119・おっさん、ゼニリオンに辿り着く
そしてとうとう公爵との食事会当日となった。
場所はゼニリオンで行われることになった。
なので、俺もエイブラムと一緒にゼニリオンに付いていかなければならない。
「リネア。一緒に来てくれるかな?」
「はい!」
一人じゃ心細かったので、リネアも連れて行くことにした。
「じゃあドラコ、ドラママ、行ってくるよ。良い子にしてるんだよ」
「ううー、わたしも行きたいのだー!」
「ほら、ドラコよ。あまりおとーさんを困らせるのではないのだ」
手足をバタバタとさせるドラコを、ドラママが押さえている。
悪いけど、ドラコは今回お留守番だ。
伯爵の従者の人も含めると、かなりの人数になってしまうからだ。
まあこういうのもたまには良いだろう。
「うむ。行くとするか」
とエイブラムが告げる。
その後、俺達は馬車に三日間揺られ、やっとのこさ商業都市ゼニリオンに到着したのであった。
「わあ、ここがゼニリオンなんですね。いっぱいお買い物出来そうです!」
「リネアはお買い物が好きだもんな」
「ブルーノさんは落ち着いてますね? ゼニリオンに訪れたことがあったんですか?」
「ん……ま、まあ昔な」
久しぶりに訪れたゼニリオンは、昔の記憶にあるものと同じくらい活気に満ちていた。
街並みは整っており、イノイックに比べて洗練されている。
一方、道にはみ出るようにして露店が出ている区画もあり、人々の熱気が伝わってくるようだった。
「…………」
「おい、リネア。大丈夫か」
見れば、リネアが頭から煙を出して、ふらあとなっていた。
俺は倒れそうになったリネアの体を支える。
「ふええ……こんなに人が多いのって。私、久しぶりでして。人がいっぱいいるのを見たら、なんだかクラクラしちゃって……」
「人酔いってヤツか」
俺もイノイックから出るのは久しぶりだったので、リネアの気持ちが分からないでもなかった。
それから俺達はエイブラムに導かれるまま、街の中央に向かって進んでいった。
すると、一際大きいお屋敷が現れる。
「ここが公爵の館だ」
大体予想は付いてたけど、庭も広くていかにも『お金持ち』って感じだ。
そりゃそうか。
ゼニリオンを含むベネヴィア地方の領主でもあるんだからな。
これくらい、そう驚くこともないか。
しかし。
「ほわー、大きいですぅ」
リネアが館を見上げて、声を漏らした。
もしかしたら、こんなに大きい建物を見るのが初めてなのかもしれない。
「では入るとするか」
エイブラムの後に続いて、公爵の館へと入っていった。
まずエイブラム伯爵はバージル公爵に挨拶をするらしい。
本来ならば俺も顔を合わせるのが筋だったのかもしれないが、それはしない。
何故なら……今回の件を受けるにあたって、公爵に素性を知られないことが条件だったからだ。
なので、俺は一足早く用意された部屋でくつろいでいた。
そして一時間くらいが経過した時だろうか。
「ただいま」
自分の部屋でもないんだからその言葉はおかしいかもしれないが。
クタクタ、といった感じでエイブラムが部屋に戻ってきた。
「どうだった?」
「うむ。公爵の機嫌も良さそうだ」
「それは良かった」
「会食は夜に行われることになる。なので、それまで各々自由時間としよう」
とエイブラムが言った瞬間、リネアが手を合わせ目を輝かせた。
「ブルーノさん! 買い物! 買い物に付き合ってください!」
「うーん……よし。分かった」
本当は料理の仕込みをしておきたかったが。
まあ、まだお昼にもなってないから時間はたっぷりある。
それから仕込みをしても遅くないだろう。
「じゃあ伯爵。ちょっと外に出るよ」
「うむ」
それからリネアとゼニリオンの街中を歩き回った。
「見て見て、ブルーノさん! あんなところに美味しいものが!」
「このイヤリングとっても可愛い!」
きゃあきゃあはしゃぎながら、ゼニリオンを歩き回るリネアを見ていると自然と癒された。
そしてお昼を回ろうかとした頃。
「そろそろ帰ろうか。食事会の仕込みしなくちゃならないし」
「そうですね!」
ほくほく笑顔のリネア。
ちなみに——カリンフードで働いて給料ももらったので、俺達の財布の中はまあまあ豊かになっている。
リネアが買った服や装飾品が入った袋を俺は両手で持って。
バージル公爵の館へ戻ろうとした。
そんな時……。
「すいません……お金を……お金を恵んでくれませんか……?」
と服をちょいちょいと引っ張られた。
「ん?」
後ろを振り返る。
そこには、小さな男の子が桶を片手に俺の服の裾を持っていた。
「お金を……お金を恵んでください。観光客の方ですよね? 僕……お金を恵んでくれないと……このままじゃ、飢え死しちゃいそうで……」
男の子の声に元気がない。
服もボロボロで薄汚れており、髪もくしゃくしゃだった。
ここで急にポテンと倒れてもおかしくないだろう。
「ブルーノさん……この子は……」
「ああ。そうだな」
いわゆる——物乞いと呼ばれる子どもだ。
「どうしてですか? ゼニリオンは豊かな都市なんでしょう? それなのに……どうして、こんな小さな子どもが物乞いに?」
「貧富の差が激しい……ということだよ」
そうなのだ。
俺も勇者パーティーにいた頃に、何回かゼニリオンを訪れていたので、この辺りの現状は分かっているつもりだ。
ゼニリオンはお金持ちも多い。
公爵なんてその最たる例だ。
しかし——光あるところに影がある。
こうやって、今日食べるご飯にも困っている人達もたくさんいる。
そういう人達はゼニリオンでも目立たないところで、ひっそりと暮らしているという。
「お金を……お金を……恵んでください……」
男の子は声を振り絞って、桶を差し出す。
この中にお金を入れてくれ、ということだろう。
だが、桶の中にはたった一枚のコインも入っていなかった。
「ブルーノさん——ちょっとだけなら、あげてもいいんじゃないですか? 買い物しましたけど、もう少し財布の中には残っていますし」
「いや」
そんなことを気休めにしかならないだろう。
この子が一生食えるだけのお金があるなら別かもしれない。
しかし生憎買い物したばかりなので、俺達もそれ程手持ちがない。
ここで少しばかりのお金を渡しても、この子はまた今日と同じようにやるに違いない。
だから、男の子にお金をあげるのはただの自己満足。
『俺達、良いことしたよな」
と思うだけなのだ。
だが——。
「やらない善より、やる偽善——という言葉もあるしな」
とはいっても、お金を持っていないのは事実である。
だから——桶に手の平を掲げる。
「ハイポーション……出てこい!」
ゴボッ。
ゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボッ!
ハイポーション湧いてきて欲しいな−、と念じた。
すると瞬く間に桶の中がハイポーションでいっぱいになった。
「えっ……急に水が?」
「水に見えるけど、これはハイポーションだ。これを道具屋かギルドにでも持っていきな。これだけあったら、高く買い取ってくれるはずだから」
「…………」
当初、男の子は疑いの目を向けてきた。
だが。
「うん……! ありがとう」
ぼそっと言って、俺達の前から去っていった。
「なんだかんだいって、優しいですね。ブルーノさん」
「ああ。まあ気休めにしかならいけど」
「けど、そういうブルーノさんが私は好きですよ」
走っていく男の子の背中を見て思う。
ああいう子達はこの街には溢れかえっている。
——それを、俺の力でなんとか出来ないか?
「……まあそれは後で考えるとしよう」
なんせ今はバージル公爵のことで頭がいっぱいだ。
さっきの男の子は気にかかったが、とりあえず頭の隅に置いておいて、早く館に戻るとするか。




