121・おっさん、神様ランチを振る舞う
それからバージル公爵の前に、次々とメニューの料理が並べられていった。
「あ、温かい……これは本当にコーンスープなのか? 身体の芯までポカポカしてくる。故郷を思い出すな」
「オレンジ……ジュース……? 私はお酒も好きなんだがな。こんな子供だましのジュースで……って美味しい! しかも飲みやすいぞ!」
どうやら、俺の料理はバージル公爵になかなかの好評のようであった。
まだ早いかもしれないが、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「美味しい、美味しい、美味しい……これぞ神の思し召しだ。アドルフにもまた食べさせてあげよう……」
一緒になって料理を口にしているエイブラムも涙を流していた。
こいつはいつも大袈裟なヤツだ。
「こちらが——主菜のお子様ランチになります」
そして、とうとうフルコースのメインであるお子様ランチが二人の前に並べられた。
「お、お子様ランチだと……?」
それを見て、バージルは目を細める。
「ククク。お子様ランチなど、何十年ぶりかになるかのう。この旗は……ベネヴィア地方の国旗……?」
チキンライスに小さな国旗を差している。
エイブラムにはローレシアの。バージルにはベネヴィアの、だ。
「まるで童心に返ったようだな」
エイブラムもミニ国旗をマジマジと見て、声を漏らした。
「うむ……しかし肝心の味が美味しくなければならぬ」
バージルはフォークでミニハンバーグを持つ。
「見た目は合格だ。香りも良い。しかし肝心の味が悪ければ、テーブルを引っ繰り返させて……って、旨ぁぁぁぁあああああい!」
ハンバーグを一口した瞬間、バージルは目を見開いて再び椅子から立ち上がった。
どうして、わざわざタメたんだ?
バージルは他のエビフライやチキンライスを食べていって「旨い、旨い、旨い!」と声にしていた。
ああ、ケチャップが口の周りに付いている。
まるで子どものようだ。
「旨い……これぞ神の料理だ。私は今、神を目にしている……! 子どもの頃の記憶が……甦る……!」
エイブラムはお子様ランチを食べたのが二度目のはずなのに、また同じような反応を見せていた。
カチャカチャと、フォークと食器が当たる音が空間にこだまする。
「お子様ランチなのに、どうしてこんなに旨いのだ! 一体……このお子様ランチは本当に『お子様』なのか!」
「公爵。お言葉ですが、違いますぞ」
「と言うと……?」
「これは王様ランチでございます」
またエイブラムが変なことを言い出した!
「うむ、王様ランチか」
「さようです」
「しかし……王様という言葉でも、この料理の美味しさはまだ伝わらないだろう。どうだろう、これは神様ランチと名付けては」
バージルも変な返しをしてきた!
どんどん大袈裟になっていく料理名を聞いて、俺は内心ヒヤヒヤしていたが、
「おお、神様ランチ……」
「神様ランチ、マジ神様」
「出来ることなら、私達も後で食べさせてもらいたいな……」
隣を見ると、エイブラムの従者達が「神……神……神……!」と呟いていた。
いや、エイブラム側ではない。
向こうの方を見ると、バージル側の従者もヨダレを垂らしている。
そんなに食べたいなら、後で従者用に作ってあげてもいいかもしれない。
「げっぷ。神様ランチ、実に美味であった」
バージルの前のお皿が空になっていた。
あっという間にお子様ランチ(二人の言葉を借りるなら、神様ランチ)をたいらげてしまったらし。
「しかし公爵。まだこれでフルコースを終わりではないですぞ」
「うむ。デザートが残っているのだな」
「はい——」
と——休む間もなく、最後のデザート——アイスクリームが二人の前に置かれた。
「アイスクリームか……ククク。神様ランチにポテトスライス。まるで子どもが食べるようなフルコースであるな」
スプーンでバージルはアイスをすくい上げる。
「見た目は合格だ。香りも良い。しかし肝心の味が悪ければ、テーブルを引っ繰り返させて……って、旨ぁぁぁぁあああああい!」
同じような台詞、反応をして椅子から立ち上がったバージル。
だから……どうして、いちいちタメを作るんだっ?
まあ気に入ってくれたなら、良いけど。
——そして、料理人としてはドキドキの食事会が終わり。
「美味しかった……」
バージルの口からゲップが飛び出す。
バージルは椅子にもたれかかって、そっと目を閉じていた。
フルコースの味を舌の上で思い出しているのだろうか。
「いかがでしたかな……公爵」
「言わなくても分かるだろう。最高の料理だった。このような料理、長い人生の中で初めて食べた」
「……! 気に入っていただけたようで、幸いです」
エイブラムは極めて冷静さを装って、頭を下げた。
しかし俺にはエイブラムの心の声が聞こえてきそうだ。
『良かった! これで経済戦争は回避出来たね!』
なんて。
「それでエイブラムよ。一つ質問させてもらっていいかな?」
とバージルは目の色を変えた。
「……なんですかな?」
「この神なる料理のフルコース……を作った料理人はどこにおる? 一言礼を言わせてもらいたい」
やはりきたか……!
礼なんて言ってはみるものの、隙あらば自分んとこでお抱えの料理人にしようと企んでいるに違いない。
バージルからは物言わせぬ雰囲気が感じ取られた。
しかし。
「むむむ……すみません。料理人はこのフルコースを作った後、どこかに消え去ってしまいました」
「ほう? それはどういうことだ?」
「実はイノイックお抱えの料理人ではなかった、ということです。公爵様にご満足していただけるよう、私が頼んだ傭兵……のような料理人なのです」
「なんと! それは誠かっ?」
「はい。本来ならば、こちら側の料理人を使うのが筋のところ。しかし、それも公爵様にご満足していただけるよう、最善を尽くしたからです。どうかご理解を……」
「それはいいのだが……」
しょぼーん、と明らかにバージルが落胆しているのが目に分かった。
なんとか騙せたようだ……。
エイブラムが圧力に負け、喋ってしまう危険性もあったからな。
筋は通す男らしい。
「ちなみに、その料理人の名は?」
バージルがエイブラムに質問する。
「……さすらいの料理人。料理を作っては、素性も明かさずどこかに消えていく……本人は『エヴァン』と名乗っておりましたな」
「素性も明かさず……か。エヴァンというのも偽名なのだろうな」
はい。ここに来るまでの馬車の中で、エイブラムと考えた設定です。
「しかし残念だ」
バージルが嘆息を漏らし、声に悔しさを滲ませる。
「ここまでの料理を作った料理人。出来れば、私のお抱えの料理人にスカウトするつもりであった」
やはり考えてたのか!
「それが出来なくても、願いの一つや二つ——叶えてやってもよかった。それ程、私はこの料理に感動したのだからな」
「私も——エヴァンの料理に感動した者です」
「うむ。このゼニリオンにエヴァンの銅像の一つや二つ作ってもよかった」
「それは私もです。ローレシア地方の至るところに、銅像を建てるつもりでした」
「ほう。エイブラム伯爵とは気が合うな」
「有り難きお言葉」
エイブラムとバージル——二人のおっさんが向かい合って「ふふふ」と笑い合っていた。
どこか通じ合うところがあったんだろう。
まあ、どうやら食事会が大成功に終わったようでまずは一安心なのであった。




