


 そう返事をすると、客はニヤリと口角を釣り上げて、


「こんな不味い飯をお客さんに出すとは良い度胸してるな! 不味くて吐きそうになったぜ! 今すぐ金を返しやがれ!」


 と声のボリュームをさらに一段階上げて叫んだ。


 それは俺に聞かせているというよりも、店内にいる人達に聞かせているかのようだ。

 離れたところで、ビネガーが拳を握りしめ、リネアがそれを必死に止めていた。


「不味い……? 当店の料理が、ですか?」

「ああ。なんだ、このコーンスープは。ぬるいじゃねえか! 不味い不味い不味い!」


 そう言って、客はコーンスープが入った皿を床に落とした。

 コーンスープが床にぶちまけられた。


「……!」


 それを見て、瞬間的に怒りが込み上げてくる。

 いくら温厚な俺でも、食べ物を粗末にされているのを見れば、むかついてくるからだ。


 ——こいつ、ダンジョンに潜った時も旨いとか不味いとか文句を言うのかな?


 もちろん、こいつは(ビネガーいわく)デリシアルのコックなので、そういう機会はないかもしれないが。


「……お客様。少しお待ちいただいてもよろしいですか?」


 俺はグッと怒りを抑えて、客に尋ねる。


「ああ?」

「ではもっと美味しいコーンスープを飲ませてあげますよ」


 俺はそう言い残して、厨房へと急いだ。




「……お待たせしました」


 と俺はコーンスープが入った皿を差し出す。


「また同じコーンスープのように見えるんだがな? どうせ不味いんだろ?」

「それは飲んでみてからのお楽しみですよ」

「……大した自信だな」


 訝しむような視線をコーンスープに向けながら、客はスプーンを手に取った。


 そしてゆっくりと口に含み、


「ま……う、旨ぁぁぁぁああああああああい!?!?!?」


 と立ち上がり叫んだのであった。


「ま、不味……なんて死んでも言えねえ! なんだ、このコーンスープは? 俺も料理人の端くれ。こんな旨いコーンスープは飲んだことがねえぞ!」

「気に入っていただけたようで幸いです」

「はっ……!」


 客は「しまった」というように口を開いた。


 ——今回のコーンスープは俺が作らせてもらった。


【スローライフ】の効力で、スラム街の人達に料理を教えたとしても、百%は伝わらないからだ。

 だから俺が作るコーンスープが一番旨い……という自信もある。

 これからビネガー達が毎日料理を作っていったら、逆転されるかもしれないが。

 嘘でも「不味い」と言えないような旨いコーンスープを作ってやったのだ。


「ご満足していただけたようなら幸いです。ではごゆっくりどうぞ」


 俺はそう短く言って、客から離れる。

 客は魂が抜けたようにして、しばらくそこで立ちすくんでいた。


 しかし再度座り直し、夢中になってコーンスープを飲み出したのであった。


 ★ ★


 ——俺は一体なにをしているんだろう。


 スローライフレストランから出て、彼——デリシアルからのスパイは途方に暮れていた。

 休みもなくデリシアルで働かせて。

 さらにこんな汚い真似もしている。


 最初にコーンスープを飲んだ瞬間「これはデリシアルでは勝てねえ」と思った。

 だが、それをグッと曲げて「不味い」と叫んだのだ。


 何故なら、そうしなければデリシアルをクビになってしまうのだから。

 四十代の彼がリストラさせらてしまえば、今以上に条件の良いところは見つからないかもしれない。


「でも……二回目に出てきたコーンスープ。あれは別格だったよなあ……」


 不味い……なんて言葉が出てこなかった。

 それはあの料理に対する冒涜だったからだ。

 料理人コックとして、料理への冒涜だけは出来なかった。


「もう仕事辞めようかな……」


 自分が情けなくなって、ぼそっと呟く。


 そんな時であった。


「おい」


 後ろから肩を叩かれる。


 彼が振り返ると、そこには。


「あっ、さっきの……」


 スローライフレストランの責任者であった。


 こんな真似をしたんだ。

 もしかしたら殴られるかもしれない。


 そう震えていた男であったが、責任者の『おっさん』の口から飛び出した言葉は予想外のものであった。


「デリシアルのコックなんだよな? 良かったら、うちで働かないか?」

「……えっ?」

「人手不足なんだ。それに……うちの従業員から話を聞いたよ。なんでもデリシアルの労働環境ってなかなか酷いみたいだな」


 デリシアルのオーナーは従業員を奴隷のようにしか思っていないし、そのせいで不満があっても口に出すことは出来ない。

 おっさんの言葉に、彼は口を閉じることしか出来なかった。


「だけど——うちのレストランは超絶ホワイトだ。疲れていれば休みを取ればいいし、意見を言いたかったら出していけばいい。どうだ? デリシアルを止めて、うちに来ないか?」

「本当に良いのか……? あなたのレストランに酷いことをした俺に」

「もちろん。あんたもつらかったんだよな」


 おっさんのその言葉を聞いて——彼の涙腺は決壊した。


 ああ、ここでならもう一度やり直せるかもしれない。


「お、お願いします!」


 彼は涙を流しながら、おっさんの前で膝を付くのであった。

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