113・おっさん、貴族に出会う
思えば、少し嫌な予感はしていた。
初日にポテトスライスが爆発的に売れてから。
そういうわけで——あれから二週間経過したわけだが、カリンフードは無事に繁盛している。
「押さないで! 押さないで!」
「ポテトスライスなら、まだたくさん残ってるから!」
カリンやマリーちゃんの声が響く。
元々新鮮な野菜や果物を置いているカリンフード。
二号店が開かれたということで、もう最初から成功が約束されているようなものだった。
初日以降も客足は途絶えることなく、それどころかどんどん増えていってるように思える。
最初だけの約束だったが、人手が足りないらしく、俺とリネア。そしてマリーちゃん、ドラコも未だ手伝いに駆り出されていた。
「125……289……」
「はい。合計3250ベリスですね」
俺は繁盛している店内を見て、思う。
——どうして、こうなったっ?
俺はあくまで人助けのつもりだった。
最初だけ慌ただしいものの、どんどん忙しさはなくなっていくと思っていた。
「こういう場面……前にもあったな……」
イーリスと一緒にお客さんの会計をしながら、昔のことを思い出す。
そう——あれは喫茶店の時だ。
あの時も予想以上に人が多くて、あたふたしたんだっけな。
「ちょっと客足が途絶えてきたかな?」
がむしゃらにやっていると、いつの間にか店内は落ち着いていた。
「ふう……繁盛、繁盛、大繁盛です」
「イーリス。疲れてないのか?」
「疲れ? なんですか、それ」
「いや、だから疲れて……」
「そういうのは甘えなんです。ほら、口を動かしている暇があったら手を動かして」
「あっ、はい」
なかなかイーリスって人使いが荒いんだな!
「そういえば、一号店の方はどうなってるんだ?」
カリンとイーリスがこちらに来ている以上、一号店は閉めるしかないのだろうか。
「私やカリン様以外にも、優秀な従業員がいますからね。その人達に任せています」
「そうだったのか。心配じゃないのか?」
「心配? どうして」
「いや、だって……」
「こんな時のために、新人の教育ならみっちりしていますわ。みっちりね」
イーリスが言うと、かなり怖い!
新人教育もスパルタなんだろう。
「それにしても……こんなに人が来るとは思っていませんでした」
「ん、そうなのか?」
「はい。二号店ですからね。一号店を開いている経験から、どれくらいの人数が来店するかは予想してたんですが……」
「見事裏切られた、というわけだ」
「はい。嬉しいことなんですけどね」
口ではそう言うものの、イーリスは無表情である。
イーリスはあまり感情を表に出さないタイプなのだ。
でも感情を表に出しすぎてるカリンと、良いコンビになってると思った。
「それもこれも、ブルーノさんのポテトスライスのおかげですね」
イーリスが前を向いたまま口を動かす。
「まあ、俺もポテトスライスがこんなに売れると思ってなかったよ」
「こんなに美味しいんですから当たり前です。この売れ行きだったら、貴族の方が目を付けそうなんですけどね」
「貴族が? ははは。まさか」
イーリスも冗談を言うんだな。
「冗談ではないのですが……」
不満げに、ほんの少しだけ唇を尖らせるイーリス。ちゃんと見てないと分からないくらい、ほんのだけど。
貴族の野郎というものは、いつも美味しいものを食べているせいで舌が肥えている。
それこそ、宮廷で出されるような料理も食べたことがあるだろう。
それなのに一介のスローライフ民である俺のおやつに、目を付けるとは考えにくい。
「だったら良いなあ……」
しかしこの時の俺。少しだけこう思っていた。
いや、今までスキル【スローライフ】を使っていれば、いい加減俺も物わかりが良くなってくるさ。
こういう時、ことごとく予想と期待が裏切られることを——。
「失礼するぞ」
威厳のある低い声が聞こえた。
俺も含め、店内にいた人達がさっと入り口の方に顔を向ける。
「エイブラム伯爵……!」
隣のイーリスの口からそう名が紡がれる。
カリンフードの入り口に立っているのは、三人の男であった。
一人は腰に剣を携えている。剣士だろうか。
もう一人は丸メガネをかけ、温厚そうな顔をした男。
そして——その二人にはさまれている口髭を蓄えた男。
この中で一番偉そうだ。
「えーっと、誰だ?」
頭を掻いて、思わずそう口からこぼれてしまった。
すると、その男達を見ていた人達が一斉に俺を非難するように見て、
「エ、エイブラム伯爵を知らないのか!」
「さすがおっさん神だ。この地域を収めている伯爵の名も覚えていないとは……」
「『俺は王様にしか興味がない』と言ってた気がするぞ」
だからまた変な話を広げないで!
いや……今回は俺が悪いんだが。
「……ここにこのおやつが売られていると聞いたのだが?」
だが、男——多分一番偉そうにしている男がエイブラム伯爵なんだろう。
伯爵は気分を害した様子もなく、ある袋を掲げて見せた。
「あっ、ポテトスライス」
正しくはポテトスライスが入っていたアイテムバッグ——の小さいバージョンだ。
「うむ。やはり売られているのだな?」
「は、伯爵! こちらに積まれています!」
丸メガネの男がポテトスライスの棚まで行って、指を差した。
「おお、なんと……ポテトスライスがこれだけ積まれている!」
「なんだい、あんたは」
たまたまいたカリンが不審げな顔でエイブラム伯爵を見た。
しかしエイブラム伯爵は止まらず、ポテトスライスを何袋か抱えて。
「た、頼む! このポテトスライスをあるだけ売ってくれ!」
「はあ?」
伯爵が変なことを言い出すものだから、声が出てしまったじゃないか。
「どういうことだ?」
「このポテトスライスという美味なるおやつは、私のところまで聞き及んでおる。一口食べたあの時から、ポテトスライスの味が忘れられないのだ。頼む……! このままじゃ、禁断症状が出てしまうのだ!」
と伯爵は切羽詰まった様子で言った。
「まさか……」
【スローライフ】のせいで、『洗脳』の状態異常を付与しちまったのか!
「ここに来るまでの馬車の中で大変でした」
心配していると、丸メガネの男が伯爵の前に立って、
「『ポテトスライスが食べたい。早く食べさせろ!』と伯爵が駄々をこねていて……」
「子どもかよ!」
どうやら洗脳にはかかってないらしい。
洗脳状態になれば、駄々をこねるだけじゃ済まないからだ。
「でもな伯爵……全部は売れない」
「な、何故だっ?」
伯爵の目がカッと見開く。
普通の男なら、ここで物怖じしてしまうだろう。
しかし——俺は勇者パーティー時代に、王様とかと面会した男だからな!
たかが伯爵くらいじゃ、なんとも思わないのである。
「ポテトスライスはうちの人気商品だ。それなのに伯爵のあんたが買い占めたらどうなる? 食べたいと思っている人達に届かないじゃないか」
「確かに……」
と説明すると、しょぼーんと伯爵が肩を落とした。
「常識の範囲内……ということですね」
どうやら丸メガネの男は飲み込みが早いらしい。
「そういうことだ」
「では一袋買わせてもらっていいですかな? このままじゃ伯爵がうるさくて……」
「もちろん」
丸メガネの男から代金を受け取り、そのまま伯爵にポテトスライスの袋を手渡した。
「おお……!」
まるで宝物を扱うかのように、ポテトスライスの袋を大事に開けた伯爵。
そして一枚、パクリと——。
「う、旨ぁぁぁぁああああい!」
口にした瞬間、伯爵が膝を付いてそう叫んだのであった。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
俺だって、やっぱりリネアと一緒になって作ったものを褒められるのは、嬉しいのだ。
そのまま伯爵も笑顔のまま、ポテトスライスをパリパリ食べ出した。
この伯爵。
なかなか可愛いヤツのように思えてきたぞ。
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