123・ドラゴン親子、お留守番をする
おっさんがゼニリオンで奮闘している一方——。
「おねーちゃん、遊んでーなのだー」
「ほほう? 我の遊戯に付いてこれるかな?」
ドラママはドラコと鬼ごっこをしていた。
「いくぞ——!」
「行くのだー!」
家の外に出て、ドラママは素早く動き回る。
その動きは普通の人間なら追いつけないくらい、俊敏なものであった。
しかし、そこはドラコもドラコ。
神竜の子の身体能力は凄まじく、ドラママのお尻に手が触れる。
「おねーちゃん、捕まえたのだー」
「なかなかドラコも成長したな」
嬉しそうにはしゃぐドラコの頭を、ドラママはくしゃくしゃと撫でてやった。
もっとも、鬼ごっこはさすがに手加減してやったのだが……。
日に日に成長していく我が子を見ていると、つい嬉しくなって遊びにいつまでも付き合っていたくなった。
「おとーさんとおかーさんはまだ帰ってこないのかー?」
「お父さんとお母さんか……」
ドラコの本当の母親はドラママなのである。
まだドラコに聞かせるのは早い、と三人で話をして内緒にしている。
とはいえ——やはりブルーノやリネアを父母だと思っているドラコを見ていると、ドラママは複雑な気分となった。
「もう少しで帰ってくる」
「本当なのだー?」
「ああ。心配せずとも、すぐに帰ってくるさ。それともドラコはあれか? 我と一緒にいるのは嫌か?」
内心ドキドキしながら、ドラママはそう問いかけた。
だが、ドラコはパッと笑顔になって、
「嫌じゃないのだー! おとーさんもおかーさんも大好きだけど、おねーちゃんも大好きなのだー! おねーちゃんとずっと遊んでいたいのだー」
「——っ!」
その声を聞いて、ドラママは喉からなにか込み上げてくるものを感じた。
(良い子に育ってくれた——)
「おねーちゃん? 泣いているのだー?」
「——な、泣いてなどいない!」
そうは言うものの、ドラママは目をゴシゴシとやって、
「よし。遊びもそろそろ終わりにして、晩ご飯を買いに行こうか」
「行くのだー!」
ドラコがドラママに抱きついてきた。
しばらく、ブルーノの料理を食べられないのは、少々寂しいものがある。
しかし二人が帰ってくるまで、この家を守ることを言いつけられたのである。
ここで弱音を吐いてはいけない。
そう自分に言い聞かせ、市街に向けて出発した。
そう——これはドラコとドラママのお留守番のとある一日である。
「いっぱい買ったのだー」
「だな」
「今日はなにを作ってくれるのだー?」
ドラママの隣を歩きながら、ドラコは目をクリクリさせる。
「今日はオムライスにしよう」
「昨日も食べたのだー!」
「嫌か?」
「そんなことないのだー。わたしは、おねーちゃんのオムライス大好きなのだー」
ちなみに——オムライスはブルーノとリネアが出て行く前、教えてもらった料理である。
これなら、ドラママにも作れるだろうと。
神竜として人里離れた場所にいた頃は、料理なんてしたことがなかった。
そこらへんを歩いたり飛んだりしているモンスターを、丸呑みである。
だが、ブルーノの料理に出会って「少しは味にも気を遣おうかな?」と思うドラママであった。
「おいおい、知ってるか……?」
家路を歩いていると、主婦らしき二人が立ち話をしていた。
「最近、この辺り一帯を荒らし回っている盗賊団がいるって」
「嫌だねえ。ここらへんも物騒になってきた」
「だな。隣町がやられたらしい」
「ということはそろそろイノイックにも?」
「だから用心しておかないとね」
「冒険者ギルドには頑張って欲しいところだねえ」
そんな物騒な話が聞こえてきて、ついつい聞き耳を立ててしまう。
「おねーちゃん、とうぞくだんってなんなのだー?」
「泥棒のことだ」
「泥棒! 泥棒はいけないことなのだー」
「そうだな。我達も気をつけなければならない」
「泥棒なんかやって来たら、わたしがやっつけてやるのだー」
「ははは。その意気だ」
盗賊団か……。
心配はいらないと思うが、万が一ドラコになにかあったらどうしようか。
それにブルーノ達から留守を預かっている者として、泥棒が家に入られるなど言語道断である。
(——もしやってきたら、我が八つ裂きにしてやるわ)
そして夜。
「むにゃむにゃ、もう食べられないのだー」
やっとドラコが寝付いてくれたので、ドラママも寝入ることが出来る。
「今日のオムライスは我ながら上手く出来たな……」
おかげで、卵を三十個も使ったオムライスは二人によって、なくなってしまった。
二人共、神竜ということもあって大食いなのだ。
「ああ……いっぱい食べたからなのか、眠くなってきた」
だんだんと瞼が重くなってきて、ドラママが自然と眠りに落ちた。
「……おい、この家……」
「ああ……こんな立派なら……金目のもの……ある……」
不穏な気配を感じ、ドラママは意識を覚醒させる。
(誰だ?)
一階の方から声が聞こえた。
すぐに起き上がって様子を見に行くことも可能だったが、ドラママは考えがあり布団の中で丸くなる。
トントン——。
階段を上がるような音。
三人——いや、四人分だ。
やがて——。
「金目のものはどこだ?」
「【暗視】スキルを持ってんだろ。なにかないか?」
「うーん……この部屋にはなさそうだが……」
布団で体を隠しているドラママに気付く様子がない。
(どうやら泥棒のようだな)
昼間、街で聞いた盗賊団かもしれない。
このままでは家が荒らされてしまうだろう。
そうなると、ブルーノにもリネアにも顔向けが出来ない。
ドラママは撃退しようと布団から起き上が——、
「んー、なんなのだー? なにか音が聞こえるのだー」
——ろうとした瞬間。
隣でドラコがまぶたを擦りながら、上半身を起こした。
「なんだ、人がいやがったのか?」
「人の気配はしなかったが……」
「子どもか。じゃあさらおう。さらって、奴隷商人でも売り払おうじゃないか」
盗賊団は「グヘヘ」と笑いながら、ドラコに近寄ってきた。
「なんなのだー、お前たちはー」
「へっへへ。おとなしくしときな、お嬢ちゃん。おとなしくてたら、怪我はさせねえから」
「もしかして……お前達、泥棒だなー」
「ははは! そうだ、俺達は泥棒だ! 泣く子も黙る盗賊団『パッシング』だ! 怪我したくなかったら、変な真似するんじゃねえ……!」
盗賊団の一人がドラコに触れようとした矢先であった。
「んんん! 泥棒は——わたしが倒すのだー!」
ドラコがそう叫び。
屈強な男を放り投げてしまった。
「「「あ、兄貴ぃ?」」」
残りが壁に叩きつけられている男に気を取られている。
「……貴様等。よく、我の住処を荒そうとしたな。なかなかの度胸だ」
その時を見計らって、ドラママはドラコを守るようにして立ち塞がった。
「な、なんだてめえは!」
格下が。
同じ空間にいるのに、ドラママとドラコの気配に気付かない野郎達だ。どうせ大したことがない。
これくらいなら、ドラコは絶対に負けない。
子を信頼したからこそ、ちょっと様子を見たが……予想以上に弱いようだ。
「動くんじゃねえ! てめえも奴隷商人に売り払って——」
「アイス・ブレス!」
向かってくる男共にドラママは「ふうーっ」と口から冷気を吹きかけた。
すると——盗賊団達の体が凍り付いてしまったのだ。
「ふん。口ほどにもない」
「おねーちゃん、わたしが泥棒を倒したのだー。おとーさんとおかーさんに教えたら、褒めてくれるのだー?」
「ああ、褒めてくれるよ。よくやったね」
「おねーちゃんもめっちゃ強いのだー!」
ドラコが抱きついてきたので、ドラママは褒めながら頭を撫でた。
街を恐怖に陥れていた盗賊団。
それはとある最強親子の二人によって、成敗されることになったのであった。




