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112・おっさん、初日を終える

 それから、ポテトスライスは飛ぶように売れた。

 そのことに関しては嬉しかったが、閉店まで店内は戦場と化していた。

 マリーちゃんもドラコも——そして、リネアもせっせと働き、一日が瞬く間に過ぎていく。


 そして……。



「ふう! やっと終わったね!」



 お店の入り口に掲げられているプレートを『CLOSED』と書かれている方に引っ繰り返して。

 カリンフード二号店の初日が終わったのである。


「さすがに疲れたな……」


 俺は椅子に座り、天井を見上げながら口にする。


 ス、スローライフとは程遠い一日を過ごしてしまった……。

 けど、まだ自分のお店じゃないということで気が楽だった。


「ブルーノさん。こんなので疲れてるんですか?」


 見ると、イーリスが平気な顔をして俺の前に立っていた。


「イーリスは疲れてないのか?」

「はい。これくらい、大したことではありません」

「体力があるんだな……」

「そうじゃないと、カリン様に付いていけないですよ」


 イーリスの視線の先を見ると、笑顔でそこら辺りを飛び回っているカリンの姿があった。

 どうやら、まだまだ動けるらしい。


「……そうみたいだな」


 カリンに振り回されているイーリスを想像して、同情心が沸いてきたり、少しおかしく感じたり。


 リネアの方はどうしてるんだろ。

 視線を彷徨わせると、リネアは部屋の片隅でぺたっと床に座っていた。


「おねーちゃん、遊んでーなのだー」

「ド、ドラコちゃん……い、今はちょっと休ませて……ちょっと疲れました」

「まだまだわたしは動き回れるのだー」

「子どもの体力って怖い……」


 ドラコに絡まれていた。


 リネアの服を引っ張るドラコを、


「コラ! お姉ちゃんを困らせちゃいけないの!」


 とマリーちゃんが必死に止めていた。


「子どもは元気……というか、ドラコの体力が常識外れなだけだと思うがな」


 なんてたって、ドラコは神竜の子どもなのである。

 可愛すぎて忘れそうになるけど、そんじょそこらの人間じゃ太刀打ち出来ない程の力を秘めている。

 なので、これだけ動き回っても屁ではないのだ。


「よーし! これから、打ち上げでもやろうじゃないか!」


 俺とリネアが疲れ果てている中、カリンは元気よく手を叩いた。


「ちょ……カリン……打ち上げって……マジか?」

「へ? どうして、そういう顔をするんだい」

「だって……打ち上げ出来ないくらい疲れてるし」

「なんだい。打ち上げって楽しいものだろう? 楽しいことをしたら、疲れも吹っ飛ぶはずさ!」


 腰に手を当てて、快活な声でカリンは言う。

 ……こ、こいつ。本気で言ってやがる!


「だから言ったでしょ? これくらいで疲れてたら、カリン様の相手は出来ないって」


 イーリスが隣に立って、周囲に聞こえないくらいの声量で言った。

 彼女の苦労が分かるというものだ。


「それにしても、おっさんのポテトスライスは凄いね! 一気に売り切れたじゃないか!」

「まあ味を分かってもらえたら、みんな気に入ってくれるって自信はあったし」

「目玉商品として、おっさんのポテトスライスを仕入れてて良かったよ。これだったら、もっとポテトスライスの値段を上げても売れるんじゃないかな?」

「ははは。それはどうだろうな」


 だってポテトスライスはただのおやつなのだ。

 高級な宮廷料理とかでもないのに、それで庶民の財布のヒモが緩むとなると微妙なところだ。


「誰かが目を付けてくれたら良いんですけどね」


 とイーリスがメガネをクイッと上げる。


「誰か?」

「はい。例えばお金持ちの方とかが目を付けてくれたら、もっとお金を出してくれるかもません」

「ははは。そんなに上手くいくものかな?」


 なんてたってイノイックは辺境の地なのだ。

 王都ならともかく、イノイック内でお金持ちといってもタカが知れている。


「でもそうなったら、俺も頑張ってポテトスライスはもっと作るよ」

「その言葉、信頼していいんですか?」

「ああ。任せてくれ」


 胸をポンと叩く。

 ……少し安請負してしまったような気はするが、そんな上手いこと事態が転ぶこともないだろう。


「さて……話も済んだところで、打ち上げにいくよ! 良いお店を知ってるんだ!」

「ちょっと待て、カリン。本当に行くつもりなのか?」

「当然!」

「じゃあ俺は悪いが、今日のところは帰らせて——ってちょっとっ?」

「主役が帰るなんて、アタイが許さないよ!」


 ドサクサに紛れて帰ろうとしたら、カリンに腕を引っ張られてしまう。


 逃げられないっ?


「待ってください! ブルーノさんが行くなら、私も行きます」

「マリーも!」

「わたしも楽しそうだから行くのだー!」


 というわけで。

 俺達はカリンフードを後にするのであった。


 ★ ★


「エイブラム伯爵!」


 エイブラムの部屋に、慌てて書記官の男が入ってきた。


「どうしたのだ……騒がしい。ノックもせずに。私は忙しいのだぞ?」


 エイブラムはそうは口で言うものの、窓から入り込む太陽の光を浴びて、うとうとしていたところであった。

 うとうとしてたところに、急に人が入ってきたからビクッとなってしまってではないか。

 いわば、エイブラムはちょっと恥ずかしかったのだ。


「はい……! ですが、今日はイノイックの方で面白い話を聞きまして」

「面白い話……?」


 エイブラムは無意識に身を乗り出した。


 エイブラムはローレシア地方をとりまとめる貴族領主である。

 とはいっても、所詮——ここら一帯は王都から離れている辺境の地である。

 田舎領主ということで、貴族社会ではそこまで威張いばれるものではない。


 しかしエイブラムは今の生活を気に入っていた。

 辺境の地ということで、出現するモンスターも弱く、王都からの監視もそこまで酷くはない。


 なのでのんびりと雑務をやりながら、過ごすことが出来るのだ。

 このような生活をエイブラムは『スローライフ』と呼んでいるわけだが、周りの者にはあまり理解されなかった。


 ——というわけで。

 イノイックとは、エイブラムがとりまとめる街の一つなのである。


「まずはこれを」


 書記官の男が一歩踏み出し、エイブラムに一つの袋を差し出した。


「これは……?」


 しゃかしゃかと振ってみる。

 どうやら、中にはなにかが入っているようだ。


「最近、イノイックで発売されているポテトスライスというおやつのようです」

「おやつか……」


 エイブラムは心の内で落胆する。

 なんだ。書記官の男が慌てるものだから、どんな面白い話を持ってきてくれるかと思えば。


 おやつといったら、子どもの食べるものだろ?

 それでは、エイブラムの肥えた舌を満足させられない。


「はい……おやつですが、それがとっても美味なのです!」

「なぬ?」

「百聞は一見にしかず。一度食べてみてください」


 書記官の男にそううながされ、エイブラムは半信半疑で袋を開ける。

 中には平べったい、大きな硬貨のようなものが何枚か入っていた。


「これは……じゃがいもか?」

「さすがエイブラム伯爵です。一目見ただけで分かりますか」

「うむ。どうやら、じゃがいもをスライスして揚げているようだが……」


 それだけで、書記官の男が言うように『とっても美味』になるのだろうか?

 とはいっても、食べてみなければ分からない。

 エイブラムはポテトスライスを一つまみし、そのまま口に放り込む。


 そして、カッと目を見開き。



「う、旨ぁぁぁあああい!」



 椅子から立ち上がって、そう叫んだのであった。


「な、なんなのだこれは! じゃがいもをこれだけ美味しく調理出来るのか! それに……これは塩だな? 塩を軽くまぶしただけで、この味を実現するとは……何枚でも手に取りたくなる!」


 そう言いながら、エイブラムは次から次にポテトスライスを口に入れていった。


 う、旨い!

 ポテトスライスをつかむ手が止められない! 

 次から次へとポテトスライスが消費されていく!


「気に入っていただけましたか?」

「うむ!」


 そして、エイブラムはあっという間に一袋平らげてしまったのだ。


「イノイックで売られている……と言ったな」

左様さようです」

「ならば、今すぐイノイックに向かうぞ! このポテトスライスなるおやつを作っている者に話がある!」

「そうおっしゃってくれるものだと思っていました」


 書記官の男が笑みを浮かべる。



 おっさんのポテトスライスが一人の貴族にも、知れ渡った瞬間であった。

書籍版、Kラノベブックス様より6/1発売です!

表紙は活動報告でのせてるので、もしよかったらご覧いただければうれしいですm(._.)m

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