117・おっさん、スープを作る
さて、フルコースを完成させるまでに後二つときていた。
主菜は最後に考えよう。
となると、次はスープなのだが……。
実はそれについては、少し考えがあった。
「よし、リネア。そろそろ収穫時期だ。外に出よう」
「はいっ! 久しぶりに家庭菜園ですね。私、収穫を楽しみにしてました」
「わたしも手伝うのだー」
リネアとドラコが手伝ってくれることになった。
俺達は外に出て、収穫することにした。
「もう、こんなに生えてるんですね!」
「昨日、種をまいたのにすごいのだー」
もちろん、【スローライフ】の効果である。
スローライフに関することを過度に実現する。
このスキルのおかげで、こんなにも早く収穫することが出来るのだ。
——トウモロコシをな。
「早速収穫していこう」
緑色の雌穂が、俺の身長くらいまで伸びていた。
うん、よく成長してくれている。
俺は雌穂に近付き、
「これを取っていけばいいんだよな?」
「ですね」
緑色の皮に覆われているトウモロコシを手に取った。
俺はそれをむしって、皮をむいてみる。
すると……。
「うん。ちゃんとよく出来ている」
「わあ、美味しそうですね」
「わたしに食べさせてーなのだー」
一つ一つの粒が黄色く、新鮮なトウモロコシが顔を現した。
俺は軽く土を払ってから、トウモロコシをドラコに手渡す。
ガブッ。
ドラコはそのまま、トウモロコシにかじりついた。
「甘いのだー!」
「ブルーノさん、私も私も!」
「はいはい。そんなに慌てなくても、まだまだあるから」
他のトウモロコシをリネアに渡した。
「う〜ん! 収穫したばっかのトウモロコシってこんなに美味しいんですね!」
「俺が愛情込めて作ったからな」
「おとーさんはトウモロコシ作りもすごいのだー」
……まあ、種をまいてから一日しか経ってないけどな!
愛情というものは、必ずしもかけた時間に比例するものではないのだ。
そう思うことにしよう。
「じゃあ俺も……」
ガブガブ。
みんなにならって、トウモロコシにかじりつく。
うん、これだったら最高のスープが作れそうだ。
「ブルーノさん。これで一体なにをするつもりですか?」
「焼いたら、もっと美味しそうなのだー」
「ドラコ、焼きトウモロコシってことか。うん、それも良いかもしれない。いっぱい収穫出来そうだから、リネアも作って欲しいものがあったら言っていいぞ」
「だったら私はバターコーンを……」
「了解した」
しかし焼きトウモロコシだったりバターコーンを作りたいから、久しぶりに農業をしたわけではない。
俺が作りたいのはトウモロコシを使ったスープなのだ。
「よし。この調子でガンガン収穫していこう。今日もディックとマリーちゃんを呼んで、トウモロコシパーティーをしよう」
「はい!」
「楽しみなのだー!」
「はい、おまちどおさま」
収穫したばっかりのトウモロコシで作ったのは——コーンスープだ。
コーンスープの入ったお皿を人数分置く。
もちろん、コーンスープだけじゃ腹が空くだろう。
パンも用意したし、ドラコやリネアが欲しがっていた焼きトウモロコシとバターコーンも用意した。
「あったかいですぅ……」
コーンスープをスプーンをすくい上げて。
一口した瞬間、リネアはとろけ顔になった。
「優しい味だな」
「安心するのだー」
ドラママとドラコも褒めてくれた。
トウモロコシパーティーのために呼んだディックとマリーちゃんも、幸せそうな顔をしている。
コンセプトとしては『安心する味』だったので、そういう反応が得られたことは嬉しかった。
という感じでトウモロコシパーティーを楽しんでいたが——。
「すいません! おっさん様、助けてください!」
突然——扉をノックする音と共に、剣呑な声が聞こえた。
「はい?」
折角のトウモロコシパーティーなのに、嫌な予感がする!
とはいっても、無視するわけにもいかないだろう。
扉を開けると、息を切らした男が立っていた。
「一体なんだ? 慌ててるみたいだけど……」
確かこの男は冒険者ギルドの職員だっけな?
ギルドで見たことがある……ような気がする。
「じ、実は……冒険者の中でクエスト中に氷魔法にかかった人がいまして」
「ほお」
「それで右足が完全に凍ってしまっているんです。このままじゃ、右足が使いものにならなくなってしまうかもしれません!」
冒険者にとって、右足が使えなくなるのは致命傷だ。
冒険者として引退しなければならない。
それだけではない。
右足が使えないとなったら、日常生活にも支障をきたすし、まともな仕事にも就けないかもしれない。
「イノイックにも治癒士がいるだろ? その人に頼めば……って、もうとっくに頼んでるんだよな」
「はい……ですが、かなり強力な氷魔法を浴びたらしくて……右足の氷が溶けないんです!」
まあ、すぐに思いつくようなことはもう試してるということか。
「ブルーノさん……」
いつの間にかリネアが隣に立っていて、俺の顔をジッと見つめていた。
ああ……分かってるよ。
俺だって、すぐ近くに困った人がいるとなって、見過ごす程残酷なヤツでもない。
「分かった。じゃあすぐにその人のところに行こう」
というわけで、職員と一緒にギルドまでやって来た。
「おっさん様!」
「英雄おっさん!」
「神!」
俺がギルドにやって来た瞬間、キラキラした瞳をみんなが向けてきた。
ドサクサに紛れて握手を求めてくるヤツもいたが、今は応えている場合じゃない。
「この人か?」
ベンチに寝かされている冒険者の男がいた。
右足がカチカチに凍ってしまっている。
白くなっていて、もう右足の感覚はほとんどないに違いない。
「おっさん! 助けてくれ! オレはまだ冒険者でい続けたい!」
切迫した様子で、右足が凍った冒険者が顔を近付けてきた。
「分かった。だからそんなに慌てるな」
「でもどんな治癒魔法も効かなくて……」
「魔法なんかなくても大丈夫だ。これを飲んでみろ」
と男に差し出したのは——お皿に入れたコーンスープである。
アイテムバッグで保温していたので、まだスープから湯気が立っていた。
「……今はそんなことしてる場合じゃないんだが?」
「いいから。飲んでみろ」
不審そうな顔をしていた男であるが、コーンスープを口に付けた。
「おお! 右足が! 右足に感覚が戻ってくる!」
すると、右足を包んでいた氷が徐々に溶けていき、水となって床を濡らしていた。
「どうだ? 歩けそうか」
「ああ……あ、歩ける! オレはまだ冒険者をやれるんだ!」
男は嬉しそうにその場で飛び跳ねていた。
ふう……上手くいったか。
どうして、コーンスープを飲ませただけで氷を溶かすことが出来たのか——今更、説明も必要ないだろう。
そうです。これがスローライフです。
「さ、さすがおっさん様だ!」
「神に不可能はないのだ!」
「す、すごすぎる! その神のスープをオレにも飲ませてくれ!」
一件落着かと思ったら、俺のコーンスープを求める人達が押し寄せてきた。
しかし俺は慌てない。
何故なら、こんなこともあろうかとアイテムバッグに百人前以上のコーンスープを入れておいたからだ。
「はいはーい、押さない! スープならいっぱいあるから!」
グルメな公爵に出すのは、氷をも溶かすコーンスープで決定だ。
本日、書籍版が発売になります!
もしお見かけしたら、手にとっていただけると幸いですー!




