114・おっさん、また人助けをすることになる
「それで……ここまで来た理由はポテトスライスを買いに来ただけか?」
「うむ」
エイブラム伯爵はポテトスライス……ポテスラの袋を片手に持ちながら、神妙に頷いた。
「ポテスラを買いに来たのが一番の理由だが、実はそれだけではないのだ」
「というと?」
「うむ……パリパリ。一ヵ月後にバージル公爵との食事会が開かれるのだ」
「バージル……公爵?」
「どうだ? 大変なことだろう? パリパリ」
そんなこと言われても、バージル公爵が誰なのか分からない。
「バージル公爵……! あのベネヴィア地方を治めている貴族……!」
俺は全く分からないが、どうやらイーリスには心当たりがあるらしい。
さすがイーリスだ。知識が豊富である。
「成る程。だったら、なかなか気を遣う食事会になるかもな」
バージル公爵が誰なのかは分からないが、ベネヴィア地方がなんなのかは分かる。
ベネヴィア地方。
商業都市ゼニリオンを抱える地方である。
さすがに王都の規模には及ばないが、商業都市ということもあり人も多く活気に満ちている場所でもある。
世界中の商人達が「一度はゼニリオンで商売したい」と夢見る場所と聞く。
俺も勇者パーティー時代にゼニリオンは訪れていた。
どんな武器や防具、アイテム——そして料理。あらゆるものがゼニリオンに集まってきているのではないか? と錯覚してしまうくらいたくさんの物で溢れている場所でもあった。
そういうこともあり、ゼニリオンから取れる税収は莫大なものになるだろう。
というわけで、ベネヴィア地方はこの世界でも有数の『お金持ち地方』とも呼ばれている。
「パリパリ。私はローレシア地方の領主と言えども、所詮田舎領主だからな。パリパリ。ああ、一ヵ月後に控えるバージル公爵との食事会を考えると胃が痛くなるよ。パリパリ」
「とりあえず、ポテスラを食べるのは止めようか」
喋っている間にも、伯爵はポテスラを一心不乱に食べ続けている。
まるで小動物のようだ。
調子が狂う。
「もし……バージル公爵が気分を損ねれば、ローレシア地方は滅びてしまうかもしれない。それを考えれば、ポテスラも喉を通らない。パリパリ」
「そんな大袈裟な」
そんなことを言いながらも、ポテスラ食べまくってるじゃないか。
「一概にそうじゃないかもしれませんよ」
とイーリスが俺の言葉を否定した。
「どういうことだ、イーリス」
「ゼニリオンは最大の商業都市です。もしバージル公爵が気分を損ねて、イノイックに商品を流してくれなかったら? もしくはお金に身を任せて、イノイックのお店を全部買収してしまったら? それが可能なくらいゼニリオン……バージル公爵はお金を持っているのですよ」
「ふむ……それはそうかもしれないな」
武器を交える戦争もあれば、血を流さない経済戦争もある。
もしバージル公爵が経済戦争を仕掛けてくれば、イノイックなんて簡単に滅びてしまうかもしれない。
しかし……。
「たかが食事会で、そんなことになるか?」
そう考えれば大袈裟な気がする。
そこまでバージル公爵というのは、気性が荒い人間というのか。
「いや……バージル公爵は温厚な方だ。私がなにを言っても、笑って受け入れてくれるだろう」
「だったら心配事なんてないはずじゃないか」
「しかし……一つだけ、その温厚なバージル公爵が怒る瞬間がある」
「というと?」
「それは……」
空になったポテスラの袋をかしゃっと伯爵は握った。
椅子から立ち上がり、
「不味い料理を……口にした時だ!」
「……はあ?」
思わず聞き返してしまう。
「バージル公爵は私以上に……いや、この世界の誰よりもグルメなお方なのだ! 噂では、レストランで不味い料理を出され激怒し、そのお店を潰してしまった……という逸話もある! そんなお方に不味い料理を出すことは自殺行為なのだ!」
と伯爵は熱弁を振るった。
不味い料理を出されたら、気分を損ねる?
そんな子どもみたいなヤツがいるのかよ。
「いや……いるかもしれないな」
勇者パーティー時代、グルメなヤツってのは何人も見てきた。
さすがにその公爵ほどじゃないが、不味い料理を食べたら明らかに気分を悪くするヤツも多くいた。
それでも、たかが不味い料理を出されたくらいで、経済戦争を仕掛けてくるとは考えにくいが……。
万が一もある。
伯爵が心配になる気持ちも分かった。
「だったら、公爵側にお店を決めてもらうなり、料理を出してもらえばいいじゃないか。それだったら、不味い料理うんぬんの心配はない」
「もちろん、そうしてもらおうとしたさ……しかし! 伯爵は『どうせなら、ローレシア地方にある絶品の料理を食べたい』とおっしゃったのだ! 私もなんとかそれだけは回避しようとしたが……」
「無理だったというわけか」
「そういうことだ」
みるみると伯爵の体が縮んでいくように見えた。
「貴族っていうヤツも大変なんだな……」
伯爵の心配事は分かった。
だが、それとこれとで俺達を訪れてきた理由が分からない。
ん?
料理? ポテスラ?
まさか……。
「お、おい! まさかバージル公爵とやらにポテスラを食わせるつもりはないだろうな?」
「そのまさかなのだ。パリパリ」
二つ目の袋に手を付けながら、伯爵は首を縦に動かした。
「伯爵ということを抜きにして言わせてもらう」
「ん?」
「あんたバカなのか! グルメな貴族にただのおやつを出したら、余計に気分を損ねるだけだろうが!」
いや、俺もリネアと作ったポテスラには絶対の自信がある。
でもおやつだぞ?
見た目だけで、バージル公爵は口を付けず怒り出すかもしれないじゃないか。
なんで食事会にただのおやつを出すんだ! って。
「もちろん、そのことも考えています」
俺が呆れていると、後ろに控えていた丸メガネの男(どうやら書記官らしい)が口を挟んだ。
「このポテトスライスなる料理は絶品だ。グルメな公爵の舌を絶対に満足させられるものだと確信している。海を切り割き、大地を振るわすポテトスライスなる料理に不可能はないだろう」
「いや、それは言い過ぎだろ」
「そして……ブルーノ様とおっしゃいましたな? ブルーノ様に正式に依頼を出したい。ポテトスライス以外にも、公爵の舌を満足させられる料理を考えてくれませんか?」
「お、俺が?」
自分を指差すと、丸メガネの男は「うむ」と真っ直ぐ俺を見つめた。
「そんなの、お抱えのコックなりローレシア地方一番の料理人なりに頼めばいいじゃないか」
だって、俺。
ただのスローライフを営むおっさんですから。
「いえ、ローレシア地方中のコックは全員逃げ出しました。公爵の舌を満足させられる自信がない、と」
「プライドもなにもないんだな!」
「しかし……仕方ありません。それほど、公爵は手強い方なのですから」
断ろうと思った。
どうして、ただのおっさんである俺がそんな責務を背負わなければならないのか。
しかし。
「た、頼む! 世界一のコック……ブルーノよ! ポテスラを含め、公爵の舌を満足させる料理を作ってくれ!」
伯爵は床に膝を付け、そうやって頭を下げた。
片手にはポテスラの袋を抱えたままだけどな。
「ちょ、ちょっと!」
たかがおっさんに、伯爵がそこまでするかっ?
どうやらかなり切羽詰まっているらしい。
「……仕方ない。しかし一つだけ条件を付けさせてくれ」
「もちろん、報酬なら糸目を付けませぬぞ」
「いえ、お金はなくてもいいんだ。ただ……もし、公爵に『料理人は誰だ?』と言われても、俺のことは絶対に隠してください」
「どうしてだ? もしかしたら、公爵お抱えのコックになれるかもしれないんだぞ」
「だからです」
だって、貴族お抱えのコックって、つまり雇われ人だろ?
そんなことになったら、スローライフを送れなくなるじゃないか!
それだけは絶対に避けたい。
「むむむ……分かった。ブルーノのことは、絶対に隠し通すとしよう」
「だったら、その依頼——謹んでお受けします」
……はあ。どうして、俺はこんなことになるんだろうか。
まあ今回、俺は前に出なくてもいいみたいだし。
ただ好きな料理を作って、出せばいいだけだ。
それだけだったら、喫茶店の時みたいに大変なことにならないだろう。
……多分。
「ありがとう! ブルーノよ。そなたには期待しているぞ」
「はいはい」
こうして、俺はまた一つ人助けをすることになった。
グルメな公爵の舌を満足させられる料理か。
ポテスラは前菜にするとして、他になにを作ろうか。
それを考えると、なんだかんだでワクワクしてきた。




