124・おっさん、悪徳店主をこらしめる
バージル公爵の許可を得て、俺とリネアはゼニリオンのスラム街を訪れていた。
「ブルーノさん……こう言ったら悪いことかもしれませんけど、ここにいるとなんだか不安になります」
「離れるんじゃないぞ」
ぎゅっとリネアが俺の腕を抱いてきた。
スラム街というのは、ゼニリオンの中でも端っこに位置する場所だ。
一歩足を踏み入れただけで、空気の淀みを感じた。
ボロボロの家が建ち並んでおり、鼻につーんとした臭いが漂っていた。
一見、華やかなゼニリオンでも、裏側ではこういう場所もあるのだ。
「誰かいないかな……?」
キョロキョロと辺りを見ながら、リネアと歩いていると、
「……誰?」
建物の影から男の子が飛び出してきた。
「あ。君はあの時の……」
「不思議な液体をくれた人……」
お互いがお互いを指差して、口を半分開けた。
街中を彷徨っていた物乞いの男の子である。
「ハイポーションは高く売れたかな?」
「……うん。アイテム屋に持っていったら、高く……買い取ってもらった」
「ちなみにいくらくらいだった」
「これだけ」
男の子から聞いた値段は、俺の予想よりも遙かに安い金額だった。
「ひ、酷い……! 安く買い取られたのか!」
「え、え? でもただの水が……晩ご飯買えるだけのお金になったから……」
男の子にとっては、嬉しいだけの金額をもらったに違いない。
しかし——そのアイテム屋は男の子の足下を見た。
そして無知な男の子を騙した、ということだ。
「ブルーノさん……」
リネアが悲しそうな目を向けてくる。
「……君、名前は?」
「ボクはバン」
「バン君。そのアイテム屋っていうのは覚えているかな?」
「うん……!」
「じゃあそこまで案内して欲しい」
「なにをする気……?」
バンは首をかしげた。
決まっている。
不当な金額でハイポーションを買い取られたのだ。正規の金額を貰わなければ、ハイポーションを作った者として納得がいかない。
「大丈夫。後はおっさんに任せてくれていいから」
「おっさん……」
すがるようなバンの目は透き通っていた。
純粋な心のせいで、こんなことになってしまったかもしれない。
「ここ」
バンに案内してもらったのは、スラム街からそう離れたところではなかった。
「立派な建物ですね」
「だな……余計に腹が立つ」
建物の前に立っている間にも、次から次へとお客さんが中に入っていった。
とてもお金に困っている様子はない。バンからハイポーションを安く買い取らなくても十分のはずだ。
「よし……いくぞ!」
意を決して、中に入った。
「いっらしゃいませ——ってあなたは!」
「あー、お前は!」
お店の奥でニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべている男。
多分、そいつが店主だろう。
店主らしき男は、目を飛び出さんばかりに見開き、俺を指差した。
「……って誰だっけ?」
お前はー! って返したものの、誰なのか覚えてない。
うーん、どこかで見たことあるような気がするんだが……。
「僕のことを覚えていない……だと? この世界中を渡り歩き、ありとあらゆる商品を扱ってきた行商人であるクライド様を覚えていないだと!」
クライド——行商人——。
「あっ」
思い出した。
「確か……ワインを買い取ってもらった人だよな」
「ふ、ふんっ。覚えていて当然でしょう」
店主——クライドは不機嫌そうに腕を組んだ。
クライド。
昔、カリン達にワインを卸そうとした時のことだ。
あまりにワインが高級なものだったから、たまたまイノイックを訪れていた行商人クライドに買い取ってもらうことになった。
あの時は不当な金額で買われそうになったから、色々と悶着があって、普通の金額で買い取ってもらえることになったんだ。
「あんた、行商人じゃないのか? どうして、こんなところでお店を構えている?」
「もう世界中を歩き回るのは疲れましたからね。行商人時代に稼いだお金で、ここゼニリオンにお店を構えた、ということです」
「景気が良いんだな」
「あなたから買い取ったワインのおかげですよ」
ニッコリとクライドは笑みを作った。
……って昔話をしている場合じゃない。
今、すべきことは……。
「なあなあ、クライド。この子を覚えてるか?」
そう言って、バンを俺の前に立たせた。
「ええ、覚えていますよ。確かただのハイポー……『水』を持ってきて、買い取ってくれー、って頼んできた子でしょう。本来なら突き放すところを、特別に買い取ってあげたんですよ」
とクライドはしらを切った。
クライド程の商人が、俺が渡したものをハイポーションだと見抜けないわけがない。
というか「ハイポー……」と言いかけてたしな。
「あの水——というかハイポーションは、俺がこの子にあげたものなんだ。買い取り値を聞いたけど……ちょっと安すぎないか?」
「おやおや、ハイポーション? 違いますよ。その子が持ってきたのは、ただの水ですよ。ククク……」
クライドは意地悪に笑った。
「あくまでしらを切るつもりか」
「なにか証拠でも?」
クライドの顔を見ていると、だんだん腹が立ってきた。
確かに証拠なんてない。
もうバンはハイポーションを手放してしまったんだ。もう現物は他のお客さんに買われたかもしれない。
「ならこっちにも考えがある……」
俺はそう言いながら、店内を歩き回った。
「ちょ、ちょっと……なにも買わないのに、あまり長居しないでくださいよね」
クライドが止めようとしてきたが、そんなのは無視だ。無視。
そこで——俺は店の奥に飾られている、一際キレイな石を見つけた。
「キレイな石だな」
「そ、それは——!」
クライドの顔が歪む。
俺はそっと、その石に手を触れた。
『女神の嘆き涙
種類:魔石
レア度:S』
【スローライフ】スキルには、鑑定の効果もあるのだ。
石に触れた瞬間、その情報が頭に流れ込んできた。
「さ、触らないでください! それは高価な魔石なんですよ? やっとのこさ見つけて、お金持ちにでも売り払おうと思っていた……」
慌ててクライドが俺と魔石の間に割って入った。
それならこんなところに飾るなよ……と思ったが、一種の客寄せとして『女神の嘆き涙』を利用しているのかもしれないな。
「なあなあ、リネア……ちょっと、外から小石を拾ってきてくれないか?」
「は、はいっ!」
リネアが急いで外に出て行く。
「なあなあ、クライド。この石ってかなり高価なんだよな」
「そ、そうですよ! ああ、指紋が付いている! こうなったら、迷惑料をもらいますからね!」
「この魔石がそんなに高価じゃなくなったら——困るよな?」
「な、なにを言ってるんですか。そんなの、当たり前じゃないですか。それを仕入れるのにどれだけお金がかかってると思うんですか!」
「そうか——」
そんなことを話していると、
「ブルーノさーん。小石、拾ってきましたよー」
リネアが戻ってきて、なんのヘンテツもない小石を持ってきた。
「おっ、ありがとうリネア——じゃあこれを早速」
小石を両手でギュッと握った。
「い、一体なにを……?」
クライドが不審げな目で見てくる。
「見てからのお楽しみさ」
そっと握った手を開き、ただの小石をクライドに手渡した。
「な……こ、これは女神の嘆き涙!」
小石を持って、クライドは床に尻餅をつく。
そうなのだ。
ただの小石を使い、【スローライフ】で女神の嘆き涙に変化させたということだ。
これも『生産』の一部になるだろう。
生産職っていうのはスローライフの醍醐味だからな。
「これだけじゃないぞ。俺はいくらでも女神の嘆き涙を作ることが出来る。これを他のお店に渡せば——?」
「そ、そんなの! 僕の店にある女神の嘆き涙が値崩れする……ハッ!」
「そういうことだ」
俺はクライドから女神の嘆き涙を取り、ポンポンと上に放り投げた。
希少だから高価になるのだ。
それを大量に市場に流してしまえば、わざわざこんな石に大枚を払ったクライドはメチャクチャ困るだろう。
ジッとクライドの目を見る。
やがて、クライドは観念したように、
「……先ほど男の子が持ってきた水……いえ、ハイポーション。もう一度、査定させていただきます」
と力ない声を出したのであった。
「それでいいんだ」
その後。
ハイポーションを適切な値段で買い取り直してもらい、それをバンに渡した。




